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ニコライ・N・ボゴリューボフ
【1909年8月21日‐4/21改訂】

deutuland

こんにちはコウジです。「ボゴリューボフ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と4/5時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3452‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2876
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6328+7300【13628@4/5】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

【1909年8月21日 ~ 1992年2月13日】


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ロシアの物理学者

名前から分かるかとおもいますが、

ボゴリューボフはロシアの物理学者です。

本稿を記載するにあたり改めてボゴリューボフ

の「人となり」を調べてみましたが

伝わっていません。その名で検索をかけると

私のブログが上位に出てきてしまう有様です。

ボゴリューコフは20世紀初頭の生まれなので

革命前後のソビエト連邦で青年期を迎え、

閉鎖的な学会環境で研究を進めていたと

考えるべきなのでしょう。因みに、

プランクメダルを受けていますので

ドイツ関係の画像を使っています。

ボゴリューボフの業績

何よりも、数学的に

ボゴリューボフ変換と呼ばれる考えを打ち出し

行列形式で表される状態遷移を対角化する事で

表現していると言えるでしょう。

別言すれば、観測にかかる定常状態を
数学手法を使って作りだしています。

つまり、数学的にいう固有値問題に帰着させて
定常的な状態を表現しているのです。

数学的な作業をしてみた結果が
どういった現象に対応しているか
物理的に説明する事が出来るのです。 

この定常状態を使い、ボゴリューボフは
現実にヘリウムの超流動状態を表しました。
ボーズ粒子の超流動をボゴリューボフ変換で示し
フェルミ粒子の超電導をボゴリューボフ変換で
示す訳です。役にたちますね。


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以上、間違い・ご意見は
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最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

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2020/10/08_初稿投稿
2022/04/21_改定投稿

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(2021年11月時点での対応英訳)

Russian physicist

As you can see from the name, Bogoliubov is a Russian physicist. In writing this article, I re-examined Bogoliubov’s “becoming a person”, but it has not been conveyed. If you search by that name, my blog will appear at the top. Since Bogoryukov was born in the early 20th century, it should be considered that he was adolescent in the Soviet Union before and after the revolution and was conducting his research in a closed academic environment. By the way, he has received a Planck medal, so he uses images related to Germany.

Bogoliubov achievements

Above all, it can be said that he mathematically expresses the idea called Bogoliubov transformation by diagonalizing the state transitions expressed in the form of a matrix.

In other words, the steady state of observation
It is created using mathematical methods.
In other words, reduce it to the mathematical eigenvalue problem.
It represents a steady state.

The result of doing mathematical work
What kind of phenomenon is supported
It can be explained physically. Twice

Using this steady state, Bogoliubov
He actually represented the superfluid state of helium.
Bogoliubov transformation shows the superfluidity of boson particles
Superconductivity of fermions by Bogoliubov transformation
It is a translation to show. It will be useful.

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ジェームズ・ワット
【1736年1月19日生まれ ‐4/21改訂】

engrand

こんにちはコウジです。「ガリレオ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
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①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3452‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2876
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
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【1736年1月19日生まれ ~ 1819年8月25日没】

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 ワットとはどんな人でしょう

ワットは蒸気機関の改良を通じて産業革命に

大きな成果を残したイギリスの偉人です。

イギリスにおいて産業革命が起きて、

年4回の耕作が行われ始めていき、

農業従事者が自営業から雇われ農夫となったり、

植民地からの労働力を含めて人が大きく動き、

工場稼働率が高まっていく中で、

急激に市場が拡大して産業が大きく変化していくのです。

そうし時代に蒸気機関や紡績機に対しての

技術開発に対する研究の重要性は増していきました。

 

そんな中、ワットはグラスゴー大学でジョゼフ・ブラックら

の協力を得て工房を作り作業を続けます。

蒸気機関を対象に研鑽を続けます。

 ワットによる蒸気機関の開発

ワットは具体的な改良には蒸気機関における凝縮器の設計をします。具体的には排熱効率を見直すことによってロスを減らして出力効率を大きく高めたのです。当初の設計でシリンダー部での熱の出入りが非効率である事情に着目していて、そこを改良した訳です。ポールトンという資金面での協力者も得て、ワットは事業化に成功して成功を修めます。

ワットが最終的に成功を収めた話を初めにしましたが、

実際の所は製品化までに大きな道のりがありました。

当時の加治屋さん達は今と比べて精度の低い生産過程

を当たり前だと思っていたので、ミリ単位

(場合によってはさらに高精度)の加工を

現在考えるような誤差範囲でこなしていく事は

出来なかったのです。蒸気機関の性質上、

ピストンとシリンダー間の寸法誤差は

大きく性能を損ねます。丸い形で摺動方向に

延びていくピストンとシリンダーの精度を

上げていく事は大変な作業だった筈です。最終的には

大砲製造に向けて開発された「精密、中ぐり技術」

を使い製造していきます。また一方で、ワットはこれらの

製造に関わる技術に対しての特許習得にも

配慮しなければなりませんでした。

そういった創意工夫を重ねる中でワットは

関連会社の仕事として「鉱山の揚水機械」

の仕事を受けます。それは大変大きなもので、

直径127センチメートルのシリンダーをもった

7メートル以上の大きさの機械でした。

あまりに大きいので専用の建屋を建てて

運営していたそうです。その後、

機械に色々な改良を加えていきます。

益々効率的な機械になっていったのです。

 そのほかのワットの業績

現代の自動車のエンジンで当たり前に使われている、フライホイールもワットの発明です。回転ムラを無くして機械を円滑に動作させることで動きの効率を上げて振動を抑え、耐久性を向上させるのです。

何より、

ワットはそうした仕事の中でエネルギーの定式化を進め

力(Newton)の概念から仕事量(Watt)の概念を発展させました。

多くの人々から尊敬を受けました。考え抜いた討論をして自分の見識を広げていった人でした。近年、イギリスのお札に肖像画が用いられています。

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必要箇所は適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2021/07/07_初回投稿
2022/04/21_原稿改定

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(2021/年8月時点での対応英訳)

What kind of person is Watt?

Watt is a great British man who has made great strides in the Industrial Revolution through the improvement of steam engines.

Due to the Industrial Revolution in Britain, four farms are cultivated a year, farmers are hired from self-employment to become farmers, people including labor from the colony move significantly, and the factory utilization rate increases. In the meantime, the market will expand rapidly and the industry will change drastically.

