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L・E・ボルツマン
【エントロピー(S=k LogW)を考えていった男の葛藤と業績】-7/4改訂

こんにちはコウジです。

半年ごとの記事見直しです。
では、ご覧ください。内容を整理し、
主にリンクを見直しました。
現時点での英訳も考えています。
(以下原稿です) 

L・E・ボルツマン【1844年2月20日 ~ 1906年9月5日】

アホでもわかるエントロピー
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“Ludwig Boltzmann. Photogravure.jpg””Bortzmann胸像”

共に出典:Wikimedia Commons

ボルツマンの生い立ち

その名はLudwig Eduard Boltzmann。

ボルツマンはオーストリア・ウィーン出身の

物理学者にして哲学者です。

カノニカルな(統計的な)議論の他に

電磁気学や熱力学、それらを扱う

数学の研究でボルツマンは業績を残しました。

ボルツマンは芸術の都ウィーンに生まれ、

子供時代にピアニストである

A・ブルックナーからピアノを学んでいます。

 

指導者としてのボルツマンの業績としては

エーレンフェストが博士論文を書く時の

指導が挙げられます。後程、再度言及しますが

エーレンフェストの定理にはボルツマンの

信念が込められていると言えるでしょう。また、

科学史から見てもボルツマンの原子認識の流れ

は大きな一歩だったと言えます。ここでの一歩が無ければ

素粒子やブラウン運動のイメージは

湧かなかったでしょう。

 

ボルツマンの研究業績

そんなボルツマンの墓には

S=k LogWと書かれています。

そこでいうSとはエントロピーというパラメターで

対象系の乱雑さを表します。

k(またはkBと記載します)という

パラメターを定めて

ボルツマンが定量化した概念です。

クラウジウスが使ったエントロピーを

ボルツマンが再定義した、とも言えます

「乱雑さ」は統計力学において

温度T、容積V、圧力P等と関連して

ボルツマンの関係式として定式化されました。

 

ボルツマンの研究業績の中で特に

私が関心をもつのは

原子論に関しての現象把握です。

観測に直接かからない

「原子」は色々な見方をされていました。

そんな原子に対して

ボルツマンは「乱雑さ」または

「無秩序」の度合いという

新しい物理量である「エントロピー」を使い

原子の実在に近づいていったのです。

結果として物理学界では大きな論争が起こりました。

原子モデルを用いるボルツマンに対し、
実証主義の立場をとるエルンスト・マッハは
「直接観測できない原子を実在として扱うべきではない」
と主張しました。この論争は長く続きます。

その後、プランクによる量子論の提唱、
アインシュタインによるブラウン運動の理論、
ジャン・ペランの実験的検証などを経て、
原子の実在性は次第に広く受け入れられるようになりました。

ボルツマン自身はその結論を見ることなく世を去りましたが、
彼の考えは20世紀物理学の土台となったのです。

原子論モデルを大きく進めるプランクの登場まで
その後、何年間も必要なのです。
もやもやした状態は続きます。

ボルツマン定数;k

ボルツマン定数kは統計力学における最重要定数の一つです。

温度という巨視的な量と、
分子運動という微視的な量を結び付けています。

現在でも国際単位系(SI)ではボルツマン定数
を基準として
ケルビン温度が定義されています。 

ボルツマンの足跡

エーレンフェストはボルツマンの思想を深く継承し、
のちに量子力学が成立した後には、
古典力学と量子力学をつなぐ
「エーレンフェストの定理」
を導きました。

この定理は、量子系の平均的な運動が古典運動方程式に従うことを示し、
“原子が実在し、物理法則の中で振る舞う”というボルツマンの信念が
より精密な理論体系の中で正当化されていく
端緒となりました。

ボルツマン自身は、量子論が確立する前に亡くなっていますが、
彼が掲げた原子論的世界観は、エーレンフェストやプランク、
アインシュタインらの
研究へと確かに受け継がれていきました。

しかし、残念なことに、、こうした全体像を
ボルツマンが見ることは出来ませんでした。

ボルツマンは晩年に精神障害に悩み

自ら命を絶つという悲しい最期を遂げています。

ここで、暫し物理学は大きな

壁に突き当たっていたように思えます。

沢山の天才達が問題の大きさに畏怖したのでしょう。

 

ボルツマンはピアノを愛し、芸術にも深い関心を持っていました。

ウィーン中央墓地には彼の墓があり、
墓石には有名な

S = k log W

が刻まれています。

現在でも世界中の物理学者がその前に立ち、
統計力学を切り開いた先人へ敬意を表しています。

前後の人物

◀ 前の人物:エルンスト・マッハ

▶ 次の人物:マックス・プランク


この分野の物理学者(統計力学・熱力学)


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〆最後に〆

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2020/09/05_初回投稿
2026/07/04_改定投稿

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(2021年9月時点での対応英訳)

Boltzmann’s upbringing

Its name is Ludwig Eduard Boltzmann.

Boltzmann is a physicist and philosopher from Vienna, Austria. In addition to canonical (statistical) discussions, he has made significant contributions to the study of electromagnetism, thermodynamics, and the mathematics that deals with them. He was born in Vienna. As a child, he learned the piano from pianist A. Bruckner.

Boltzmann’s achievements as a mentor include teaching Ehrenfest when writing his dissertation. It can be said that Ehrenfest’s theorem contains Boltzmann’s belief. Also, from the history of science, it can be said that Boltzmann’s flow of atomic recognition was a big step. Without one step here, the image of elementary particles and Brownian motion would not have come out.

Boltzmann’s research achievements

S = k Log W is written on Boltzmann’s tomb.

S here is a parameter called entropy, which represents the disorder of the target system. It is a concept quantified by Boltzmann by defining a parameter called k (or described as kB).

It can be said that Boltzmann redefined the entropy used by Clausius. “Randomness” was formulated as Boltzmann’s relational expression in relation to temperature T, volume V, pressure P, etc. in statistical mechanics.

Among Boltzmann’s research achievements, I am particularly interested in understanding phenomena related to atomism. Atoms that are not directly observed have been viewed in various ways.

For such an atom, Boltzmann approached the existence of the atom by using “entropy”, which is a new physical quantity of “randomness” or “disorder”.

As a result, conflicting ideas have arisen at the Physical Society of Japan, and controversy continues between Boltzmann, who uses atomic models, and Ernst Mach, who pursues positivist theory. It will take many years after the advent of Planck, which greatly advances the atomist model.

And, unfortunately, Boltzmann had a sad end in his later years, suffering from a mental illness and dying himself.

Here, for a while, physics seems to have hit a big wall. Many geniuses would have been afraid of the magnitude of the problem.

Boltzmann liked the piano. He has a place to turn flowers.