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有馬朗人_
【ゆとり教育の推奨|複雑な原子核の状態を簡易に数式化】‐3/5改訂

こんにちはコウジです。 半年ごとの既存記事見直しの作業です。 今回は近世20世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。 では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)

大学貧乏物語
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【1930年9月13日 ~ 2020年12月6日】


【出典:Wikimedia Commons‗Akito Arima】

 有馬氏へお悔やみ

東大学長を務めた有馬朗人氏が

2020/12/8に亡くなりました。享年90歳。

謹んでお悔やみを申し上げます。

有馬朗人は原子核物理学の世界で業績をあげ、特に
有馬・堀江理論(配位混合の理論)、
相互作用するボゾン模型の提唱、
クラスター模型への貢献、
の3つの業績が大きな業績です。

有馬朗人の業績

特に相互作用するボゾン模型は有馬朗人が
オランダの研究機関に居た
1974年に発表していて、
別名で

「相互作用(する)ボソン近似」の名で

ご存知の方も多いのではないでしょうか。

この理論では、原子核を構成する多数の粒子の複雑な運動を、
ボゾンという扱いやすい粒子の集まりとして近似することで、
原子核の状態を比較的シンプルに記述できるようになります。

以上の説明は一般の人には分かりづらいかもしれませんが
原子核の状態を記述するには古典的な(ニュートン的な)記載
では不十分で、波動関数を使うだけではなくて群論や
電磁気的な側面を考慮して議論を進めていきます。

有馬朗人の研究は、複雑な原子核の世界を「見通しのよい形」
に整理した点に大きな価値があります。

有馬朗人の人柄と教育への情熱

有馬朗人は、優れた理論物理学者であると同時に、
教育者・行政者としても強い信念を持った人物でした。

研究者としての顔だけでなく、東京大学総長や文部大臣を歴任し、
日本の教育政策にも深く関わっています。その根底にあったのは、
「知識を詰め込むだけではなく、広い視野を持つ人材を育てるべきだ」
という考え方でした。

特に知られている「ゆとり教育」に関しても、
単なる授業時間の削減ではなく、

  • 世界史と日本史を統合的に学ぶ

  • 知識の“つながり”を理解する

  • 自ら考える力を養う

といった理念が本来の意図でした。

また、人柄としては非常に温厚で、研究者としても後進の
育成に力を注いだことが知られています。若手研究者の
意見にも耳を傾け、議論を大切にする姿勢は、
多くの教え子に影響を与えました。

科学と社会をつなぐ存在として活動した点も、有馬朗人の
大きな特徴です。理論物理という高度に専門的な分野に
身を置きながら、その知見を社会に還元しようとした姿勢は、
現代の科学者にとっても示唆に富むものと言えるでしょう。

そして、有馬さんは現象を嚙砕いて数式化して
難しい原子の世界を簡単な数式で表現したのです。
 

有馬朗人とゆとり教育

また、政界においても活躍され、 特にゆとり教育の推奨が知られています。

有馬朗人が勧めたかった当初の教育は 世界史と日本史を

共に学ぶ事で 知識をより豊かに身に着けていく様な 試みであって、
現場に話が伝わった時点では 全く別の解釈として伝わっていました。
有馬朗人はその解釈を非常に 遺憾に感じていたようです。

もっと他にも色々と語りたかったでしょう。 ご冥福をお祈りします。

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
問題点には適時、
返信・改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/12/07_初稿投稿
2026/03/05_改定投稿

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AIでの考察(参考)

(2021年11月時点での対応英訳)

Condolences to Mr. Arima

Akito Arima, the president of the University of Tokyo, died on December 8, 2020. He is 90 years old. We would like to express our deepest condolences. Akito Arima has made great achievements in the world of nuclear physics, and is particularly famous for his three achievements: Arima-Horie theory (theory of mixed coordination), proposal of interacting boson models, and contribution to cluster models.

Achievements of Akito Arima

In particular, the interacting boson model was announced by Akito Arima in 1974 when he was at a research institute in the Netherlands, and many of you may know it under the alias of “interacting boson approximation”. ..

Akito Arima’s approximation is used in the discussion of so-called “second quantization” for objects whose wavefunction signs do not invert with respect to particle replacement. It was

It is also active in the political world, and is especially known for recommending Yutori education. The initial education that Akito Arima wanted to recommend was an attempt to acquire more knowledge by studying both world history and Japanese history, and when the story was conveyed to the field, it was a completely different interpretation. It was transmitted as. Akito Arima seems to have felt very regretful about his interpretation.