In that era, the importance of research on technological development for steam engines and spinning machines increased.

Meanwhile, Watt continues his work at the University of Glasgow with the help of Joseph Black and others to create a workshop. He continues his studies on steam engines.

Development of steam engine by Watt

As a concrete improvement, in the design of the condenser in the steam engine, Watt reduced the loss and greatly increased the output efficiency by reviewing the exhaust heat efficiency. His original design focused on the inefficiency of heat in and out of the cylinder, which was improved. With the help of Paulton, a financial collaborator, Watt succeeds in commercializing it.

We started with the story of Watt’s ultimate success, but in reality there was a big road to commercialization.

At that time, Kajiya and others took it for granted that the production process was less accurate than it is now, so it was possible to handle machining in millimeters (or even higher precision in some cases) within the margin of error that we are currently thinking about. I didn’t. Due to the nature of the steam engine, dimensional errors between the piston and cylinder will significantly impair performance. It must have been a difficult task to improve the accuracy of the piston and cylinder, which have a round shape and extend in the sliding direction. in the end

We will manufacture using the precision and boring technology developed for cannon manufacturing. On the other hand, Watt had to consider obtaining patents for these manufacturing technologies.

While repeating such ingenuity, Watt receives the work of “pumping machine of the mine” as the work of the affiliated company. It was a very large machine, over 7 meters in size with a cylinder with a diameter of 127 centimeters.

It was so big that he built and operated a dedicated building. After that, he made various improvements to the machine. It has become an increasingly efficient machine.

Other Watts achievements

The flywheel, which is commonly used in modern automobile engines, is also Watt’s invention. By eliminating uneven rotation and operating the machine smoothly, the efficiency of movement is increased, vibration is suppressed, and durability is improved.

Above all, Watt proceeded with the formulation of energy in such work and developed the concept of work (Watt) from the concept of force (Newton).

He was respected by many. He was a person who had a well-thought-out discussion and broadened his insight. In recent years, portraits have been used on British bills.

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ジョン・バーディーン
【1908年5月23日-4/20改定】

シカゴの画像

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【1908年5月23日 ~ 1991年1月30日】


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超電導現象の理論的基礎を与えたバーディン

本稿は何度も追記したいです。

それは私にとって、関心のある

低温電子物性の話だからです

今回は極低温での現象理解を進めた

バーディンについてご紹介致します。

バーディンは二回のノーベル賞を受けています。

一回目はベル研での仲間とのトランジスタの発明、

二回目は以下に記載するBCS理論です。

前述したカメリー・オネスの超電導現象の発見以後、

その現象を説明する為に色々な理論が試みられ

でしょうが、イリノイ大学のバーディンを中心

とした3人がBCS理論を確立します。バーディン、

レオン・クーパーロバート・シュリーファー  

3人の名前の頭文字を並べてBCS理論と呼ばれます。

このコンビの始まりはバーディンがクーパーを招聘する事から始まります。そこにバーディン研究室の大学院生、シュリーファー が加わり研究が進みます。

BCS理論とは 

BCS理論の内容はフォノン(音子)を介した電子が対になった結果(クーパ対の考え方)、そのコンビがスピンを打ち消し合って結合するという理論でした。相転移温度をその理論で説明し、今日、超伝導を考えるうえで理論の基礎となっています。このBCS理論の妙はフェルミオンである電子が凝縮状態をとるところにあります。本来、同じ状態をとる事が出来ない電子が対になってボゾン化することで巨視的な現象にとして観察される超伝導現象が実現するのです。

そもそも、金属中を移動する電子を単純な質点のモデルで考えると正の荷電をもった原子核の間を負の電荷が自由自在に無抵抗で動き回る事は到底出来ません。何らかの相互作用が起きて抵抗に繋がります。ところが、電子の波動関数を考え、波動的側面が顕著に現れる状態を作っていくのが超伝導現象だと言えます。その条件として大事な尺度の一つが温度だったのです。現時点での関心は遷移を起こす温度のメカニズムを解明する事です。現在での転移温度は高温超電導と言ってもマイナス百℃以下ですので転移温度に至るまでは液体ヘリウムや液体窒素を使って冷却しなければいけません。

超電導現象の応用 

実用化しているリニアモーターカーや量子コンピューター等の応用技術も冷却した上で超電導現象を実現しているので、コストと安定性が課題となっています。転移温度が変わっていって、より常温に近い温度で現象を起こすことが出来ればメリットは非常に大きいです。温度に関わるメカニズムとして中嶋貞雄がバーディンに与えたヒントが繰り込み理論の応用でした。そのヒントは手法だったともいえますが、電気伝導に関わる要素(素粒子)が「どういった条件で」、「どういった役割を果たすか」が重要です。その手掛かりの一つが「ゆらぎ」に関するメカニズムではないかと考えている人が居ます。今後の大きな課題です。


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2020/09/15_初稿投稿
2022/04/20_改定投稿

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(2021年11月時点での対応英訳)

Theoretical basis of superconducting phenomenon

I would like to add this article many times. That’s because it’s about the low-temperature electronic characteristics that I’m interested in. This time, I would like to introduce Birdin, who has advanced the understanding of the phenomenon at extremely low temperatures.

Birdin has received two Nobel Prizes. The first is the invention of the transistor with his colleagues at Bell Labs, and the second is the BCS theory described below. Since the discovery of the superconducting phenomenon of Camery Ones mentioned above, various theories may have been tried to explain the phenomenon, but three people led by Birdin of the University of Illinois establish the BCS theory. Bardeen, Leon Cooper, and Robert Schrieffer are called BCS theory by arranging the initials of the three names.

The beginning of this duo begins with Birdin inviting Cooper. Schrieffer, a graduate student from the Badin laboratory, will join the group to advance the research.

What is BCS theory?

The content of BCS theory was the theory that as a result of pairing electrons via phonons (sounds) (the idea of ​​Cooper pairs), the combinations cancel each other out and combine. The phase transition temperature is explained by the theory, and today it is the basis of the theory when considering superconductivity.
The mystery of this BCS theory is that the fermion electrons take a condensed state. Originally, electrons that cannot take the same state are paired and bosonized, and the superconducting phenomenon observed as a macroscopic phenomenon is realized.

