2026年10月8日2026年9月29日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す西島 和彦【素粒子のパラメターであるストレンジネスを提唱】-10/8改訂 こんにちはコウジです。半年ごとの記事見直しです。 では、ご覧ください。内容を整理し、 主にリンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)物質の究極像 【スポンサーリンク】 【1926年10月4日生まれ ~ 2009年2月15日没】 【出典:Wikimedia Commons‗西島和彦】 西島和彦の生い立ち西島和彦は茨城県に生まれました。 東大を卒業後に大阪市立大学で教鞭 をとります。その後、イリノイ大学の後に 東京大学、京都大学で教鞭をとります。そんな経歴の中において、西島和彦の業績として特筆すべきは ストレンジネスの提唱でしょう。ストレンジネスは 素粒子の性質を吟味していく中で有用な概念です。西島和彦が活躍した当時は電荷量、バリオンといった 値が知られていたようですが、それに加えてストレンジネスといった パラメターを西島和彦は導入して、素粒子の性質を語る 礎を固めていったのです。 素粒子と西島和彦西島和彦が素粒子を考えていく中で、特定の粒子と反粒子が 対になって生成される場合が多く見受けられたりしましたが、 そのメカニズムは説明されていませんでした。生成にかかる時間を考察して、 反応の中間に存在するであろう中間子を考察 していったのです。保存される量として質量の他に別の量を 考えていき、散乱断面積の計算を丹念に追い、実験結果と整合する 理論を構築していきました。果てしない思考の作業です。西島和彦は学生時代に中野董夫、 マレー・ゲルマンとストレンジネスを法則化 しました。強い相互作用や電磁相互作用 において反応の前後でストレンジネスが 保存されるのです。そうした物理量を一つ一つ 生み出していく事がとても大事です。八道説とクォークモデルへの道西島和彦 の提唱したストレンジネスの概念は、 その後の素粒子分類に大きな影響を与えました。特に、 マレー・ゲルマン による八道説の成立において重要な役割を果たします。八道説では、粒子は対称性(SU(3))に基づいて整理され、ストレンジネスはその分類を支える基本的な量として扱われました。この流れの中で、やがてクォークモデルが提案され、 素粒子の内部構造が理解されていきます。西島の導入した「見えない量」は、後の物理学において構造を見抜くための鍵となったのです。西島和彦の事実(関係式/イリノイ大学/素粒子)西島–ゲルマンの関係式この関係式は重要です。西島・ゲルマンの関係式。実際、電荷 = アイソスピン + (バリオン数 + ストレンジネス)/2という関係です。素粒子の量を統一的に扱う非常に重要な式です。西島はイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で研究を行い、 国際的な評価を得ました。当時のアメリカは素粒子研究の中心でした。素粒子物理の日本での流れ西島は坂田昌一・南部陽一郎と同時代で、 日本の素粒子物理黄金期を支えた人物です。西島和彦とストレンジネス西島和彦の研究で重要なのが、素粒子を分類するために導入されたストレンジネスという量です。ここで注意したいのは、ストレンジネスが最初から「ストレンジクォークの数」 として考えられていたわけではないことです。西島和彦が研究していた1950年代には、現在のようなクォークの考え方は まだありませんでした。実験では、奇妙な性質を持つ粒子が次々に 発見されていましたが、それらを統一的に整理するための考え方が必要になっていました。そこで西島は、実験で観測される粒子の性質を整理するための新しい量として ストレンジネスを導入しました。中野董夫らとの研究を経て、この考え方は マレー・ゲルマンらの研究とも結びつき、素粒子の分類に重要な役割を果たしていきます。西島・ゲルマンの関係式その関係を表す代表的な式が、いわゆる西島・ゲルマンの関係式です。Q = I3 + (B + S) / 2ここでQは電荷、I3はアイソスピンの第三成分、Bはバリオン数、Sはストレンジネスを表します。この式によって、それまで個別に見えていた粒子の電荷やアイソスピン、バリオン数などの関係を一つの枠組みで整理できるようになりました。そして重要なのは、この「ストレンジネス」という量が、後になってクォークモデルによって物理的な意味を与えられていったことです。現在のクォークモデルでは、ストレンジクォークはストレンジネスS = -1を持ち、 反ストレンジクォークはS = +1を持つと考えます。しかし、 これは後から分かった粒子の内部構造による理解です。つまり歴史の流れとしては、奇妙な粒子の発見 → ストレンジネスの導入 → 西島・ゲルマンの関係式 → 八道説 → クォークモデルと進んでいきます。西島和彦の仕事の面白さは、まだ見ることのできなかった粒子の内部構造を 直接説明したことではありません。実験で得られた性質を整理するために 新しい物理量を導入し、その分類体系が後の素粒子理論の発展につながったところにあります。「見えない量」を導入することで、ばらばらに見えていた粒子の性質に 秩序を与える。この発想が、後の八道説やクォーク模型への道を開いていったのです。そして、統一的な現象理解へと繋がるのです。関連する物理学者(前後の流れ)◀ 前の人物:坂田昌一▶ 次の人物:マレー・ゲルマンこの分野の物理学者(素粒子物理学・粒子分類・クォーク)坂田昌一 ― 坂田模型・素粒子論西島和彦 ― ストレンジネス・西島ゲルマンの関係式マレー・ゲルマン ― 八道説・クォーク模型南部陽一郎 ― 素粒子論・自発的対称性の破れ西島和彦から八道説へ西島和彦が導入したストレンジネスは、素粒子を 分類するための重要な物理量となりました。その考え方はマレー・ゲルマンらの研究へとつながり、1960年代には 八道説としてハドロンをSU(3)対称性のもとで分類する考え方が発展します。マレー・ゲルマンの記事と合わせて読むと、西島・ゲルマンの関係式から 八道説、そしてクォーク模型へと進む素粒子分類の歴史を追うことができます。坂田模型からクォーク模型へ日本の素粒子論では、坂田昌一による坂田模型も重要な位置を占めています。