He would have wanted to talk a lot more. He prays for souls.

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ジョン・スチュワート・ベル【1928年7月28日 ~1990年10月1日】— 量子世界の常識を問い直した理論物理学者 —

engrand

こんにちはコウジです。
新規加筆のための原稿です。
(以下草稿です)

 

生年月日:1928年7月28日
没年月日:1990年10月1日

量子力学は、20世紀最大の科学的成果の一つであると同時に、
最も直感に反する理論の一つでもあります。

粒子は同時に複数の状態を取り、遠く離れた粒子同士が
瞬時に影響し合う――こうした奇妙な性質は、
多くの物理学者に深い疑問を投げかけてきました。

こうした問題に対して、「その奇妙さは本当に現実なのか」
という根本的な問いを投げかけた人物がいます。

ジョン・スチュワート・ベルは、「ベルの不等式」
と呼ばれる理論を通じて、量子力学の本質に新たな光を当てました。

彼の研究は、単なる理論的議論にとどまらず、
後に実験によって検証され、量子論の理解を大きく変えることになります。

本記事では、ベルの「業績」「人物像」「後世への影響」を軸に、
その静かで深い探究の軌跡を丁寧に読み解いていきます。


ジョン・スチュワート・ベルの業績概略 — 量子の「見えない前提」を暴いた理論

量子力学の抱える問題とは何か

量子力学は非常に成功した理論でありながら、
その解釈には長年の議論がありました。

特に問題となったのは、
「量子状態は観測されるまで確定しないのか」という点です。

この問題に対しては、「隠れた変数」が存在し、
実際には状態はあらかじめ決まっているのではないかという考え方もありました。

ベルの不等式の発見

ベルは、この「隠れた変数理論」が成立するならば、
観測結果には特定の統計的制約が現れるはずだと考えました。

その結果として導かれたのが「ベルの不等式」です。

この不等式は、もし世界が古典的な直観(局所性と実在性)
に従っているならば、必ず満たされる関係式を示しています。

しかし量子力学は、この不等式を破る予測を与えます。

量子もつれと非局所性の確立

後の実験により、実際にベルの不等式は
破られることが確認されました。

これは、自然界が「局所的な隠れた変数」
によって説明できないことを意味しています。

その結果、量子もつれと呼ばれる現象が、
単なる理論上の奇妙さではなく、現実の性質であることが明らかになりました。

この発見は、物理学における
世界観そのものを変えるものであったと言えます。


ジョン・スチュワート・ベルの人物像 — 本質を問い続けた思索の人

北アイルランドに生まれた物理学者

ベルは1928年、イギリス領北アイルランドのベルファストに生まれました。

地元の教育機関で学んだ後、
クイーンズ大学ベルファストに進学し、物理学を修めました。

この時期に培われた基礎が、後の理論研究の土台となります。

英国での研究とCERNでの活動

大学卒業後、ベルはイギリス国内で研究を続けたのち、
欧州原子核研究機構(CERN)に所属することになります。

CERNでは主に素粒子物理学の研究に従事しながらも、
並行して量子力学の基礎問題に取り組み続けました。

ベルの不等式は、このCERN在籍中に導かれたものです。

主流に流されない独立した思考

当時、多くの物理学者は量子力学の
解釈問題を深く追究しない傾向にありました。

しかしベルは、
その基礎にある前提を問い直すことをやめませんでした。

その姿勢は、既存の枠組みにとらわれない独立した思考を象徴しています。


後世への影響 — 量子情報時代への扉を開いた理論

量子論の基礎理解の刷新

ベルの不等式は、量子力学の解釈に対して明確な実験的基準を与えました。

これにより、「哲学的議論」にとどまっていた問題が、科学的検証の対象となったのです。

量子情報科学への応用

量子もつれは、現在では量子コンピュータや量子通信の基盤となっています。

ベルの研究は、これらの技術の理論的基礎を支える重要な役割を果たしています。

科学における問いの重要性

ベルの業績は、「正しい理論であっても、
その意味を問い直すことが重要である」という教訓を示しています。

現代科学においても、この姿勢は極めて重要であると考えられます。


まとめ:見えない前提を問い直した物理学者

ジョン・スチュワート・ベルは、量子力学の成功の裏に
隠れていた根本的な問題に正面から向き合いました。