In the first place, considering the electrons moving in a metal as a simple mass model, it is impossible for a negative charge to move around freely and without resistance between nuclei with a positive charge. Some interaction occurs and leads to resistance. However, it can be said that the superconducting phenomenon is to create a state in which the wave function appears prominently by considering the wave function of electrons. One of the important measures for that condition was temperature. At this time, the interest is to elucidate the temperature mechanism that causes the transition. At present, the transition temperature is less than minus 100 ° C even if it is called high-temperature superconductivity, so it is necessary to cool it with liquid helium or liquid nitrogen until the transition temperature is reached.

Application of superconducting phenomenon

Since the superconducting phenomenon is realized after cooling the applied technologies such as linear motor cars and quantum computers that have been put into practical use, cost and stability are issues. If the transition temperature changes and the phenomenon can occur at a temperature closer to room temperature, the merit is very great. The hint given to Bardeen by Sadao Nakajima as a mechanism related to temperature was an application of renormalization theory. It can be said that the hint was a method, but “under what conditions” and “what role” the elements (elementary particles) involved in electrical conduction play are important. Some people think that one of the clues is the mechanism related to “fluctuation”. This is a big issue for the future.

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平賀源内【1728年生まれ‐4/20改訂】

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【1728年生まれ ~ 1780年1月24日没】


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平賀源内について

少し時代が古いです。平賀源内は江戸時代、

田沼意次が老中を務めていた時代で

多彩な能力を発揮しています。物理学関係に留まらない。

そもそも、平賀源内は讃岐の国に生まれます。

家祖は信濃源氏の平賀氏。平賀氏は武田氏に敗れ、

一度、改姓して源内の時代に平賀姓に復姓しています。

時代考察

 

科学史の観点から平賀源内の時代を考えてみると欧米と日本の時代のずれを感じます。その「ずれ」は大きなものでニュートンがバローからルーカス職を受けたのが1664年、万有引力を定式化したのが1665年であることを思い起こせば西洋と日本の隔たりはとても大きいです。加えて、平賀源内が「発明」したであろうものの独自性を考えていくと「新規性」という部分が殆ど見受けられません。内容は後述しますが、後世に残して人類の財産と出来るものは作り出せなかったのです。無論、当時の人々には目新しく、庶民に啓蒙をして意識を変えていった業績は大きいのですが、「数学」なりの学問体系を整えてはいません。足し算引き算が出来ても「微分。積分」それなあに?って有様でした。教育制度が大きく異なる事情があるのですが、結果は大きく異なるのです。日本ではその後、
数理学の学問体系は数百年間未開のままでした。

平賀源内の業績

 

平賀源内が手掛けた分野は医学、薬学、漢学、

浄瑠璃プロデュース、鉱山の採掘、金属精錬、

オランダ語、細工物の販売、

油絵、俳句と多岐にわたりました。

その一つが「発明」で平賀源内は物理現象の啓蒙に

一役買っているのです。所謂、エレキテルの紹介ですね。

エレキテルは不思議な箱で内部にガラスによる

摩擦起電部と蓄電部を持っています。実の所、

平賀源内が発明したというよりオランダ製の物を

平賀源内が紹介した訳ですが江戸時代の

庶民達には摩訶不思議な魔法に見えたでしょうね。

なにより、平賀源内の現象理解は現在の学問体系

とは大きく異なっていたようです。

念の為にコメントしておくと、新しい考えを作り出して発表して他の国の人に内容を問いかけたりする動きは見受けられません。平賀源内の時代から百年以上後に海外の学問理解を学び、自ら論文を書いていき、世界に内容を問いかけるのです。そこまでの道のりは、まだまだ長いのです。平賀源内はそんな時代の先人でした。


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2020/09/18_初稿投稿
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(2021年8月時点での対応英訳)

about GENNAI

It’s a little old story. Hiraga Gennai is demonstrating a variety of abilities during the Edo period and when Tanuma Okitsugu was a senior citizen. It goes beyond physics.

In the first place, Hiraga Gennai was born in Sanuki Province.

His ancestor is Mr. Hiraga of Shinano Genji Family. Mr. Hiraga was defeated by Mr. Takeda, and once changed his name to Hiraga in the Gennai era.

If you think about the times in Hiraga Gennai from the perspective of the history of science, you can feel the difference between the times of Europe, America and Japan. The “deviation” is large, and the gap between the West and Japan is very large, recalling that Newton received the Lucas job from Barrow in 1664 and formulated universal gravitation in 1665. In addition, when considering the uniqueness of what Hiraga Gennai would have “invented,” there is almost no “novelty.” I will explain the contents later, but I could not create something that could be left as a property of humankind for posterity. Of course, it was new to the people at that time, and although it was a great achievement to educate the common people and change their consciousness, it has not prepared an academic system like “mathematics”. Even if addition and subtraction are possible, “differentiation. Integral” What is it? It was like that. There are circumstances where the education system is very different, but the results are very different. In Japan, the academic system of mathematics has remained undeveloped for hundreds of years since then.

Work of GENNAI

Hiraga Gennai’s fields ranged from medicine, pharmacy, Chinese studies, joruri production, mine mining, metal refining, Dutch, craft sales, oil paintings, and haiku.

One of them is “invention”, and Hiraga Gennai plays a role in enlightening physical phenomena. This is the introduction of so-called Elekiter.

Elekiter is a mysterious box that has a glass triboelectric generator and a power storage unit inside. As a matter of fact, Hiraga Gennai introduced a Dutch product rather than an invention by Hiraga Gennai, but it seemed like a mysterious magic to the common people in the Edo period.

Above all, it seems that the understanding of phenomena in Hiraga Gennai was very different from the current academic system.

If you comment just in case, there is no movement to create and announce new ideas and ask people from other countries about the content. More than 100 years after the time of Hiraga Gennai, he learned to understand foreign scholarship, wrote a treatise himself, and asked the world about the content. The road to that point is still long. Hiraga Gennai was a pioneer of that era.

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Introduction of physicists by era (in order)@2022/04/19

本日、SeeSaaブログで以下記事を更新します。

2022年春の記事改定で新規記事として盛り込んだ6記事を英訳化してSeeSaaブログに残しました。この新規記事投稿は半年ごとを目途に今後も続けていくつもりです。全体のブログ群(本ブログ、FANブログ、SeeSaaブログ)でリライトと並行して新規改訂をしていくつもりです。今後もご覧ください。

【以下投稿した原稿です】 

 

Below is a list of physicists by era (in order). The contents introduced by field are summarized separately by era. take a look.

