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A・J・フレネル
【光が横波であると説明しての偏向や屈折を説明】‐12/01改訂

こんにちはコウジです。
半年ごとの既存記事見直しの作業です。
今回は中世18世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。
では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。
現時点での英訳も考えています。
(以下原稿)

ナポレオンのポスター
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【1788年5月10日 ~ 1827年7月14日】


Augustin-Jean Fresnel(1788–1827), 1819 portrait
– Public Domain, via Wikimedia Commons

フレネルとナポレオン —— 光の波動性を切り開いた技師・科学者

オーギュスタン・ジャン・フレネル(Augustin Jean Fresnel, 1788–1827) は、
光の波動性を理論的・実験的に確立したフランスの物理学者です。
ノルマンディー地方に建築家の父のもと生まれ、
国内の土木現場で技師として働きながら、独学で光学研究を深めました。

ナポレオン時代に生きた人で、
ナポレオンの運命で人生を大きな影響を受けました。
物理学者としてナポレオンに関わった
ヴォルタとは対照的です。
ヴォルタはナポレオンに好かれていて
伯爵の栄誉を受けています。

1815年、ナポレオンがエルバ島を脱出した際、フレネルは
王党派(ブルボン家)支持を表明しました。
そのため百日天下の時期には職務を解かれ、

事実上の 自宅待機・軟禁状態 に置かれます。

先ず、
フレネルは国立土木学校を卒業後に
色々な地方の地方の現場に赴任して
建設の仕事の経験を重ねます。

その傍らで関心のあった
光学関係の知見を得ていきます。
1815年におけるナポレオン・ボナパルトの
エルバ島脱出の際には国王勢の味方
となりましたが、その為にナポレオン施政下では
軟禁生活を余儀なくされます。
私見(しけん:私の考え)では、
この時の時間の過ごし方が少し
ニュートンのエピソードを思い起こさせます。

実際にニュートンはペスト流行時に
学術交流できない時間を活用して
プリンキピアに繋がる思索の時間を作り、
まとめ上げました。

フレネルはナポレオン施政時の軟禁生活の
時間を使って光学の研究を進め、
波動性による考え方を確立して
回析現象を示したのです。

ニュートンもフレネルも共に
暗黒時代に光への道筋を模索しました。 

ナポレオンの百日天下が終わり、ルイ18世が再び即位すると
フレネルは復職しパリで技師としての仕事を再開しました。

フレネルと光 

パリでの仕事としてフレネルは生活の為の仕事をし乍ら
光学の研究を続けました。クリクリスティアーン・ホイヘンス
トマス・ヤングらなどによると光の伝番についての当時、
縦波だろうと考えられていました。つまり、光は波動(波)として
考えられますが、光は音波と同様に媒質(実は真空でも伝わります)
を伝わる時は「縦波」であると考えられていたのです。
それに対してフレネルは、偏光の説明を突き詰めて、
光の波動説を実証したうえで、光が横波であると考えたのです。
『ここでの「縦波」や「横波」は進行方向に対してそれぞれ
「平行」が「垂直」であるかに対応します。』

こうしたフレネルの光学理論は、複屈折現象などを上手く説明しました。またフレネルは、地球のような移動体での光路差について研究していきました。それはマイケルソン・モーレーの実験に繋がり、特殊相対論に示唆を与えたと言われています。

フレネルは光学理論をまとめあげ、1823年に「反射が偏光に与える諸変形の法則に関する論文」として発しました。この功績は広く称えられ、、フランス科学アカデミーの会員に選ばれたほか、物理学の世界で次々と認められました。

最後にフレネルはとても病弱でした。
残念な事に結核を患い39歳で若くして亡くなってます。

. 一次情報/歴史的補足

  • 生没:1788年5月10日 – 1827年7月14日
    出典:Encyclopaedia Britannica “Augustin-Jean Fresnel”

  • ナポレオン復帰期の失職:
    “He lost his employment during Napoleon’s Hundred Days for supporting the Bourbons.”
    出典:Britannica, French Academy archives

  • フレネルの横波理論:
    “Fresnel’s transverse wave theory resolved the polarization problem that
    Newton’s corpuscular theory could not explain.”

