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建部賢弘(たけべ かたひろ)_
【江戸時代に生まれ和算を大成_円周率 41桁】-10/21改訂

こんばんは、コウジです。半年ごとの改定です。
今回の改定は英訳部の削除が主です。
ご覧ください。(以下原稿です)

建部堅弘の数学
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【イメージ画(コウジ作成)】

和算の大成者である健部賢弘

建部賢弘は日本の数学者で、和算を大成した人物です。
江戸時代1664年生まれです。

関ヶ原の合戦が1600年で江戸太平の世が200年ほど
だったことを思い返せば建部はまさに江戸時代の中期
に活躍したと言えますね。

時は享保の時代で8代将軍の暴れん坊将軍「徳川吉宗」
の信頼を得ます。そして享保四年(1719年)「日本総図」
を作成します。また、
師である関孝和の業績に関する著作を多数残しました。

その内容は歴史的な記述というよりも内容に深く入り込んでいます。
いわば
数学の側面からの解説書であったようです。

関孝弘の考察を建部が補う 

そもそも、関孝和は沢口一之が残した『古今算法記』での
未解決問題を関さん独自の点竄術を使って解決していました。

そこで「関さんの悪い所」なのですが、
省略し過ぎで難しい本だったのです。

関孝和の考察を建部が補う

そもそも関孝和は、沢口一之『古今算法記』に残されていた
未解決問題を、自身の「点竄術」によって解決しました。

しかし関孝和の著述は、数学的発想の飛躍が大きく、
途中計算や説明を大胆に省略する傾向がありました。
そのため、当時の和算家たちの間でも
「理解が難しい」という声があったようです。

そこで建部賢弘は、師の理論を丁寧に整理し、
後世の学習者にも理解できる形へ体系化していきました。

特に『大成算経』では、
関孝和・建部賢弘・建部賢明らによって、
江戸時代和算の集大成とも言える内容がまとめられています。

「大成算経」は当時の和算をまとめ上げた
秀作として評価され続けています。

円に対しての建部の業績

建部賢弘の大きな業績として円に対しての
定量的な追及があります。物凄い精度で
円について考えていったのです。

ヨーロッパでは同時代にニュートンやライプニッツが
微積分学を発展させていましたが、
日本では建部賢弘が独自に円周率計算を深化させていました。
【アイザック・ニュートン(1643-1727) 】

そもそも、精度の高い真円が描けたとしても
その円での半径とこの長さの関係は自明ではありません。

今でこそ、子供たちも3.14…と記憶していけるのですが
理論的に真円が描けたと考えた時の弧の長さは
「三角関数を使って級数を作り極限」
を求めていくしかありません。

三角関数、級数、極限といった概念を和算の中で
正確に使っていくデリケートさが求められるのです。

建部賢弘は丁寧に言葉を選んで誰でもわかる
表現をして未知の世界に挑んでいったのです。

建部以前の時代から使われていた正多角形を
円が囲む近似から考えていきました。

建部は逆に正多角形に円が囲まれた部分を想像して、
円の面積がA以上B以下であると証明していくのです。

そして円弧の長さがα以上β以下であると証明していったのです。

建部賢弘は、和算において円周率および円弧の長さの計算法を深め、
少なくとも小数点以下41桁近くまで算出したとされます。
江戸時代の和算家としては極めて高精度な数値解法であり、
当時としても突出した成果でした。

その他の建部の業績

その他にも建部賢弘は多くの業績を日本に残しましたが、
以下備忘録的に羅列します。

・指数1/2の二項級数の近似解法を紹介
・ディオファントス方程式の近似解法を紹介
・帰納法に基づいた数値解析の方法論を紹介
・無限の概念を「不尽」として導入
・三角関数の内容を表の形で明示

そして今、
日本数学会では建部賢弘特別賞や建部賢弘奨励賞
という形で若手数学者を奨励する賞を設けています。
建部賢弘のように若かりし人が
新しい分野を開いていく姿を数学会は期待しています。

🔍 補足・一次情報調査

  • 建部賢弘(たけべ かたひろ)は、寛文4年(1664年)6月(江戸)生まれ、
    元文4年(1739年8月24日)没とされています。 ウィキペディア+2コトバンク+2

  • 彼は、関孝和(せき たかかず)の門人であり、円理
    (円周率・円弧長さに関する理論)において大きな足跡を残しました。 mathsoc.jp+1

  • 記録によれば、建部賢弘は「累遍増約術」という方法を用い、
    円周率を多角形近似法によって詳細に求めたとされています。 mathsoc.jp+1

  • ただし「点竄術」「傍書法」などと関係づけて高次方程式や行列式にまで言及する部分については、
    明確に「行列式」という語を和算当時が使っていた史料は確認できていません。
    より慎重に「行列類似の考え方」「多変数未知数の処理法」などと記す方が学術的です。

関連する科学者の系譜(和算と数学史)

◀ 前の人物:関孝和(1642?-1708)

▶ 次の人物:アイザック・ニュートン(1643-1727)

この分野の科学者(和算・数学史)
関孝和
建部賢弘
沢口一之
ライプニッツ
ニュートン

〆

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2022/10/06_初稿投稿
2026/05/21_ 改訂投稿

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