In an era when neither the principles of mechanics nor the principles of electromagnetism could be used, people started by astronomical observation and mathematically expressed phenomena. Then, we formulated the phenomenon. We will introduce them one by one from such an era.

Pythagoras_BC582~BC496
Democritus–Bc460 — BC 370

Archimedes–BC287–BC212

N・Copernicus_1473/2/19 ~ 1543/5/2

Tycho Brahe_ 1546/12/14-1601/10/24

Giordano Bruo_1548—1600-2-17.

Galileo G_1564-2-15 ~ 1642-1-8

Kepler_1571-12-27 — 1630-11-15

Bl Pascal_1623-6-19 — 1662-8-19

Robert Boyle--1627-1-25–1691-12-31

Huygens-.–1629-4-14–1695-7-8

Isac Barrow –-1630-10–1677-5-4

Robert Hooke--1635-7-28 — 1703-3-3

Isaac Newton-1642-12-25 — 1727-3-20

Musschenbrook_1692‐3-14–1761-9-19

McLaughlin‐‐1698‐2‐‐1746‐6‐14


Daniel Bernoulli‐‐1700‐2‐8 ‐‐ 1782‐3‐17

Benjamin Franklin-1706-1-17- 1790-4-17

L. Euler-1707-4-15–1783-9-18

iraga Gennai-1-1728-1780-1-24

James Watt_ 1736-1-19–1819-8-25

Joseph-Louis Lagrange–1736-1-25–1813-4-10

Charles-Augustin de Coulomb–1736-6-14–1806-8-23

Antonio-A-Volta–1745-2-18-1827-3-5
J A César Charles-1746-11-12–1823-4-7
Dalton–1766-9–1844-7-27
Thomas Young–1773-6-13–1829-5-10
André-Marie Ampère -1775-1-20–1836-6-10
C・F・Gauss–1777-4-30–1855-2-23
Ørsted–1777-8-14–1851-3-9
Augustin Jean Fresnel–1788-5-10-1827-7-14
Georg Simon Ohm-1789-3-16-1854-7-6

Augustin-Louis Cauchy–1789-8-21–1857-5-23

M Faraday–1791-9-22–1867-8-25

Nicolas Léonard Sadi Carnot1796-6-1–1832-8-24

 

Christian Andreas Doppler-1803-11-29–1853-3-17

Heinrich Lenz_1804-2-12–1865-2-10

William Rowan Hamilton–1805-8-4–1865-9-2

Julius Robert von Mayer1814-11-25–1878-3-20

 J・P・Jules‐‐1818-12-24–1889-10-11
G G Stokes, 1st Baronet, SIR–1819-8-13–1903-2-1

Foucault_1819-9-18–1868-2-11

Armand I L Fizeau-1819-9-23–1896-9-18

H・L・F・Helmholtz_1821-8-31–1894-9-8

 Rudolf Julius Emmanuel Clausius–1822-1-2-1888-8-24

Gustav Robert Kirchhoff–1824-3-12–1887-10-17

W Thomson,Baron Kelvin_1824-6-26–1907-12-17
James Clerk Maxwell_1831-6-13–1879-11-5
Edward Williams Morley_1838-1-29–1923-2-24
Ernst Mach–1838-2-18–1916-2-19
 Josiah Willard Gibbs–1839-2-11–1903-4-28
Thomas Corwin Mendenhall–1841-10-4–1924-3-23

J W Strutt, 3rd Baron Rayleigh–1842-11-12–1919-6-30

Ludwig Eduard Boltzmann_1844-2-20–1906-9-5

W-C-Roentgen-1845-3-27–1923-2-10

Tohmas Edison–1847-2-11–1931-10-18

Sir John Ambrose Fleming–1849-11-29–1945-4-18

Albert Abraham Michelson_1852-12-19–1931-5-9

Hendrik Antoon Lorentz–1853-7-18–1928-2-4

Heike Kamerlingh Onnes_1853-9-21–1926-2-21

Jules-Henri Poincaré_1854-4-29–1912-7-17

Kenjiro Yamakawa_1854-9-9–1931-6-26

N・Tesla_1856-7-10–1943-1-7

Tanakadate Aikitsu–1856-10-16–1952-5-21

Sir Joseph John Thomson–1856-12-18–1940-8-30

 Rudolf Hertz–1857-2-22–1894-1-1

Max Karl Ernst Ludwig Planck–1858-4-23–1947-10-4

Piere Currie-1859-5-15–1906-4-19

David Hilbert-1862-1-23–1943-2-14

W・C・W・O・Fritz Franz Wien1864-1-13–1928-8-30

Pieter Zeeman_1865-5-25–1943-10-9

Hantarou Nagaoka–1865-8-19–1950-12-11

Mari Curie-1867-11-7–1934-7-4

Robert Andrews Millikan–1868-3-22–1953-12-19

Sommerfeld–1868-12-5–1951-4-26

seiji-nakamura–1869-10-28–1960-7-18

Koutarou Honda1870-3-24–1954-2-12

Ernest-Rutherford–1871-8-30–1937-10-19

P-Langevin–1872-1-23–1946-12-19

Hazenor–1874-11-30–1915-10-07

Teiji-Takagi1875-4-21–1960-2-28

Torahiko-Terada1878-11-28–1935-12-31

Masatochi-Okouchi1878-12-6–1952-8-29

A・Einstein-1879-3-14–1955-4-18

Pole-Ehrenfast–1880-1-18–1933-9-25

Atsusi Ichihara1881-1-15–1947-1-19

Max・Born_1882-12-11–1970-1-5

Walther Meissner–1882-12-16–1974-11-16

August Picard_1884-1-28–1962-3-24

Peter Dibye_ 1884年3月24–1966-11-2

M-Nishikawa-1884-12-5–1952-1-5

Niels Henrik David-Bohr1885-10-7–1962-11-18

Schrodinger-1887-8-12–1961-1-4

Otto Stern1888-2-17–1969-8-17

H Nyquist–1889-2-7–1976-4-4

Walther Gerlach–1889-8-1–1979-8-10

Edwin P Hubble1889-11-20–1953-9-28

William Lawrence Bragg–1890-3-31–1971-7-1

Yoshio Nishina1890-12-6–1951-1-10

J・Chadwick_1891-10-20–1974-7-24

Louis de Broglie1892-8-15–1987-3-19

A・Compton-1892-9-10–1962-3-15

Satyendra Nath Bose_1894-1-1–1974-2-4

 