    出典:歴史光学文献(Fresnel, Oeuvres complètes)

  • 結核死:確定(フランスの死亡登録より)



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(2021年10月時点での対応英訳)

Fresnel and Napoleon

Its name is Augustin Jean Fresnel. Born to an architect’s father in the Normandy region of France. A man who lived during the Napoleonic era, Napoleon’s fate greatly influenced his life. First, after graduating from the National Civil Engineering School, Fresnel will be assigned to various local sites to gain experience in construction work. Beside him, he gains optics insights that he was interested in. He became an ally of the royal family when

Napoleon Bonaparte escaped from Elba Island in 1815, which forced him to live under house arrest under Napoleon’s administration. In my opinion, the way I spend my time at this time is a bit like Newton. In fact, Newton made use of the time when academic exchange was not possible during the plague epidemic to create and organize a time for thinking that would lead to Principia. Fresnel used his time under house arrest during Napoleon’s administration to study optics, establishing a wave-based mindset and showing the phenomenon of diffraction.

When Napoleon’s Hundred Days ended and Louis XVIII reigned, Fresnel returned to work and resumed his work as his engineer in Paris.

Fresnel and light

As his work in Paris, Fresnel continued his optics research while working for a living. It was thought that the thoughts of Christiaan Huygens and Thomas Young on the transmission of light at that time would be longitudinal waves. In other words, light can be thought of as a wave, but when it travels through a medium (actually, it can also be transmitted in a vacuum) like sound waves, it was thought to be a “longitudinal wave.”

Fresnel, on the other hand, scrutinized the explanation of polarized light, demonstrated the wave theory of light, and thought that light was a transverse wave.
“The” longitudinal wave “and” transverse wave “here correspond to whether” parallel “is” vertical “with respect to the traveling direction. 』\

Fresnel’s optical theory explained the birefringence phenomenon well. Fresnel has also studied optical path lengths in mobile objects such as the Earth. It is said that it led to Michelson-Morley’s experiment and gave suggestions to special relativity.

Fresnel summarized the theory of optics and published it in 1823 as “A Paper on the Laws of Deformation of Reflection on Polarized Lights”. This achievement was widely praised, he was elected a member of the French Academy of Sciences and was recognized one after another in the world of physics.

Finally Fresnel was very sick. He unfortunately suffered from tuberculosis and died at the young age of 39.

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ジョン・ドルトン
John Dalton【科学的アプローチで原子論を提唱】‐11/26改訂

こんにちはコウジです。
半年ごとの既存記事見直しの作業です。
今回は中世18世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。
では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。
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【1766年9月6日~1844年7月27日】
ジョン・ドルトン(1766–1844)。Henry Roscoe (author), William Henry Worthington (engraver),
and Joseph Allen (painter)
 – Frontispiece of John Dalton and the Rise of Modern Chemistry by Henry Roscoe
_
先ずドルトンを検索で調べると同名の学校法人が出てきますが、
本記事は英国生まれの物理学者にして化学者である人物に関する記載です。
_

若き日のドルトン

John Dalton (1766–1844)
 — 英国カンバーランド生まれ、マンチェスターで没
出典:Encyclopaedia Britannica

ドルトンは若い時代に大変苦労をしています。

先ず、家族がクエーカー教徒であった為に
大学に入れませんでした。当時の英国は
イングランド国教会に属していない宗派は
差別を受けており、ドルトンはクエーカー教徒
だという理由で大学に入る事が出来なかったのです。
_
その業績を考えてみると
何より原子説の提唱が大きいです。
_
ドルトンが研究していた18世紀初頭の
物理学会では「物質の根源」を考えるにあたり
直接原子核に相互作用を与えて結果を
考察する理論的な土壌は乏しかったのです。
_
実際にドルトンは化学的な反応の
側面からアプローチしていき、今でいう
「倍数比例の法則」の論拠を考えていく中で、
その考え方が如何にして成立するかを考えます。
反応に関わる物質の質量比率を考えた帰結として、
原子を想定したのです。そういった考察の中では
原子の大きさが主たる関心事でなくても良いのです。