西島和彦のストレンジネス、坂田模型、ゲルマンの八道説を並べて読むことで、 1950年代から1960年代にかけて、素粒子の「種類」をどのように整理し、 その内部構造を考えるようになったのかを見ることができます。さらに南部陽一郎へ素粒子の分類が進む一方で、理論物理学では粒子の性質だけでなく、 対称性や相互作用そのものを理解する方向にも研究が進みました。南部陽一郎の研究へ進むと、素粒子物理学が「粒子を分類する段階」から 「対称性とその破れによって粒子の性質を理解する段階」へ進んでいく流れを見ることができます。 〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 この頃は全て返信できていませんが 頂いたメールは全て見ています。 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2020/11/12_初稿投稿 2026/10/08_改定投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 日本関連のご紹介 東大関連のご紹介 京大関連のご紹介 量子力学関係へ AIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2021年11月現在での対応英訳)History of Kazuhiko NishijimaKazuhiko Nishijima was born in Ibaraki prefecture. He teaches at Osaka City University after graduating from the University of Tokyo Take. Then he came after the University of Illinois He teaches at the University of Tokyo and Kyoto University.In such a career, the most notable achievement of Kazuhiko Nishijima is the advocacy of strangeness. It seems that values such as charge amount and baryon were known at that timewhile examining the properties of elementary particles, but in addition to that, Kazuhiko Nishijima introduced parameters such as strangeness and the foundation for talking about the properties of elementary particles. Was solidified.Elementary particles and Kazuhiko NishijimaWhile Kazuhiko Nishijima was thinking about elementary particles, it was often seen that specific particles and antiparticles were formed in pairs, but the mechanism was not explained. He considered the time it took to generate and the mesons that would be in the middle of the reaction. He considers other quantities in addition to mass as the quantity to be conserved, and follows the calculation of the scattering cross section to construct a theory that fits the bill. He is an endless task of thinking.Kazuhiko Nishijima made strangeness a law with Tadao Nakano and Murray Gell-Man when he was a student. Strangeness is preserved before and after the reaction in strong and electromagnetic interactions. It is very important to create such physical quantities one by one.Kazuhiko Nishijima and StrangenessThe strangeness devised by Kazuhiko Nishijima et al. Is not directly related to observation, but is defined using the number of strange quarks and anti-strange quarks before and after the reaction.Then, the Nakano Nishijima German model using strangeness connects with the quark model to the Sakata model and the model called SU3, and clarifies the behavior of elementary particles.And it leads to a unified understanding of the phenomenon.〆Follow me!関連FacebookXBlueskythreadsHatenaCopy投稿ナビゲーション前の投稿: 100年を迎える東京大学地震研究所(ERI)が築いた地震学とこれからのAI時代次の投稿: ガリレオ・ガリレイ【近代科学の父、天文学の父|数学的モデルを作り実験】-10/9改訂 コメントを残す コメントをキャンセルコメントを投稿するにはログインしてください。