Jean Frederick Jorio-Curie–1900-3-19–1958-8-14

Wolfgung Ernst Pauli –1900-4-25–1958-12-15

Ernest Orlando Lawrence1901-8-8–1958-8-27

E Fermi-1901-9-29–1954-11-28

Heisenberg-1901-12-5–1976-2-1

P Dirac-1902-8-8–1984-10-20

Eugene Paul Wigner-1902-11-17–1995-1-1

Cecil Powell–1903-12-5–1969-8-9

Ldiwig von Neumann–1903-12-28–1957-2-8

J R Oppenheimer–1904-4-22–1967-2-18

Shinichirou Tomonaga–1906-3-31–1979-7-8

Hans Bethe–1906-7-2–2005-3-6

Hideki Yukawa–1907-1-23–1981-9-8

Edward Teller–1908-1-15–2003-9-9

Lev Davidovich Landau–1908-1-22–1968-4-1

J Birdin–1908-5-23–1991-1-30

Nathan Rosen–1909-3-22–1995-12-18

N Bogoliubov–1909-8-21–1992-2-13

Shoichi Sakata–1911-1-18–1970-10-16

Taketani Mitsuo–1911-10-2–2000-4-22

Kentaro Yano–1912-3-1–1993-12-25

David Joseph Bohm–1917-12-20–1992-10-27

Richard Phillips Feynman–1918-5-11–1988-2-15

Isaac Asimov–1920-1-2–1992-4-6

Ryogo Kubo_1920-2-15–1995-3‐31

Hitochi Takeuchi–1920-7-2–2004-4-20

Yoichiro Nambu–1921-1-18–2015-7-5

P Warren Anderson-1923-12-13–2020-3-29

Sadao Nakajima–1923-6-4–2008-12-14

Reo Ezaki–1925-3-12–Living now

Masatoshi Koshiba–1926-9-19–2020-11-12

Kazuhiko Nishijima–1926-10-4–2009-2-15

Shoichiro Koide–1927-3-25–2008-8-30

Tetsu Hiroshige–1928-8-28–1975-1-7

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Roger Penrose–1931-8-8–(Living now)

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レフ・D・ランダウ
【1908年1月22日生まれ‐4/19改訂】

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こんにちはコウジです。「ランダウ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
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‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
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それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

【1908年1月22日生まれ ~ 1968年4月1日没】


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レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウ

その名をフルネームで表記すると、

レフ・ダヴィドヴィッチ・ランダウです。

ランダウは有名なユダヤ系ロシア人の

科学者で日本でも教科書を目にしたことが

あるのではないでしょうか。1962年に

「絶対零度近傍でのヘリウムの理論的研究」

でノーベル物理学賞を受けています。

さて、ランダウは石油技術者の父と教育者の母

から生まれます。12歳で微分法を理解し、

14歳で国立大学に入学、物理数学科と化学学科

を同時に履修します。19歳で学士の称号を

得るとレニングラード物理工学研究所で

電磁場の中での電子性質である量子電磁気学

を研究していきます。そしてコペンハーゲン

にあるボーアの研究所で大きな影響を受けました。

ランダウの主な業績

その後、ケンブリッジでディラック・カピッツァと共同研究を進め所謂「ランダウ反磁性」の研究をまとめます。その後にチューリッヒでパウリと共同研究をした後にランダウはレニングラードに戻りました。

ランダウの幸せだった時期を中心に記載しましたがモスクワの研究所で要職を務めていながらスターリン批判をしたことで、刑務所に服役したりしています。そして交通事故にあったりもしています。水素爆弾の製造にも不本意ながら加担しています。そして60歳でこの世を去ります。

ただ、ランダウの業績は不変です。準粒子・フェルミ流体やギンツブルグ&ランダウ理論は低温凝縮系の世界を大きく進ませました。

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2020/09/24_初稿投稿
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(2021年11月時点での対応英訳)

Lev Davidovich Landau

The full name is Lev Davidovich Landau. Landau is a well-known Jewish-Russian scientist who may have seen textbooks in Japan. He received the Nobel Prize in Physics in 1962 for his “Theoretical Study of Helium Near Absolute Zero”. Now, Landau is born of a father of oil engineers and a mother of educators. He understood differential calculus at the age of 12, entered a national university at the age of 14, and he took both physical mathematics and chemistry at the same time. When he earned his bachelor’s degree at the age of 19, he studied quantum electrodynamics, which is an electronic property in an electromagnetic field, at the Leningrad Institute of Physical Engineering. And I was greatly influenced by Bohr’s laboratory in Copenhagen.

Landau’s main achievements

He then collaborated with Dirac Kapitsa in Cambridge to conclude his so-called “Landau diamagnetism” research. Landau then returned to Leningrad after collaborating with Pauli in Zurich.

I mainly described Landau’s happy times, but he was sentenced to jail for criticizing Stalin while he was in a key position at a research institute in Moscow. And he is also in a car accident. He is also reluctantly involved in the production of hydrogen bombs. And he died at the age of 60.

However, Landau’s performance remains unchanged. Quasiparticle-Fermi liquid theory and Ginzburg-Landau theory have made great strides in the world of low-temperature condensate systems.

