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中嶋 貞雄
【日本で超電導現象の土台を作っていた人|低温電子物性】‐10/5改訂

こんにちはコウジです。

半年ごとの記事見直しです。
では、ご覧ください。内容を整理し、
主にリンクを見直しました。
現時点での英訳も考えています。
(以下原稿です)

超伝導
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【1923年6月4日生まれ ~ 2008年12月14日没】


【出典:東京大学物性研究所アーカイブ‗中嶋貞雄】

 物理学者の中嶋貞雄

映画監督で似た名前の方が居ますが
映画監督の方は貞夫と書きます。
物理学者の中嶋さんは貞雄と書きます。
中嶋貞雄は私が昔使っていた量子力学での
教科書の著者でした。(発行元は岩波書店)
そして、私がい今回記したエピソードを聞いたのは
指導教官との談話タイムでした。そんな風に
語り継がれていた物語です。

東京大学を卒業後に名古屋大で教授を務め、
東大物性研の所長を務めています。超伝導を中心とした
低温・物性物理学の理論研究で重要な仕事を残した方です。

超電導の議論史の中で有名な
エピソードがありますのでご紹介します。

 

BCS理論とは何か

話が前後しますが、中嶋貞雄の研究を理解するために、
超伝導理論の歴史を簡単に整理しておきます。

超伝導現象は1911年、ヘイケ・カメルリング・オネスによって発見されました。
しかし、その仕組みを微視的に説明する理論が登場するまでには40年以上の時間がかかりました。

1957年、ジョン・バーディーン、レオン・クーパー、J・R・シュリーファーによって
BCS理論が提案されます。BCSという名前は3人の姓の頭文字から来ています。

この理論では、結晶中の格子振動を介して電子同士に有効的な引力が生じ、
電子がクーパー対を形成すると考えます。そして多数のクーパー対が
秩序だった量子状態を形成することで、超伝導状態が説明されます。

通常、電子は同じ電荷を持つため反発し合います。
しかし結晶中では、格子振動(フォノン)を介して
間接的に引き合う状態が生まれることがあります。

この結果、

電子が集団的な量子状態を形成する

ことで電気抵抗が完全に消える、すなわち
超伝導が生まれると説明されました。この理論は現在でも

低温超伝導の基本理論として広く使われています。

このBCS理論が登場した時代に、中嶋貞雄も日本で超伝導の理論的問題を
研究していました。ここに、中嶋貞雄を読む面白さがあります。


中嶋貞雄関連の事実【ノーベル賞/超伝導とその研究】

1972年にバーディーン/クーパー/シュリーファーが
ノーベル物理学賞を受賞しています。バーディーンは

ノーベル物理学賞を2回受賞した唯一の人物です。


超伝導現象はヘイケ・カメルリング・オネスによって
1911年に発見されました。この現象の理論的理解には

約半世紀の時間がかかったのです。


日本では東京大学物性研究所が超伝導研究の
重要な拠点でした。中嶋貞雄はその所長も務めています。

バーディンと中嶋貞夫

中嶋貞雄は低温物理の物性に関わる研究をしていきました。
そんな中で名古屋で会議が開かれ、くりこみ理論を応用した
低温電子物性の議論をします。その話にアメリカのバーディーン
が着目し、講演内容のコピーを中嶋に求めました。

研究者の間で語り継がれてきたエピソードとして、私は指導教官の話を印象深く覚えています。

そこでは「中嶋の資料をバーディーンが英訳し、それを基にBCS理論を完成させた」
とまで断定することは避けたい
と思います。BCS理論は、
バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人が1957年に発表した理論であり、
その形成には3人による一連の研究がありました。
むしろ興味深いのは、日本の研究者も同じ時代に超伝導の理論的問題を追いかけていたという点です。

中嶋はその後も超伝導の電磁応答について研究を続け、1959年には
超伝導体の反磁性や電気伝導について論じています。
そこではバーディーンらの研究との関係も明示されています。

つまり中嶋貞雄は、BCS理論を「作った人物」ではありません。しかし、
BCS理論が生まれた時代に、日本でも超伝導の理論的理解を進めていた研究者
として位置づけることができます。 