彼の導いたベルの不等式は、自然界の構造そのものに関する深い洞察をもたらしました。

その結果、量子もつれという現象が現実のものであることが
明らかとなり、現代物理学の方向性を大きく変えることになります。

彼の研究は、既存の理論を受け入れるだけでなく、
その前提を問い直すことの重要性を私たちに教えてくれます。

そしてその姿勢は、これからの科学においても
大きな示唆を与え続けるのではないでしょうか。


〆さいごに〆

以上、間違いやご意見などがございましたら、
以下のアドレスまでご連絡ください。

内容については確認のうえ、
適宜返信・改定を行わせていただきます。

nowkouji226@gmail.com
2026/04/05初版投稿

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レオン・クーパー
_【26歳でクーパ対|超電導理論での電子挙動をモデル化】-4/4改訂

こんにちはコウジです。
半年ごとの既存記事見直しの作業です。
今回は近世20世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。
では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。
現時点での英訳も考えています。
(以下原稿です)

超伝導の理論
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【1930年2月28日 ~2024年10月23日】


【出典:Wikimedia Commons‗LeonCooper】

 クーパと超電導

初めに、本稿は関連用語の解説が中心となリます。
今後も含め
分かり易い内容にしたいので
超伝導現象を科学史の観点から改めて
まとめ直した方が
有益だろうと感じたからです。

既に内容をご承知の方にはしつこく感じるかと。
そうでしたらごめんなさい。読み飛ばしてください。

クーパーはジョン・バーディーン等と共にBCS理論を確立しました。
クーパーはユダヤ系です。賢い人達ですね。そもそも
BCS理論の大事な考え方
であるクーパー対という
考え方を
クーパーは26歳の時に纏めています。

さて、本題です。1911年のK・オンネスの発見により
通常の伝導性とは異なる
超伝導状態が存在すると明らかに
なりました。
定量的には絶対零度近くの
273℃=ゼロ・ケルビン(k)
に近づくと超伝導現象が起きます。

その時は抵抗値ゼロです。

例えばニオブ(Nb)は9.22ケルビンで
超伝導状態になります。超伝導状態への
転移を上手く説明した理論がBCS理論で
あって、BCSでのCはクーパーの名前に
由来します。

超電導の別の側面 

ここで別の側面から超伝導状態を考えます。温度を下げ相転移温度で現象が起きると電流を流した時に抵抗値がゼロになりますが同時に相転移温度で磁界に対して変化が生じます。

現時点での超電導現象の応用としてリニアモーターカーがあげられます。細かくは超伝導体の内部で内部磁場がゼロになり、外部からの磁界を遮断します。

超伝導状態になった時に磁石が浮かぶ写真は有名な例えですね。更に磁石は極性を持ちますから、ラダーと呼ばれる軌道で極性を切り替えていく事で
リニアモーターカーは進むのです。この「
完全反磁性」または
「マイスナー効果」と呼ばれる現象は超伝導現象での特徴の一つです。

ここで関連して磁力線について整理したいと思います。ご存知の通り磁石はN極とS極からなり磁力を持ちます。一般的に模式図で示される様に磁力線は片方から他方へゆったりした曲線で繋がっていきます。

所が超伝導現象では内部へ磁力線が侵入出来ない様な現象が起きます。相転移の前後で形が突然変わります。更には変化の違いで第一種超伝導体 と第二種超伝導体に物質によって分かれます。これらの現象を理解する為にクーパー等が確立したBCS理論が基礎になっていくつのです。

クーパーのアイディアは、電子同士が
格子振動(フォノン)を介して弱く引き合い、
「クーパー対」と呼ばれる対を形成するというものです。
この対はスピンが打ち消し合うだけでなく、
集団として同一の量子状態に凝縮することで、
散乱を受けずに流れる超伝導状態を生み出します。
その電子の対は今でも
超電導の学者達の間で「クーパ対」と呼ばれています。
クーパー対は単なる2電子の結合ではなく、多数の電子が同一の量子状態
を共有する「巨視的量子現象」の一部として理解されます。。

この考えが発展していき、現代では相転移の温度がどんどん高くなっています。実用上は常温常圧下で相転移を起こすことが大事になっていますので液体ヘリウムよりも安価な液体窒素で冷やせる事が望ましいのです。