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L・オイラー
【1707年4月15日生まれ-4/19改定】

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L・オイラーのLはレオンハルトのLです。

オイラーの業績 

スイスのオイラーは当時の18世紀の数学界の中心となり、後の世に数学が厳密になっていく一方で、モデルが洗練されていくのですが、それを使いこなす為の基礎を固めました。その活動範囲は多岐にわたります。他の人が見つけたと思っていた業績が、実はオイラーの仕事の焼き直しだったりした事が多々ありました。後に出てくるガウスと合わせて数学界の二大巨人であると言われているのです。加えて、

オイラーは右目を失明していたので

「単眼の巨人(サイクロプス)」

と数学界で呼ばれていたそうです。

まさに怪人ですね。同時に

天文物理学でも業績を残しています。

物理学で使う数学手法も残しました。オイラーが

定式化した自然対数と三角関数の関係は

私自身も何度も何度も、繰り返し使いました。

オイラーの人生 

さて、オイラーの人生における転機は

大学時代に師となるベルヌーイが

その才能を見出したタイミングでした。

神学の道を目指していたオイラーの

両親をベルヌーイが説得して

オイラーは数学の道を選びます。

 

オイラーは招かれて外国で数年

過ごしたりしながら研究を続け

ましたが、視力が低下していき

遂には失明してしまいます。

それでもオイラーは精力的に

論文執筆の活動を続けました。

頭の中で計算式を操り、

口頭で協力者に内容を伝え、

文章に起こしてもらい、

論文を次々と完成させたのです。

そんな困難の中、

オイラーは晩年の研究を続けていました。

人生をかけた研究だったと思います。

〆最後に〆

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2020/09/26_初稿投稿
2022/04/19_改定投稿

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L. Euler’s L is Leonhard’s L.

Job of Euler

Euler in Switzerland became the center of the 18th century mathematics world at the time, laying the foundation for mastering sophisticated models while mathematics became more rigorous in later generations. The range of activities is wide-ranging. In many cases, the achievement that others thought they had found was actually a rehash of Euler’s work. He is said to be one of the two giants in mathematics, along with Gauss, who will appear later. father,

Euler was blind in his right eye, so he was called “monocular giant (cyclopes)” in the mathematical world. It’s just a monster. He also has a track record in astrophysics.

Euler also left behind the mathematical techniques used in physics. I myself used the relationship between the natural logarithm and trigonometric functions formulated by Euler over and over again.

LIFE of  Euler

Now, the turning point in Euler’s life was when his teacher Bernoulli discovered his talent during his college days.

Bernoulli convinces Euler’s parents who were aiming for the theological path, and Euler chooses the path of mathematics.

Euler was invited to spend several years abroad and continued his research, but his eyesight deteriorated and he eventually lost his eyesight.

Still Euler is energetically

He continued his treatise writing activities.

Euler manipulated the formulas in his head, verbally communicated to his collaborators, had them transcribed, and completed his treatises one after another.

In the midst of such difficulties, Euler continued his studies in his later years. I think it was a study that took his life.

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エドワード・テラー
【1908年1月15日生まれ‐4/18改訂】

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水爆の父・テラー

エドワード・テラーは水爆の父と呼ばれ、

晩年のオッペンハイマーと対立します。

エドワード・テラーはハンガリーのブタペスト

で弁護士の父と4か国語を使う母から生まれ

ました。ユダヤ系であったエドワード・テラー

の父は職を追われ、ハンガリー・ドイツ・アメリカ

と移住を重ねました。ただ、学問の世界では良い出会い

に恵まれています。ハイゼンベルクの下で博士論文

を書き、ボーアの居たコペンハーゲンで有益な

時間を過ごします。そうした中で原子核物理学

分子物物理で多くの業績を残しました。

ヤーン・テラー効果やBETの吸着等温式

はエドワード・テラーの業績です。

マンハッタン計画とテラー

アインシュタインと共にエドワード・テラーは

原爆の研究をアメリカ政府に働きかけ、実際に

その計画は進んでいきます。政治的な思想では

ドイツ時代に資本主義の崩壊を目の当たりにした

テラーは共産主義に対して当初は関心を抱いて

いたようです。ところが、友人のランダウ

ソ連政府に逮捕された時期に反共思想を強め

ます。反共思想と新兵器の開発にかける熱意

が結びついていくのです。そしてまた、

テラーとオッペンハイマー

その時期以降にエドワード・テラーと
オッペンハイマーとの確執の始まります。

特に兵器としての原爆の利用に関しては
エドワード・テラーとオッペンハイマーは

対極の立場をとります。
エドワード・テラーは原爆開発の推進派で、
オッペンハイマーは否定派でした。

実際に、
エドワード・テラーは原爆・水爆と

兵器の開発の中心に居ました。水爆を

「My・Baby」と呼んでいた

と言われています。その立場は変わらず、

生涯その事を悔いることはなかったと言われています。
エドワード・テラーはそんな研究人生を歩みました。

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2020/09/22_初稿投稿
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(2021年10月時点での対応英訳)

Teller, the father of the hydrogen bomb

Edward Teller, called the father of the hydrogen bomb, confronts Oppenheimer in his later years. Edward Teller was born in Budapest, Hungary, to a lawyer’s father and a four-language mother. Edward Teller’s father, who was of Jewish descent, was forced out of work and emigrated to Hungary, Germany, and the United States. However, I am blessed with good encounters in the academic world. He writes his dissertation under Heisenberg and spends a useful time in Copenhagen, where Bohr was. Under such circumstances, he made many achievements in nuclear physics and molecular physics. The Jahn-Teller effect and the adsorption isotherm of BET are the achievements of Edward Teller.

Manhattan Project and Teller

Edward Teller, along with Einstein, urged the US government to study the atomic bomb, and the plan actually goes on. In political terms, Teller, who witnessed the collapse of capitalism during the German era, seemed initially interested in communism. However, when his friend Landau was arrested by the Soviet government, he intensified his anti-communism. His anti-communist ideas and enthusiasm for the development of new weapons are linked. and again,

Teller and Oppenheimer

After that time, the feud between Edward Teller and Oppenheimer began. Edward Teller and Oppenheimer are at the other end of the spectrum, especially when it comes to the use of the atomic bomb as a weapon. Edward Teller was a proponent of atomic bomb development, and Oppenheimer was a denial.

In fact, Edward Teller was at the center of the development of atomic and hydrogen bombs and weapons. He is said to have called the hydrogen bomb “My Baby”. His position has not changed and it is said that he never regretted it throughout his life. Edward Teller went through such a research life.