ドルトンの業績

後の原子核反応における考察では
反応に関わる距離や、反応に無関係な距離
が大事になってくるのです。
_
それに反してドルトンの時代の感心事
の中心は反応自体がいかにして想定できるかであって、
純度を高めた物質の集団同士が反応して
別の物質に変質するかという現象が感心事なのです。
_

また、定量的評価での「ジュール」という物理量

の導入でもドルトンは大きな仕事を残しています。

また、ドルトン自身が色覚異常の人だった為に

色覚の研究でも仕事を残していて

「ドルトニズム (Daltonism)」

という言葉が今でも使われています。

 

追記1.クエーカー迫害

イングランド国教会以外の宗派はオックスフォード・ケンブリッジで
学位取得が禁止(Test Acts)(
出典:UK Parliament archives)

追記2.色覚異常(Daltonism)

ドルトン自身が自らの眼球を解剖するよう遺言。1995年:遺骨のDNA分析により、
ドルトンは プロタン型(L錐体欠損) の色覚異常と確定(出典:The Lancet, 1995)

追記3.ジュールとの関連

ジェームズ・ジュールは ドルトンの教え子。ただしジュールの
仕事(エネルギー保存)はジュール自身の業績(出典:Royal Society / Britannica)

追記4.原子説に関する一次資料

“A New System of Chemical Philosophy (1808)”ドルトン自身の著作で原子説を体系化。
(出典:Britannica / Royal Society Archives) 

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【2022年1月時点での対応英訳】

Dalton of the young day

Dalton has a hard time very much in his younger days.

At first he was not able to enter the university because his family was a Quaker. In the U.K. at the time, the denomination which did not belong to an English national church received discrimination, and Dalton was not able to enter the university for a reason to be a Quaker.
_
A proposal of the atomism is big above all when I think about the achievements.
_
The theoretical soil which gave an atomic nucleus interaction directly on thinking about the root of the material in Physical Society of the early 19th century when Dalton studied it, and examined a result was poor.
_
He actually assumed an atom as the conclusion that thought about the mass ratio of the material concerned with a reaction while he thought about whether the way of thinking did how it, and it was established while Dalton approached it from the side of the chemical reaction and thought about a ground of “the law of multiple proportion” to say in now. The size of the atom does not need to be main interest in such consideration, too.

Business results of Dalton
Distance about reaction and the distance that is unrelated to a reaction become important for the consideration in the later nuclear reaction.
_
I meet you how the center of the feeling mind of the times of Dalton can assume reaction itself against it, and a phenomenon whether the groups of the material which raised purity react, and changes in quality to a different material is feeling mind.
_

In addition, Dalton leaves big work by the introduction of the physical quantity called “Joule” by the quantitative evaluation. In addition, because Dalton oneself was a color-blind person, even a study of the sense of color leaves work unfinished, and the word “ドルトニズム (Daltonism)” is still used.

(以下原稿)

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今後の更新方針について【①TOPICで個別人物②固定記事③投稿記事を拡充】

人物第一

先ず本稿はあくまで、このブログに対しての方針ですので
ご関心のない方は読み飛ばしてください。そんな内容です。
定期購読者の方に対してのメッセージなのです。
【ご意見を頂ければ幸いです。】
本稿は本ブログの今後の進め方を出来るだけ明確にしたい
という目的のもとに書いていきます。主題は「人物」です。

私にとって更新は目的へのステップです。
具体的には
「科学史を通じて考える事の楽しさを伝え、
少しでも各人の理解を進める手助けをして、
私自身も物理の理解を深めたい」 のです。

そんな私が愛すべき物理学者達を出来るだけ
本人に近い形で伝えていきたいと思っている
のです。人物の記載中心で地道に進めます。
そうした観点での投稿です。

固定記事の定期更新

忘れてはいけないと考えていることは
今まで伝えてきた記事の更新です。

書きっぱなしにするのではなくて内容を吟味し直す
作業を続ける事によって、色々なタイミングでの
視点から文章を見直し、補足できる内容がないか
考えていきます。

Topic記事を投稿に関連

上記の固定記事を考えてみたら、(私の観点で考えたら)
未来永劫にも更新を続ける機会を持ちたいと思います。
私が他界したらブログ自体は姪っ子か娘にあげます。

個別の物理学者に対して何時も知識をリフレッシュして
新しい情報を追加していきたいのです。その為には期毎の、
あるいは半年毎の更新が望ましいと思いつつ今に至ります。