実際、液体窒素の沸点は−196℃ですので現在は、液体窒素で冷やす事で相転移を実用出来る素材を中心に研究が行われて居ます。そして、現在では現象発生に対して「ゆらぎ」のメカニズムをより解明していこうという取り組みが進んでいます。さらなる今後の進展に期待しましょう。

クーパーの人柄と研究スタイル

レオン・クーパーは、理論物理学者として極めてエレガントな発想
を持つ人物として知られています。若干26歳で「クーパー対」の概念
を提示したことからも分かる通り、複雑な現象の中にシンプルな
本質を見抜く力に長けていました。

彼はジョン・バーディーンロバート・シュリーファーと共に
BCS理論を完成させましたが、その関係は単なる
共同研究者というよりも、互いの強みを補い合う
理想的なチームだったと言われています。

  • バーディーン:現象の本質を見抜く統率者

  • クーパー:核心となるアイディアを提示

  • シュリーファー:数学的に理論を完成

この三者の役割分担が、20世紀物理学の中でも
屈指の成功例を生み出しました。

またクーパーは、教育者としても知られており、ブラウン大学で
長く教鞭をとりました。学生に対しては非常に穏やかで、
直感的な理解を重視する講義スタイルだったと伝えられています。
難解な数式よりも「なぜそうなるのか」を重視する姿勢は、
彼の研究スタイルそのものでもありました。

最後に、クーパー氏は2024年10月23日に
プロビデンスの自宅で死去しています。

94歳の生涯でした。ご冥福をお祈りいたします。

ニューヨークタイムスが報じた訃報

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必ず返信・改定をします。

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2020/09/16_初回投稿
2026/04/04_改定投稿

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(2021年11月時点での対応英訳)

Cooper and superconductivity

First, this article focuses on explanations of related terms. I wanted to make the content easy to understand, including in the future, so I felt that it would be useful to reorganize the superconducting phenomenon from the perspective of the history of science.

Do you feel persistent to those who already know the contents? If so, I’m sorry.

Cooper established the BCS theory with John Bardeen and others. Cooper is of Jewish descent. He’s smart people, aren’t he?

In the first place, Cooper summarized the idea of ​​Cooper pair, which is an important idea of ​​BCS theory, at the age of 26.

Well, the main subject. The discovery of K. Onness in 1911 revealed that there is a superconducting state that is different from normal conductivity.
Quantitatively, a superconducting phenomenon occurs when approaching minus 273 ° C = zero Kelvin (k) near absolute zero. At that time, the resistance value is zero. For example, niobium (Nb) becomes superconducting at 9.22 Kelvin. The theory that well explains the transition to the superconducting state is the BCS theory, where C comes from Cooper’s name.

Another aspect of superconductivity

Now consider the superconducting state from another aspect. When the temperature is lowered and a phenomenon occurs at the phase transition temperature, the resistance value becomes zero when a current is passed, but at the same time, the phase transition temperature changes with respect to the magnetic field.

The current application is a linear motor car. In detail, the internal magnetic field becomes zero inside the superconductor, blocking the external magnetic field. The picture of a magnet floating when it is in a superconducting state is a famous analogy. Furthermore, since magnets have polarity, the linear motor car advances by switching the polarity in a trajectory called a ladder. This phenomenon called the complete antimagnetism or the Meissner effect is one of the characteristics of the superconducting phenomenon.

Here, I would like to organize the lines of magnetic force in relation to this. As you know, a magnet consists of N pole and S pole and has magnetic force. Generally, as shown in the schematic diagram, the lines of magnetic force are connected by a loose curve from one side to the other.

However, in the superconducting phenomenon, a phenomenon occurs in which the lines of magnetic force cannot penetrate inside. The shape changes suddenly before and after the phase transition. Furthermore, it is divided into type 1 superconductors and type 2 superconductors depending on the substance due to the difference in change. The BCS theory established by Cooper et al. Is useful for understanding these phenomena.

This idea has evolved, and the temperature of the phase transition is getting higher and higher in modern times. In practice, it is important to cause a phase transition under normal temperature and pressure, so it is desirable to cool it with liquid nitrogen, which is cheaper than liquid helium.

In fact, since the boiling point of liquid elements is -196 ° C, research is currently being conducted focusing on materials that can be used for phase transition by cooling with liquid nitrogen. At present, efforts are underway to further elucidate the mechanism of “fluctuation” in response to the occurrence of phenomena. Let’s look forward to further progress.