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ベンジャミン・フランクリン
【1706年1月17日生れ-4/18改訂】

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こんにちはコウジです。「ベンジャミンフランクリン」の原稿を改定します。昨日はベンジャミンが亡くなってから330年が経過した日です。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
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【1706年1月17日生れ-1790年4月17日没】


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 米国建国の父ベンジャミン

その名はベンジャミンフランクリン

:Benjamin Franklin,_

グレゴリオ暦1706年1月17日の生まれですが、

ユリウス暦では1705年1月6日にあたります。

そんな両方の暦を使う時代に生まれた人でした。

フランクリンは政治家として、外交官として、著述家として、物理学者として、また気象学者として活躍します。後述する13徳を実践する謙虚な人であって努力家です。それに加えて実務家です。フランクリンの残した「フランクリン自伝」はアメリカのロング・ベストセラーの一つとなっていて今でも100ドル札には肖像人物としてベンジャミンフランクリンが使われています。(2021年3月調べ)広くアメリカ人に愛され続けています。

 フランクリンの業績

フランクリンの業績として有名な物は凧を使った雷の実験です。フランクリンはライデン瓶の実験がされていると聞き電気に興味を持ちました。1752年に雷鳴り響く嵐の日に凧をあげました。その時、地上側の凧糸の先にワイヤーで接続したライデン瓶を連動させることでその時の上空の帯電状態を示す作業をしました。非常に直接的な実験ですがその電圧が数億ボルト(流れる電流が数十万アンペア超)とも言われる現象に対してベンジャミンフランクリンが、どの程度の理解をもって納得しながら実験の設定を行ったかについては、大きな問題を感じます。実際に21世紀になってから、アイドルのコンサートでの落雷事故があった事は記憶に新しいでしょう。フランクリンの時代に検証実験を試みて多数の死者が出た事実もある事から「絶対に真似をしてはいけない」実験であると言えます。その実験を行ったフランクリンの勇気は手放しで賞賛出来ない部分がありますが、それを踏まえて考えてみても、人々に尊敬される偉人なのです。

フランクリンの偉業は他にも続き、避雷針、燃焼効率の

高いストーブ、遠近両用眼鏡を次々と発明しました。

そして、フランクリンはその発明に対して

特許はとらないで社会に還元しました。

アメリカ独立宣言の起草にも加わっていたと言われます。

フランクリンの13徳

自らの自律心でコツコツと独学で事を成し遂げてきた

フランクリンは13徳と呼ばれる戒律を実践していたと言われます。

最後にご紹介させて下さい。

13徳(Wikipedeaより引用、週に一つずつ各徳目に身を捧げました

◆節制 :
飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。

◆沈黙 :
自他に益なきことを語るなかれ。

駄弁を弄するなかれ。

◆規律:
物はすべて所を定めて置くべし。

仕事はすべて時を定めてなすべし。

◆決断 :
なすべきをなさんと決心すべし。

決心したることは必ず実行すべし。

◆節約:
自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。

すなわち、浪費するなかれ。

◆勤勉:
時間を空費するなかれ。

つねに何か益あることに従うべし。
無用の行いはすべて断つべし。

◆誠実:
詐りを用いて人を害するなかれ。

心事は無邪気に公正に保つべし。
口に出だすこともまた然るべし。

◆正義:
他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを

与えずして人に損害を及ぼすべからず。

◆中庸:
極端を避くべし。たとえ不法を受け、

憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。

◆清潔:
身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。

◆平静:
小事、日常茶飯事、

または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。

◆純潔:
性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、

これにふけりて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、又は自他の平安
ないし信用を傷つけてはいけない。

◆謙譲:
イエスおよびソクラテスに見習うべし。

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American great Franklin

His name is Benjamin Franklin, _ Gregorian was born on January 17, 1706, but in the Julian calendar died on January 6, 1705. He lived in an era when he explained using both calendars. Franklin is active as a politician, diplomat, writer, physicist, and meteorologist. He is a humble and hard worker who practices the 13 virtues described below. He is also a practitioner. Franklin’s “Franklin Autobiography” has become one of America’s longest-selling books, and Benjamin Franklin is still used as a portrait on the $ 100 bill. (Surveyed in March 2021) He continues to be widely loved by Americans.

 Job of Franklin

One of Franklin’s most famous achievements is the experiment of lightning with a kite. Franklin was interested in electricity when he heard that Leyden jars were being tested. He flew a kite in 1752 on a thunderous stormy day. At that time, he worked to show the state of charge in the sky at that time by interlocking a Leyden jar connected with a wire to the tip of the kite string on the ground side. It is a very direct experiment, but about how Benjamin Franklin convinced him to set up the experiment with respect to the phenomenon that the voltage is said to be hundreds of millions of volts (current flowing over hundreds of thousands of amperes). Feels a big problem. It will be fresh in my memory that there was a lightning strike at an idol concert in the 21st century. It can be said that it is an experiment that “never imitate” because there is a fact that a large number of people died when trying a verification experiment in Franklin’s time. Franklin’s courage to carry out the experiment has some parts that cannot be praised, but even if you think about it, it is certain that he is a great man who is respected by people.

Franklin’s feat continued, and he invented lightning rods, combustion-efficient stoves, and bifocals.

And Franklin gave back to society without his patent for his invention.

Thirteen Virtues

He is said to have been involved in the drafting of the United States Declaration of Independence.

Franklin, who has accomplished things by himself with his own autonomy, is said to have practiced a commandment called 13 virtues.

Let me introduce you at the end.

[13 virtues (quoted from Wikipedea, devoted to each virtue once a week)]

  1. ◆Temperance. Eat not to dullness; drink not to elevation.
  2. ◆Silence. Speak not but what may benefit others or yourself; avoid trifling conversation.
  3. ◆Order. Let all your things have their places; let each part of your business have its time.
  4. ◆Resolution. Resolve to perform what you ought; perform without fail what you resolve.
  5. ◆Frugality. Make no expense but to do good to others or yourself; i.e., waste nothing.
  6. ◆Industry. Lose no time; be always employ’d in something useful; cut off all unnecessary actions.
  7. ◆Sincerity. Use no hurtful deceit; think innocently and justly, and, if you speak, speak accordingly.
  8. ◆Justice. Wrong none by doing injuries, or omitting the benefits that are your duty.
  9. ◆Moderation. Avoid extremes; forbear resenting injuries so much as you think they deserve.
  10. ◆Cleanliness. Tolerate no uncleanliness in body, clothes, or habitation.
  11. ◆Tranquility. Be not disturbed at trifles, or at accidents common or unavoidable.
  12. ◆Chastity. Rarely use venery but for health or offspring, never to dullness,
    weakness, or the injury of your own or another’s peace or reputation.
  13. ◆Humility. Imitate Jesus and Socrates.

(I quoted these from Wikiledia.)