最近読んだ本の中でエーレンファストが死の数日前に
涙ながらにディラックに語りかける場面がありました。
そうした小さな感情の場面を残す手立てが欲しいです。

また、関連事項、関連人物がどんどん出てきてくる事態は
嬉しいと言えば嬉しい状況なので盛り込みたいです。

そこで、Topic記事や書評記事を個別人物にリンクさせて
いこうと考えました。色々な記事は全て個別人物の更新時に
あわせて更新します。

具体的な更新計画

最後に(予告編的として)今後の計画を明示します。

3/20・今後の更新方針について(TOPICを個別人物に対応)
3/21・イギリス関係のリンク更新
3/22・記事の更新頻度に関して
3/23・オランダ関係のリンク更新
3/24・記事の相互リンクに対して
3/25・ドイツ関係のリンク更新
3/26・日本関係のリンク更新
3/27・フランス関係のリンク更新
3/28・Indexされな記事に対して更新
3/29・舞台別のご紹介の更新
3/30・ひも理論と現代の理解
3/31・時代順のご紹介更新

4月以降は時代別の更新再開です。

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問題点には適時、返信・改定をします。

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【2021/03/18投稿_9/24改定】今後のサイト運営_特にツイッターと英訳

OJISAN

春に運営方針を決め改定を続けていますが、

ここでチェックをかけます。ご覧下さい。

【以下元原稿と追記です】 

 

春もどんどん進み暖かくなる今日この頃、季節変わりのタイミングで今後の運用方向を再度、考えてみたいと思います。内容はファンブログとSeeSaaとワードプレスで作成したブログの位置付けです。内容としては科学史に関するブログと生活の中での雑記なのです。 また、当ブログへのアクセスを増やしたいのでツイッターしてますが、4つのアカウントでフォロー制限受けてます。3/17(水)朝の時点で2日前とのフォロワー数と比べると、、、、 ①コウジ@kouji@SyvEgTqxNDfLBX_3167→3195_ ②バンドリ好き太郎@ev2Fz71Tr4x7b1k_2317→2361_ ③浩司@BLLpQ8kta98RLO9_2058→2075_ ④kouji kazeno@KazenoKouji_2147→2156_ ・合計で考えると4アカウント合計で_【9689⇒9787】 【合計で98垢/25単垢。9/15朝にまたフォロバで規制食らいましたので、こんなペースで小休止。】焦らず作業。【21/9/9追記@現時点では一万超えてます。営業マンが居るイメージでアクセス増に役立ってくれてます】

科学史のブログに関してはファンブログを全ての記事を残す書庫のような形で運用しています。それなので整理に従い、ワードプレスで作製したhtpps://wwwドメインのサイトでは固定ページに個別記事が残り、日々更新しているブログではトピック以外の記事は削除を進めています。トピック以外は一週間を目安に削除していく積りです。SeeSaaを対応したミラーサイトとして運用していましたが、最近更新を止めています。このミラーサイトは時期をみて全て英訳します。
【21/9/9追記@実際に英訳を始めていて、現在は19世紀の人物を英訳しています。外国からのアクセスも伸びています。削除も一週間を目途に進めています。トピックは整理しています。】
【22/9/24追記@トピックスの整理が進んでいて記事は年間10記事程度新規作成中_定期的に過去記事のリライトを心がけています。】

雑記はトピックスに残していますがファンブログ以外のサイトでは削除していきます。

斯様に考えて見やすいサイトを目指しますので、今後も宜しくお願い致します。

以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 問題点に関しては適時、 返信・改定をします。

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2020/12/11_初稿投稿
2022/09/24_改定投稿

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【Topics】Indexされない問題の実例【このサイトで発生していて2022年度からは問題点だと考えています】_9/21改訂

こんにちはコウジです。「NoIndex」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と7/3の時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3575‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒3131
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒5477‗④KazenoKouji‗3422⇒6564
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6706+12041【19747@7/3】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

