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L・E・ボルツマン
【エントロピー(S=k LogW)を考えていった男の葛藤と業績】

 

L・E・ボルツマン【1844年2月20日 ~ 1906年9月5日】

アホでもわかるエントロピー
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ボルツマンの生い立ち

その名はLudwig Eduard Boltzmann。

ボルツマンはオーストリア・ウィーン出身の

物理学者にして哲学者です。

カノニカルな(統計的な)議論の他に

電磁気学や熱力学、それらを扱う

数学の研究でボルツマンは業績を残しました。

ボルツマンは芸術の都ウィーンに生まれ、

子供時代にピアニストである

A・ブルックナーからピアノを学んでいます。

 

指導者としてのボルツマンの業績としては

エーレンフェストが博士論文を書く時の

指導が挙げられます。後程もう少し言及しますが

エーレンフェストの定理にはボルツマンの

信念が込められていると言えるでしょう。また、

科学史から見てもボルツマンの原子認識の流れ

は大きな一歩だったと言えます。ここでの一歩が無ければ

素粒子やブラウン運動のイメージは

湧かなかったでしょう。

 

ボルツマンの研究業績

そんなボルツマンの墓には

S=k LogWと書かれています。

そこでいうSとはエントロピーというパラメターで

対象系の乱雑さを表します。

k(またはkBと記載します)という

パラメターを定めて

ボルツマンが定量化した概念です。

クラウジウスが使ったエントロピーを

ボルツマンが再定義した、とも言えます

「乱雑さ」は統計力学において

温度T、容積V、圧力P等と関連して

ボルツマンの関係式として定式化されました。

 

ボルツマンの研究業績の中で特に

私が関心をもつのは

原子論に関しての現象把握です。

観測に直接かからない

「原子」は色々な見方をされていました。

そんな原子に対して

ボルツマンは「乱雑さ」または

「無秩序」の度合いという

新しい物理量である「エントロピー」を使い

原子の実在に近づいていったのです。

結果として

対立する考えが物理学会で生じていて

原子モデルを使うボルツマンと、

実証主義で理論を進める

エルンスト・マッハの間で論争が続きます。

原子論モデルを大きく進めるプランクの登場まで
その後、何年間も必要なのです。
もやもやした状態は続きます。 

そして、エーレンファストの定理で
「原子」と「量子」は見事に関連が示されます。

しかし、残念なことに、、こうした全体像を
ボルツマンが見ることは出来ませんでした。

ボルツマンは晩年に精神障害に悩み

自ら命を絶つという悲しい最期を遂げています。

ここで、暫し物理学は大きな

壁に突き当たっていたように思えます。

沢山の天才達が問題の大きさに畏怖したのでしょう。

 

ボルツマンはピアノが好きでした。

花を手向ける場所がありますよね。

〆最後に〆

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2020/09/05_初回投稿
2024/06/14_改定投稿

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(2021年9月時点での対応英訳)

Boltzmann’s upbringing

Its name is Ludwig Eduard Boltzmann.

Boltzmann is a physicist and philosopher from Vienna, Austria. In addition to canonical (statistical) discussions, he has made significant contributions to the study of electromagnetism, thermodynamics, and the mathematics that deals with them. He was born in Vienna. As a child, he learned the piano from pianist A. Bruckner.

Boltzmann’s achievements as a mentor include teaching Ehrenfest when writing his dissertation. It can be said that Ehrenfest’s theorem contains Boltzmann’s belief. Also, from the history of science, it can be said that Boltzmann’s flow of atomic recognition was a big step. Without one step here, the image of elementary particles and Brownian motion would not have come out.

Boltzmann’s research achievements

S = k Log W is written on Boltzmann’s tomb.

S here is a parameter called entropy, which represents the disorder of the target system. It is a concept quantified by Boltzmann by defining a parameter called k (or described as kB).

It can be said that Boltzmann redefined the entropy used by Clausius. “Randomness” was formulated as Boltzmann’s relational expression in relation to temperature T, volume V, pressure P, etc. in statistical mechanics.

Among Boltzmann’s research achievements, I am particularly interested in understanding phenomena related to atomism. Atoms that are not directly observed have been viewed in various ways.

For such an atom, Boltzmann approached the existence of the atom by using “entropy”, which is a new physical quantity of “randomness” or “disorder”.

As a result, conflicting ideas have arisen at the Physical Society of Japan, and controversy continues between Boltzmann, who uses atomic models, and Ernst Mach, who pursues positivist theory. It will take many years after the advent of Planck, which greatly advances the atomist model.

And, unfortunately, Boltzmann had a sad end in his later years, suffering from a mental illness and dying himself.

Here, for a while, physics seems to have hit a big wall. Many geniuses would have been afraid of the magnitude of the problem.

Boltzmann liked the piano. He has a place to turn flowers.