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100年を迎える東京大学地震研究所(ERI)が築いた地震学とこれからのAI時代

東大

本記事は11/9付の日本経済新聞を起点に記載しています。東京大学地震研究所(ERI)は2025年11月13日で設立から100年を迎えます。1925年の設立以来、関東大震災を教訓に地震予知・観測体制を築き、日本が世界の地震研究を牽引してきました。英国人ジョン・ミルン(JohnMilne)による水平振子式地震計の開発、大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らによる地震モーメントやマグニチュード理論の確立など、その歩みは日本科学史の一大軌跡といえます。本稿では、①地震研究100年の歴史、②技術革新、③AI時代の展望という三つの章で構成し、制度と技術の系譜をたどります。


第1章:100年の歴史に刻まれた制度と人

関東大震災(1923年9月1日)を契機に、地震観測と耐震研究を体系化する必要性が高まり、1925年に東京大学地震研究所が誕生しました。以来、ERIは観測網の整備、地震計の改良、断層運動理論の発展を通じて、国際的研究機関としての地位を築きました。

1.1 設立背景と制度整備

震災後、国の学術政策と建築基準が一体化し、地震学の社会的使命が明確化。地震予知研究、気象庁・大学・国立研究所の分業体制が整いました。

1.2 ジョン・ミルン来日から地震学基盤の構築

1876年、英国から招聘されたジョン・ミルンが来日し、世界初の近代的地震観測体制を整備。1880年の横浜地震観測を皮切りに、地震波形記録・震央推定などの方法論を導入しました。

1.3 大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らの技術革新

大森房吉(1868–1923)は「地震学の父」と呼ばれ、震源距離と時間差の関係式を導出。丸山卓男(東大地震研)は地震モーメントの理論化で国際的評価を確立。津村健四郎は地震継続時間を基にマグニチュード推定式を改良しました。

【地震研究の主要年表】

出来事関連人物・機関
1876年ジョン・ミルン来日、地震観測開始東京帝国大学
1880年日本地震学会創設ミルン・大森房吉
1923年関東大震災内務省震災予防調査会
1925年東京大学地震研究所設立初代所長 今村明恒
1960年代地震モーメント理論確立丸山卓男
2020年代AI・機械学習を導入した観測解析ERI・JAMSTEC

第2章:技術革新と地震学の転機

地震学の進化は「観測技術」「理論」「応用設計」という三段階で展開されてきました。ジョン・ミルンが水平振子式地震計を開発し、丸山卓男が地震モーメントを定義。こうした発展は、1980年代以降の地震カタログ整備や防災工学に波及しています。

2.1 観測技術の進化 — 地震計から海底観測網へ

地震計は機械式からデジタル式、さらに海底光ファイバー式へ。現在では海洋研究開発機構(JAMSTEC)が展開するDONET・S-netが、リアルタイム地震波を高精度で解析しています。

2.2 理論モデルの深化 — 地震モーメント・マグニチュードの普及

地震の規模を「モーメント」で表す考え方は、1960年代に丸山卓男氏が提唱。その後、カナダのカナメ研究者ハスキンスらとともに国際標準となり、現在のMw表記へと進化しました。

2.3 耐震・社会実装 — 地震防災・建築基準の変化

1981年の建築基準法改正により、耐震設計は「損傷制御型」に転換。ERIの研究成果が防災都市計画、ライフライン設計、自治体のハザード評価などに組み込まれました。


第3章:AI時代の地震研究と未来展望

AIとビッグデータの時代、地震研究も転換期にあります。観測データの自動解析、異常波形の自動検出、AIによる震源推定モデルなど、研究領域が広がっています。ERIでは近年、地震波動場の機械学習解析を用いて、スロー地震の検出精度を高めています。

3.1 AI/機械学習の導入例と研究成果

ERI・東北大・防災科研などが共同で開発した「AI地震波分類システム」は、地震波形を0.1秒単位で自動判別。発生直後の緊急通報制度(EEW)に応用されています。

3.2 国際共同研究・データ共有の潮流

米国USGSや欧州EPOSなどと連携し、データ形式を共通化。AIモデルによる世界規模の震源パターン分析が進んでいます。

3.3 課題と未来像 — AGI時代の地震科学

完全自律型AI(AGI)による地震予測はまだ理論段階ですが、モデル間比較(AGIモデル1号 vs 2号)を通じてリスク推定精度が向上する可能性があります。

【用語解説】

  • 地震モーメント:断層のずれ量と面積を用いて地震の規模を表す物理量。
  • AI地震波解析:機械学習を使い、ノイズと実地震波を自動で判別する技術。
  • DONET/S-net:日本が展開する海底地震観測網。リアルタイム観測を可能にする。