本稿はメモです(Noindexは問題です)

以前から気になっていて明文化できていなかった問題です。

Googleサーチ・コンソールに対して検索リクエストをした際に

「URL が Google に登録されていません」というメッセージが出て

その後、数か月後ににリクエストをしてもやはり同じメッセージ

が出てしまう問題です。私は2020年10月ごろから当サイトを運営していて

ドメインパワーも、そこそこ上がってきているので、今の私が

リクエストを受け付けてもらえないのなら、最近ブログを立ち上げた

人たちは尚更、この問題に問題を感じているのではないかと予想されます。

そんな関心からの記録です。

問題は文字数でしょうか。話題なのでしょうか。

具体的なIndexされないページの例

以下に当該メッセージの出た例を記載していき、

何か共通点・法則性が出てきたら纏め直して対応案を作ります。

オレンジに色を変えた部分は改善が出来ています。

ただ、結果的に「インデックスされている」という意味で問題解決

しているだけで「何が悪くてインデックスされないか」という

問題の本質が解決できていません。

デモクリトス・2022/3/22にGoogleへ再依頼⇒4/30にOK
コペルニクス・2022/3/24にGoogleへ再依頼⇒4/30に再依頼
アイザック・バロー・2022/04/01にGoogleへ再依頼
ベルヌーィ・2022/04/06にGoogleへ再依頼
エルステッド・2022/4/19にGoogleへ再依頼
フーコー・2022/4/30にGoogleへ再依頼
メイデンホール・2022/5/10にGoogleへ再依頼
マイケルソン・2022/5/16にGoogleへ再依頼
テスラ・2022/5/21にGoogkeへ再依頼
長岡半太郎・2022/02/24にGoogleへ再依頼⇒5/28にOK
中村清二・2022/06/01にGoogleへ再依頼
ヒルベルト・2022/06/06にGoogleへ初申請
M・ボルン・2022/03/10にGoogleへ再依頼⇒6/10にOK
ピカール・2022/06/12にGoogleへ再依頼
フォン・ノイマン・2022/04/02にGoogleへ再依頼⇒7/3にOK
H.A.ベーテ・2022/7/6にGoogleへ再依頼
エドワード・テラー・2022/7/8にGoogleへ再依頼
ランダウ・2022/7/9にGoogleへ再依頼
竹内均・2022/7/20にGoogleへ再依頼
ムツゴロウ・2022/03/03にGoogleへ再依頼⇒8/5にOK
益川敏英・2022/04/24にGoogleへ再依頼⇒8/8にOK
ホーキング・2022/4/25にGoogleへ再依頼⇒8/9にOK

Indexされない問題の要因と今後の対策

今回のIndexされない問題は、数j年来今話題になっている

「Google側のアルゴリズム対応」

が主因であると思われます。生活様式。情報習得様式が

大きく変化しているなかで、グーグルが対応に追われて、

個々のインデックスの優先順をつけて処理しているだけ、と言えます。

もっと言えば(Coolに考えたら)グーグルは昔と変わらないけれども

ネット社会が変わってきていて我々リクエストする側が

問題であると考えるようになってきているとも言えます。

定量的な指標として、検索リクエストしてから検索表示されるまでの時間

が明らかに定量化できる数字で、皆さんは昨今、その数字を問題視します。

状況としては直ぐに変わらないと思えるのでGoogleを超えた所で

ツイッターやコ・ワーキングスペースでの議題とするとか、

自分のブログから発信する仕組みを作るとかしていきたい

と考えています。

 

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【トピックス】語学関係の習得に関してと、物理学会での英語コミュニケーションについて_改訂

こんにちはコウジです。「語学関係」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター(現時点での名称は「X」)使います。
2022/7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と7/3の時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3575‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒3131
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒5477‗④KazenoKouji‗3422⇒6564
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6706+12041【19747@2023/7/3】
⇒BLLpQ8kta98RLO9【8700@2024/10/30】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

