2026年8月24日2026年8月14日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すオットー・シュテルン【アインシュタインと同じくドイツを逃れた実験家】‐8/24改訂 こんにちはコウジです。半年ごとの記事見直しです。 では、ご覧ください。内容を整理し、 主にリンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)https://amzn.to/47qJYot 【スポンサーリンク】 【1888年2月17日生まれ ~ 1969年8月17日没】【Wikimedia Commons:Otto Stern portrait】戦時下の物理学者シュテルンオットー・シュテルンは1888年にドイツで生まれた物理学者です。 若い頃にはプラハでアインシュタインと研究上の接点を持ち、 その後チューリッヒでもアインシュタインと活動しました。 Nobel Prizeの経歴によれば、1912年にプラハでアインシュタインと合流し、 翌年にはチューリッヒ工科大学でも研究生活を送っています。シュテルンは理論物理学から出発しましたが、1919年頃から実験物理学へ 研究の重点を移し、分子線法を発展させました。 原子や分子を細いビームとして飛ばし、その運動や磁気的性質を測定する方法です。 この方法によって、直接見ることのできない原子の性質を、 実験データから定量的に調べることが可能になりました。1923年にはハンブルク大学の教授となり、研究室を率いて分子線法を発展させます。 そしてヴァルター・ゲルラッハとの 共同研究によって、1922年のシュテルン=ゲルラッハ実験へとつながります。しかし1933年、ナチス政権の成立によってシュテルンはドイツでの地位を失い、 アメリカへ移ります。移住後はカーネギー工科大学で研究を続け、 戦後はカリフォルニア大学バークレー校で名誉教授となりました。この人生を見ると、シュテルンの研究史には二つの流れがあります。 一つは、原子線という実験手法によって量子の世界を測定可能なものにしていった 科学史としての流れです。 もう一つは、ナチスによって研究者が国境を越えて移動することになった 20世紀の科学者史です。そのためシュテルンの本記事は、量子力学の記事としてだけでなく、 アインシュタインや リーゼ・マイトナー、 オットー・ハーンなど、 戦時下の科学者を考える入口にもできます。彼らは同じ恐怖と憤りを感じて反体制の話もしていたことでしょう。シュテルンはドイツ本国で当時の感心事であった 原子線の研究をします。実験の様子としては、 温度をどんどんあげていって金属が光り出して その後も、更に温度をあげていきます。例えば、具体的に金属を恒温槽の中にいれて 小さな窓から出てくる光の様子を見るのです。シュテルンの実験の様子 その窓から連続して特定の粒子を放出する事で 粒子の性質を明らかにしていきます。結果としてヴァルター・ゲルラッハと共に 歴史的な実験を完成させました。この実験で注目したのは「個別粒子の磁気的性質」です。 加熱して蒸発させた銀の粒子をビーム状に放出した時に その粒子線に対して磁界をかけたのです。すると、 放出粒子は二つに分かれて一点だった輝点 (粒子の当たった場所)が二点の輝点となります。 この事実は新しい知見へとつながるのです。 シュテルン=ゲルラッハ実験シュテルンの代表的な業績として、ヴァルター・ゲルラッハと ともに行ったシュテルン=ゲルラッハ実験があります。 1922年、二人は加熱した炉から銀原子のビームを作り、 それを不均一な磁場の中を通過させました。古典物理学から単純に考えれば、原子が持つ磁気モーメントの向きは 連続的に分布し、検出器には幅のある連続的な像が現れると予想されます。 ところが実際には、銀原子のビームは二つの明瞭な成分に分かれました。 この結果は、原子の磁気的性質が古典的な連続量だけでは説明できず、 量子化された状態を持つことを示す重要な証拠となりました。現在では、この実験は角運動量の量子化やスピンの理解につながる 歴史的な実験として知られています。ただし、 1922年の実験をそのまま「電子スピンを発見した実験」と表現するより、 まずは空間量子化を実験的に示した研究と捉える方が歴史的には正確です。 その後、量子力学の発展とともにスピンという概念が整理され、 シュテルン=ゲルラッハ実験はスピンを理解する代表的な実験として 教科書に登場するようになります。ここには、このサイトで紹介しているボーアや ハイゼンベルクらによる量子化の議論 ともつながる重要なポイントがあります。 目で直接見ることのできない原子の内部に対して、 原子そのものを「見る」のではなく、 原子ビームと磁場との相互作用から推測していったのです。つまりシュテルンの仕事は、 「見えないミクロの世界を、実験によってどこまで確かめられるのか」 という20世紀物理学の大きな課題に対する、一つの答えでもありました。つまり、放出粒子自体が磁気的な性質を 初めから持っているのです。そして戦争に伴い、ナチスにハンブルグ大学の 地位を追われたシュテルンはアインシュタインと共に 1933年アメリカに亡命します。戦後ナチス政権下で教授を続けたゲルラッハと対照的ですね。 最終的にはUCB(カリフォルニア大学バークレー校) で名誉教授を務めます。81歳の生涯でした。シュテルンとつながる物理学者シュテルンの研究は、原子線を利用して目に見えないミクロの世界を 実験的に調べるという方向へ発展しました。 その研究はシュテルン=ゲルラッハ実験を通じて、 量子化やスピンの理解にもつながっています。◀ 前の人物:アインシュタイン▶ 次の人物:ヴァルター・ゲルラッハこの分野の物理学者: ボーア| ハイゼンベルク| パウリ| シュレディンガー| マックス・ボルン| アインシュタイン実験から量子力学を考える: ゲルラッハ| ボーア| ハイゼンベルク〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 問題点には返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2020/10/31_初版投稿 2026/08/24_改定投稿舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 アメリカ関連のご紹介へ カリフォルニア大学関連のご紹介へ ドイツ関連のご紹介へ 量子力学関係へAIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2021年10月時点での対応英訳)Wartime physicist SternStern is a German-born physicist who is chased by the Nazis and moves to the United States. Stern first met Einstein at the University of Prague in Poland and moved to the ETH Zurich together. Was he a friendly debate? As he proceeded with his investigation, I felt that he was of Jewish descent. Above all, it was the time when the Holocaust was actually taking place. He would have felt the same fear and resentment and talked about the dissident.Stern will study atomic beams in Germany, which was a sensation at the time. In his experiment, he keeps raising the temperature even after the metal shines. For example, he specifically puts metal in a constant temperature bath and sees it coming out of a small window.Stern’s experimentWe will clarify the properties of particles by continuously emitting specific particles from the window. As a result, he completed his historic experiment with Walther Gerlach. The focus of this experiment is on the “magnetic properties of individual particles.” When the heated and evaporated silver particles are emitted in the form of a beam, a magnetic field is applied to the particle beams. Then, the particle is divided into two and the bright spot (the place where the particle hits), which was one point, becomes two bright spots. This fact can be explained by the fact that the particles have spin.Stern, who was displaced by the Nazis from the University of Hamburg due to the war, went into exile in the United States in 1933 with Einstein. This is in contrast to Gerlach, who continued to teach under the Nazi regime after the war.He will eventually be an emeritus professor at UCB (University of California, Berkeley). He was 81 years old.