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湯川秀樹
【1907年1月23日生まれ‐4/17改訂】

こんにちはコウジです。「湯川秀樹」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と4/5時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3452‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2876
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6328+7300【13628@4/5】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

【1907年1月23日生まれ ~ 1981年9月8日没】

【↑_Credit:Wikipedia】


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湯川秀樹の生きた時代

冒頭に紹介している本「旅人」は湯川秀樹の

自伝です。その湯川秀樹は朝永振一郎と同じ時代

を生きています。

互いに刺激しあう関係を築き、共に

時代のテーマに取り組んでいます。

伝記を読んでいくと湯川秀樹が情熱を持って

物理学に取り組んでいた様子が分かります。

色々な所で引用されているのですが

「アイデアの秘訣は、執念である。」

と湯川秀樹は明言しています。一見、

不可解な現象を紐解き、単純明快な原理を抽出

する仕事をしてきたのです。

 

湯川秀樹の興味

そもそも、

湯川秀樹の関心は物質の相互作用であって、

その世界は全く目に見えません。彼は

情熱で綿密に話を組み立てます。

重力・電磁力以外の微細粒子間の

相互作用を引き起こす「強い力」

に着目して議論を進めました。

湯川秀樹の時代には場の考えが発展

していく過程で原子の中での相互作用を

湯川秀樹は中間子という概念で紐解いたのです。

湯川秀樹のアイディアは「場を担う粒子」

という考え方です。そもそも、重力(万有引力)

を考えると二つの質点が存在した時に

その質点同士が互いを引き合い現象が説明

されます。この明快なモデルに反して、

「電子の数百倍の質量をもつ中間子の仮定」

は当時の観測とは別に設定されていて、

ボーアハイゼンベルクは内容の吟味

を求めていたと言われます。

最終的には1947年の英国物理学者セシル・パウエルによる「中間子観測」が契機となり、湯川秀樹はノーベル賞を受けます。「物理での概念確立の危うさ」を感じてしまう歴史です。

理論的な要請と言えなくはないですが、辻褄合わせの為の概念は色々な角度から真剣に議論されなければいけません。別の言い方をすれば、その概念を磨き上げて納得のいく説明をすることが出来た時に「大きな仕事をした」と言えるのではないでしょうか。

湯川秀樹はボゾンの一つとして中間子を仮定して強い力を説明してみせたのです。

湯川秀樹こぼれ話 

湯川秀樹の業績は京都大学の原子力研究を初めとして日本の物理学者たちに引き継がれています。

個人的なご縁としては私が幼少時代を過ごした東京板橋にあった理化学研究所の分室で研究をしていたようです。少し時代がずれますが、私の故郷で彼が活動していたと思うと不思議な気持ちです。ノーベル賞受賞者の朝永振一郎もそこに居ました。最近までは、理化学研究所は本駒込にも拠点があり、今でもホンダ朝霞の近くに拠点があります。

何故か、と調べを続けていったら埼玉県にある平林寺に創始者の一人である大河内氏の墓所があります。そんな、理化学研の霊的な側面を知って、私は何となく納得してしまいました。

また、湯川秀樹はラッセル=アインシュタイン宣言にも参加しています。以前のブログでもこの関連の話は盛り込んでいますが私は研究者が異議を唱えても社会が破滅的な兵器を作る現実を大変、問題だと思っています。アインシュタインであれ湯川秀樹であれアシモフであれ社会が叡智を集結して対応することを私は夢見ています。

英語が話せるようになる「アクエス」
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以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
全て返信は出来ていませんが
適時、返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/09/07_初稿投稿
2022/04/17_改定投稿

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(2021年10月時点での対応英訳)

The time when Hideki Yukawa lived

The book “Traveler” introduced at the beginning is an autobiography of Hideki Yukawa. Hideki Yukawa lives in the same era as Shinichiro Tomonaga. We build relationships that inspire each other and work together on the themes of the times. As you read the biography, you can see that Hideki Yukawa was passionate about physics.

Although quoted in various places, Hideki Yukawa clearly states, “The secret of the idea is obsession.” At first glance, he has worked to unravel mysterious phenomena and extract simple and clear principles.

Hideki Yukawa’s interest

In the first place, Hideki Yukawa’s interest is in the interaction of matter, and the world is completely invisible. He assembles the story with passion.

He focused on the “strong force” that causes the interaction between fine particles other than gravitational and electromagnetic forces. In the days of Hideki Yukawa, Hideki Yukawa unraveled the interaction in atoms with the concept of mesons in the process of developing the idea of ​​the field.

Hideki Yukawa’s idea is the idea of ​​”particles that carry the field.” In the first place, considering gravity (universal gravitational force), when two mass points exist, the mass points attract each other and the phenomenon is explained. Contrary to this clear model, the “assuming of a meson with a mass several hundred times that of an electron” was set separately from the observations at that time, and it is said that Bohr and Heisenberg sought scrutiny of the content.

Eventually, Hideki Yukawa received the Nobel Prize, triggered by “Meson Observation” by British physicist C. Powell in 1947. It is a history that makes us feel “the danger of establishing a concept in physics”.

It can be said that it is a theoretical request, but the concept for Tsuji matching must be seriously discussed from various angles. In other words, when you can refine the concept and give a convincing explanation, you can say that you have done a big job.

Hideki Yukawa explained the strong force by assuming a meson as one of the bosons.

Hideki Yukawa Spill Story

Hideki Yukawa’s achievements have been handed down to Japanese physicists, including nuclear research at Kyoto University.
As a personal connection, it seems that I was doing research in a branch office of RIKEN in Itabashi, Tokyo, where I spent my childhood. It’s a little out of date, but it’s strange to think he was active in my hometown. Nobel laureate Shinichiro Tomonaga was also there. Until recently, RIKEN also had a base in Hon-Komagome, and it still has a base near Honda Asaka. If you continue to investigate why, there is a graveyard of Mr. Okochi, one of the founders, at Heirinji Temple in Saitama Prefecture. Knowing such a spiritual aspect of RIKEN, I somehow convinced myself.

Hideki Yukawa also participates in the Russell-Einstein Declaration. I’ve included this related story in my previous blog, but I think the reality of society making catastrophic weapons is a big problem, even if researchers disagree. Whether it’s Einstein, Hideki Yukawa or Asimov, I dream of society gathering wisdom and responding.