英語にこだわっていた理由

このサイトでは第二外国語として

英語にこだわり、対応英訳を入れていました。

理由は明快で、日本における学術論文は英語で書き、

大学によっては物理のディスカッションも英語で行うからです。

歴史的に英語で記載するやり方が主流です。

私の英語は粗雑ですが何かを相手に伝えたいと

話し続けていることが大事なのです。そして内容修正。 

むろん、学術論文では不要な修辞語やあいさつ文は不要です。

その意味で学術論文は

英語学習の中でも特殊な文章といえるでしょう。

フランス語やドイツ語の魅力

一方で、医学ではドイツ語がつかわれ、古いお医者様は

ドイツ語でカルテを書いていました。関連機器メーカーも

ドイツ系のメーカーが強かった時代もありました。

私のブログの中での登場人物は多国にわたり、必ずしも英語で

議論をしていたか疑問に思える人々が多いです。

アルキメデス・ソクラテスの時代の人々は現地の言葉で話していて

英語で物事を考える土壌はなかったと思えます。

そこで、そんな国も人々のご紹介の際には英語の習得

に関するご紹介は意識して除いていこうと思います。

一方で文末につけている対応英訳は英語圏で

議論をする人が参照できるように残します。

別の考え方をすれば、ドイツ語やフランス語を習得できる

アフリエイトプログラムがあるといいですね。


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最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
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2024/12/25‗原稿改訂

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【2020年度11月-トピック_改訂】
量子計算機実用化の波

こんにちはコウジです。「量子コンピューター」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と7/3の時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3575‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒3131
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒5477‗④KazenoKouji‗3422⇒6564
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6706+12041【19747@7/3】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

以下投稿の内容は
2020/11/11の日経新聞記載の情報メインです。

現代の情報だと考えて下さい。

 

量子コンピュータが企業活動の現場で
使われ始めてきました。事例として
キューピーでは惣菜工事の生産ライン
で最適なシフトを組む為に量子コンピュータ
を活用しています。今まで数百人のスタッフに
最適な勤務シフトを与えるのは大変な作業でした。
120種以上ある惣菜の品目に対して技量の
バラツキを考慮してシフトを与え現場に割り振ります。

キューピーでは現場を熟知した管理者が
30分以上かけてシフト配置をしていましたが
量子コンピュータを活用して一秒でシフト配置
を終える事が出来ています。導入メリットとして
時間短縮だけでなく不適切な配置に対する
ミスがなくなってきているという
利点も出ています。

現在、量子コンピュータはカナダのDウェーブ社
が先行して実用化していて、最適化問題に強い
メリットを享受しています。キューピーの事例
でも従来型コンピュータでは一日かかっても
最適拍位置が出来なかったのです。

また、日本郵便は配送ルートの最適化に量子コンピューターを使い
同僚の荷物に対して埼玉県での運搬量を8%減らせることを確認しました。
全国に展開すれば100億円規模のコストダウンにつながる見通しです。
デンソーはDウェーブの量子コンピューターでの制御により
無人搬送ロボットの稼働率を80%から95%まで向上させられるとしています。

ハイブリット英会話スタイルで伸ばす「アクエス」
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最近全て返事が出来ていませんが
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サイト立ち上げました【サイト運営方針再確認】_9/17改訂

こんにちはコウジです。「サイト立ち上げ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と7/3の時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3575‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒3131
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒5477‗④KazenoKouji‗3422⇒6564
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6706+12041【19747@7/3】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

本サイト立ち上げにあたり、2020年10月17日に

FanBlogで投稿した記事を残します。

初心に帰ってそれぞれのブログでの

位置付けを確認して今後も発展させていく所存です。

以後もご覧下さい。【以下原稿です】

ご覧頂いているサイトと連動する別サイト作りました。

新サイトです:https://www.nowkouji226.com/
【本サイトURL】

このサイト(ファンブロク)は最新の個別記事を記載して、
新しいサイト(WWWサイト)では包括的な纏め・検索
がし易いように作っていくつもりです。

また、その後の実態としてFANブログと

SEESAAブログが書庫の形で運営されてます。

それぞれのブログから本ブログへのリンクを設ける事で

ブログ界隈の需要を広く集める目的もあります。

別途、ツイッターを中心としたSNSでの世界も広げ、

其処との交流も図っていきます。ご覧下さい。

 


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以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/17_初稿投稿
2022/09/07_改定投稿