まとめ

東京大学地震研究所100年の歴史は、単なる学術機関の記念ではなく、地震研究が国家・社会・技術の全体を変えた軌跡そのものです。AI時代のいま、観測・理論・防災が再統合されようとしています。100年前に始まった「人命を守る科学」は、これからの100年でも進化を止めないでしょう。

参考文献:
・日本経済新聞(2024年11月9日朝刊)
・東京大学地震研究所公式サイト(ERI
・Nature / Springer / ScienceDirect 各誌掲載論文(Maruyama, T., Tsunemura, K., Kato, S., 2019–2024)

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以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

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学士院賞をもらった後で 【2021-08-02‗topクォーク_CP破れ 】

(以下は全て引用文章です)2021-08-02 ・

益川さんが学士院賞をもらった後で私の勤めていたE大学工学部に非常勤講師として来てもらったことがあった。

実はその前の年度に来てほしいと要請を研究会に出かけた友人のEさんにことづけしたのだが、その年度はすでに3件の非常勤講師を引き受けていて無理だから、つぎの年は優先して予定に入れておくという話だった。

そしてその約束を次の年度には果たしてくれたのであった。もっともそれは彼と小林さんがノーベル賞を受賞するずっと以前のことである。

たぶんそのころでもいつかはノーベル賞を受賞するのではないかと思われてはいたが、それでもまだ実験的なevidenceがまだだったと思う。

topクォークが発見されたのはそのあと数年してであったと思う。CPの破れの実験的検証とどちらが先だったか。

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益川さんが亡くなった 【2021-07-30‗名古屋大学_81歳】

2021-07-30・

先日、Steven Weinbergが亡くなったと書いたばかりだったが、旧知のノーベル賞物理学受賞者の益川敏英さんが亡くなったと知った。

昨夜、ドイツ語のオンラインのクラスの途中で、妻がスマホを見て、教えてくれたので、知っていたが、今日の朝日新聞に大きな写真と共に記事が出ていた。

名古屋大学の大学院生たちだった益川さんたちが大挙して広島の私たちの研究室を訪れたことはまだ昨日のように覚えている。

ほとんど私と同年の人たちであった。みんな、なかなか多士多才の人たちであり、その中でも益川さんはみんなの尊敬を集めているらしいことは分かった。

それから何回か私が名古屋の会議にでかけたときにも、友人たちと帰りにどこかに夕食に誘っ てくれた。

もう何十年もあってはいなかったが、彼は偉くなっても人柄があまり変わるというふうではなかった。それはノーベル賞をもらった後でも変わらなかったと思う。

私よりは1歳年下の81歳だったという。戦争を空襲を受けたという経験で知っている最後の世代だった。

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大栗博司さんの本を手に入れた 【2021-07-13_中西襄先生 】

2021-07-13 ・

注文していた大栗博司さんの書いた本を手に入れた。

『探求する精神』(幻冬舎新書)である。朝日新聞の書評で物理学者の須藤靖さんが激賞していた。

大栗さんには個人的な面識はないが、私たちの発行している「数学・物理通信」の送り先の一人である。大栗さんはもちろん京都大学名誉教授の中西襄先生の友人知人の一人であるから、中西先生からの推薦されたメールアドレスに加わっている。

数日はこの本で楽しむことができるであろう。

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花粉症 【2021-02-22 ‗Heisenberg_Bornに休暇】

【以下は全て転載内容】2021-02-22 ・

私も典型的な花粉症である。

毎年2月10日前後から鼻がぐずぐずして鼻汁がとても出る。今年は早めに行きつけの内科の医師に処方してもらった薬のおかげかそれほどひどくはないとはいうものの。

もっとも今年は暖かい日もあるので、いずれひどい花粉症の症状に悩まされるであろう。

40歳すぎからの花粉症とのつきあいであり、はじめは花粉症という言葉も知らなかったので、風邪にかかったと思っていた。もっとも熱は出ない風邪だが。

hey feverという語がヨーロッパにはあることをそのころ知ったのだが、これが日本での花粉症にあたるとは知らなかった。

物理学者のハイゼンベルクが若いときからアレルギーに悩まされており、1925年の5月にもひどいHeyfeverにかかった。それでついていた先生のボルンに休暇をもらってHelgoland島に逃避の旅行に出かける。