その時点ではカメリー・オネスの発見した超伝導現象は
実験的に示されていましたが理論的な説明はなされてません。

バーディーンはそれを作ろうとしていたのです。

個別電子のモデルはありましたがその電子が
集団励起していく姿は誰も想像していませんでした。

中嶋はこの議論は、当時まだ理解されていなかった
超伝導の理論化に向けた重要な示唆を含んでいました。
半導体の大家もまた、現象を追求したのです。
後に名古屋駅でバーディンにコピーを渡します。

バーディンは帰国後に英訳し参考として、共同研究者であるクーパー・
シュリーファーと共に考察を進め、クーパー対のアイディア
を盛り込み、BCS理論を完成させます。日本でなくアメリカ
で生まれた事が残念ですが、そうした議論の端緒は
日本でも芽生えていたのです。

 科学技術と我々

私は科学技術は人類が共有する財産だと思っています。
それだから、コピーを届けた中嶋貞雄の行為は素晴らしい
と感じています。これからの若い研究者達も知を共有して
育んで欲しいと思います。そうした行為が、
最後には日本の発展に繋がっていくと信じています。
そして、世界人類の発展に繋がっていくと信じています。

最後は信念とか、
宗教っぽい話になりましたが
感動・情熱から繋がる話
ではないでしょうか。

関連する物理学者(前後の流れ)

◀ 前の人物:ジョン・バーディーン

▶ 次の人物:レオン・クーパー

この分野の物理学者(超伝導・物性物理学)

超伝導の歴史から読む

オネスによる超伝導の発見から、
バーディーン、
クーパー、
シュリーファーによるBCS理論へ進み、
その周辺で中嶋貞雄らが理論的な研究を進めていきました。

さらに物質の応答を統計力学から考えると、
久保亮五の線形応答理論にもつながります。
超伝導と統計力学という異なる入口から、物質の集団的な
性質を理解する研究へ進むことができます。

東京大学物性研究所から見る中嶋貞雄

中嶋貞雄は東京大学物性研究所の第7代所長を務めました。
東京大学関連の物理学者と合わせて読むと、
日本の物性物理学がどのように発展してきたのかを追いやすくなります。

 

〆

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問題点に対しては適時、
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nowkouji226@gmail.com

2020/12/19_初版投稿
2026/10/05_改定投稿

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AIでの考察(参考)

(2021年11月時点での対応英訳)

Physicist Sadao Nakajima

There is a movie director with a similar name, but I write that as Sadao. This is written as Sadao. Sadao Nakajima was the author of a textbook on quantum mechanics that I used to use. (Published by Iwanami Shoten) He is a professor at Nagoya University after graduating from the University of Tokyo, and is the director of the Institute for Solid State Physics of the University of Tokyo. He was a pioneer in theorizing superconducting phenomena. I would like to introduce a famous episode in the history of superconductivity discussions.

Birdin and Sadao Nakajima

Sadao Nakajima has been conducting research related to the physical properties of low temperature physics. Under such circumstances, a conference will be held in Nagoya to discuss low-temperature electronic properties applying the renormalization theory. Bardeen of the United States paid attention to the story and asked Nakajima for a copy of the lecture. At that time, the superconducting phenomenon discovered by Kamerlingh Ones was experimentally shown, but no theoretical explanation was given. Bardeen was trying to make it.

Nakajima must have been convinced of the direction of his research. He later gives a copy to Birdin at Nagoya Station. After returning to Japan, Bardeen will translate it into English, discuss it with his collaborator Cooper Schriefer, incorporate ideas for Cooper vs., and complete the BCS theory. It’s a pity that I was born in the United States instead of Japan, but the beginning of such discussions was also budding in Japan.

Science and technology and us

I think science and technology are a property shared by humankind. Therefore, I feel that Sadao Nakajima’s act of delivering the copy was correct. I hope that young researchers in the future will share their knowledge and nurture them. I believe that such actions will eventually lead to the development of Japan. And I believe that it will lead to the development of humankind in the world.

At the end, it was a belief or a religion-like story, but I think it is a story that connects with emotion and passion.

〆