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トピック 室温超電動 _改訂
米ロチェスター大 高圧下

こんにちはコウジです。「超電導」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と7/3の時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3575‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒3131
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒5477‗④KazenoKouji‗3422⇒6564
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6706+12041【19747@7/3】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

科学史の観点からトピックスをお伝えします。
現在でも続いている物理学での進展です。

米ロチェスター大学のグループが室温超電導
を実現しました。2020年10月中頃に
ネイチャーに発表してます
。突然私も当時、
2020/11/02朝の新聞読んで知って、
びっくりしたのです。
一般人はびっくり。
基礎科学での現象実現と応用科学での応用技術の
確立迄には大きな壁があるのですが先ずは第一歩。

 

267万気圧という条件下でレーザーを使い
摂氏15℃での超電導状態を実現しています。

対象試料のサイズが数十マイクロメートル
の大きさだと言う事も気になります。
圧力条件も実用化の大きな壁でしょう。
とは言え、超電導状態の解明に向けた
大きな一歩と言える気がします。

特に、超電導では
現象発言時の温度を室温に近づけたいのです。

こうした事実の積み重ねはカメリー・オネス
の実験から始まりました。
絶対零度近くでの抵抗値損失は
再現性の高い事実で、その後、

アメリカで

ジョン・バーディーン

レオン・クーパー

ロバート・シュリーファー

によるBCS理論が提唱され現在に至ります。

 

私の研究時代にはイットリウムの系(YBCOの系)や
ランタンの系(RSCOの系)の酸化物で
高温を模索していました。

別途、青山大学の先生が
別種金属で高い転移温度を実現してます。

また、最近では東北大をはじめとするグループが「揺らぎ」
の考えを使って高圧下でより常温に近い現象発現を目指しています。今でも続いている追及です。

ほぼ室温超伝導を示す高圧下ランタン水素

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以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/11/02_初稿投稿
2022/09/16_改定投稿

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【トピック】
受勲について_改訂
【イギリスの叙勲・など】

こんにちはコウジです。「叙勲」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と7/3の時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3575‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒3131
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒5477‗④KazenoKouji‗3422⇒6564
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6706+12041【19747@7/3】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

フランス人はエッフェル塔に名を残し、
イギリス人は勲章で名誉を称え爵位を授ける。
科学の歴史を整理していて私はそう感じます。

以下に気付く限りの叙勲を連ねますのでご参考に。


二代目コーク伯爵_
ロバート・ボイル

Sir Robert Boyle
_1627年1月25日 ~ 1691年12月31日


アイザック・ニュートン_Sir Isaac Newton

_1642年12月25日 ~ 1727年3月20日


ヴォルタ伯爵_アレッサンドロ・ジュゼッペ・

アントニオ・アナスターシオ・ヴォルタ

Il Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta
_1745年2月18日 ~ 1827年3月5日(ナポレオン時代の叙勲)


マイケル・ファラデー_Michael Faraday

_1791年9月22日 ~ 1867年8月25日(叙勲を辞退)


初代ケルヴィン男爵_
ウィリアム・トムソン

William Thomson, 1st Baron Kelvin OM, GCVO, PC, PRS, PRSE
_1824年6月26日 ~ 1907年12月17日


第3代レイリー男爵_
J・W・ストラット

_John William Strutt, 3rd Baron Rayleigh
_1842年11月12日 ~ 1919年6月30日

J・A・フレミング
_Sir John Ambrose Fleming
_1849年11月29日 ~ 1945年4月18日


山川 健次郎男爵_1854年9月9日 ~ 1931年6月26日

 

J・J・トムソン_1856年12月18日~1940年8月30日


初代のネルソン卿__ラザフォード男爵_
アーネスト・ラザフォード

Ernest Rutherford, 1st Baron Rutherford of Nelson, OM, FRS,
_1871年8月30日 ~ 1937年10月19日

 

ブライアン・ハロルド・メイ_1947年7月19日~ご存命中

 

なお、ホーキング博士も大英勲章を得ていますが
爵位は受けていません。時の移り変わりでしょうか。

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/10/24_初回投稿
2022/09/15_改定投稿

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