ここで、ハイゼンベルクは量子力学の端緒となるアイディアをつかんで、それをすぐに論文にまとめる。

これを読んだ先生のボルンはそこで使われた数学が奇妙であることに悩むが、それはボルンが若い大学生のとき数学で学んだマトリックスであることに気がつく。

そして、ハイゼンベルクの論文を発展させる論文を学生のヨルダンと論文を書く。その後休暇から帰ってきたハイゼンベルクと3人でいわゆる三者論文 (drei M”annerarbeit) を書く。これが行列力学と呼ばれた、量子力学のはじまりであった。

これは1925年のことである。年が明けて1926年にはド・ブロイの発想に触発されたシュレディンガーの波動力学と呼ばれた、また別の量子力学の論文が発表されることになる。

天才は数学だって必要とあれば創り出す。ハイゼンベルクは行列の算法をそれが数学としてすでにあるということを、知らずに発明したのであった。

ボルンとかシュレディンガーとかは40歳代であったが、他のハイゼンベルク、ヨルダンとか、また行列力学でも波動力学でもない独自の量子力学を発展させたイギリス人の若い学者ディラックもハイゼンベルクの一年先輩の物理学者パウリもみんな20歳代の前半の研究者であった。

それで量子力学はKnabenphysik(少年の物理学)と呼ばれた。ちなみにKnabenは雅語であり、普通の日常生活で話される言葉としてはKnabenという語は使われない。日常での若者という意味のドイツ語はJungeである。

いうならば、Knabenはゲーテの詩に出てくるような語である。

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コンプトン効果を連立方程式の問題にしたら 【2020-12-02_シルビィアの量子力学_ウラン235】

(以下は全て転載内容)2020-12-02・

以前から考えておりながら、なかなか実現しないのが高校数学の連立方程式の練習問題に、コンプトン効果のX線の波長のずれの計算をいれたらどうかと思っている。

これは朝永の『量子力学 I』(みすず書房)にこのテーマが取り上げられており、昔一生懸命計算した覚えがある。

なかなか計算ができなかったと思う。以前に購入していた『シルヴィアの量子力学』(岩波書店)があるのに日曜に気がついて、その個所だけを読んでみた。

面倒そうな式がたくさん出てはいたけれど、それほど難しい計算ではない。どうしてこの問題が難しいと思ったのかはわからない。

どうも数学では単に練習問題として出題される無味乾燥な問題が多いが、物理的にも意味のある演習問題であれば、解く人も身が入るのではなかろうかと思う。実は大学を定年退職した後の2年ほどはそういう方式のe-Learningのコンテンツをつくっていた時期があった(注1)。

このe-Learningのコンテンツは高校程度だが、理系の大学生で落ちこぼれそうになった人を救うという名目でつくっていた。だが、このe-Learningのコンテンツには三角関数が全く入っていないので、そこを何とかしたいと思いながら、まだうまく三角関数の部分が書けていない。

前につくっていた、e-Learningのコンテンツで中性子と原子核との衝突の問題を演習問題として取り上げたことがある。その問題を見て、技術者だった義弟が関心をもってくれた。これは中性子は水の原子と衝突して熱中性子になるための衝突回数だったかに関係している。現在の原発の中性子の減速材としては普通の水を使っている(注2)。

どうも原子力だとかだと今はちょっと時代遅れの技術的な問題であるが、80年前くらいはホットな問題であった。

(注1)これは私が80歳を越えていて、高校生のことを考えてはいないことの反映である。長い老後生活を楽しむために高校数学だって学んだら、興味深いのではないかという気持ちが強いからである。

現役の高校生さん、すみません。現役のときにはこういう楽しさはわからないのは仕方がない。

(注2)普通の水と普通でない水があるのかということだが、重水というのがある。これは陽子の代わりに重陽子D_{2}Oでできた水である。高速中性子の減速材としては普通の水(軽水)よりも中性子の衝突回数が少なく熱中性子になる。それで原子炉の減速材として重要視された(注3)。

第2次世界大戦中にノールウェイに重水工場があったが、ここをナチスドイツが差し押さえたというので原爆開発をし始めるのではないかという恐れをもった連合国がこの重水工場を襲撃するという映画がある。タイトルは「テレマークの要塞」だったと思う。

本当にあった話かどうかは知らない。重水は原爆の材料に直接になることはないと思うが、一般の人は原爆の材料と聞くと納得してしまうところがあるだろう。あくまで原子炉の減速材としての役割だと思う。

もっともその原子炉を動かしてプルトニウム239をつくれば、このプルトニウムは原爆の材料になる。日本でも原子炉がたくさん原発での稼働していたので、プルトニウムが蓄積している。これは原爆の材料となる。それで日本の多量のプルト二ウムの蓄積は国際的には日本は原爆をつくるのではないかと、大いに危険視されている。

(注3)ウラン235は核分裂するが、これは速度がおそい熱中性子といわれるものによる核分裂の断面積が大きい。天然のウランの99.3%はウラン238でこれは核分裂しない。だが、この多量にあるウラン238が中性子を1個吸収してプルトニウム239となると、これは高速の中性子によって核分裂する。

だから、原子炉の中にある一定の割合でプルトニウムを混ぜて高速中性子で核分裂を起こさせることが考えられた。これは普通にはプルサーマルと呼ばれている。

こうして蓄積したプルトニウムを消費しようと試みられている。ところが熱中性子による原子炉の制御に比べて高速中性子による原子炉の制御は難しいと言われており、それで原発への信用度が下がっているのが、現状である。

原発の燃料のウラン235を燃やした(化学反応で燃やす燃焼とはちがう)後の核廃棄物の半減期が数万年とかと言われているので、この核廃棄物を安全に2万年も保管するかということが問題になるのだが、これはまだまったく技術的に解決していない。

特に日本ではどうしたらいいかいいアディアがない。普通に考えられているのは核廃棄物をガラス状に焼結させて、地下深くに貯蔵することである。しかし、その2万年の間にその放射能に汚染された地下水がでて来ないという保証は誰もできない。原発はトイレ無きマンションだと言われる所以である。

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小説『カード師』 【2020-06-09‗二重スリット_外村彰】

2020-06-09・

小説『カード師』は朝日新聞に現在連載中の新聞小説である。作者は中村文則さん。

カード師の私の体験を書いている小説だが、ある人の遺書を私が読んでいるというところらしい。

らしいとしか言えないのは私にはちょっと面倒な設定であるので、途中から読むのを諦めたからである。

ところが今日は光とは電子とかの波と粒子の2重性の話が出てくる。これは量子力学をまじめに学ぶ人は一度は聞くテーマである。

いわゆる二重スリットの話といえば、ああ、あの話なのと分かるくらい有名な話である。もっとも一般の人にこの話がどのくらいわかるかはわからない。

朝永振一郎さんのエッセイにこれを簡明に説明したエッセイがあった。「光子の裁判」というタイトルだったか。

光は波と思われていたが、これが粒子性をもつものであることは光電効果かとかCompton効果からわかってきた。それで20世紀初頭にこの光の2重性の解釈に物理学者は苦しむことになる。

古典物理学的に言うと粒子であるものは波動であるとはいえないし、波動であるものは粒子であるとはいえない。だが、量子力学では光とか電子はその両者の性質をもつものとしてとらえる。

それはどういう実験的観測をするかによる。粒子としての位置を測定すると、それは粒子性を示すし、光の運動量をきっちり定めようとする実験をすると波動性が得られる。だったかな?

光は波動でも粒子でもない、両方の性質を併せ持つものであるという理解である。これは古典物理学の範疇ではその両方の特性をあわせもつことなどできないが、量子力学ではそれが可能である。いわゆる弁証的統合的理解が必要である。

いわゆる、2重スリットでは2重スリットのところで光の位置を観測しないかぎり波として振る舞う。ここを通過した後で光を粒子として観測したときにはその過去が変えられるという風に小説では書いてあったが、2重スリットのところでは何の観測もしていないならば、それは波であったのか粒子であったのかは判定することが出来ないという風に考えると理解している。

この話は何十年も量子力学の講義をした来た私にもわからない。

私のいまの理解では波としての性質は確率波として理解しており、1個1個は粒子性をもっているのではないかと思っていたが、それも私の思い込みで観測しないときには光が粒子性をもっていたか波動性をもっていたかは何も確定的にいうことができないというのが公式の見解であろう。

こういう事実を目に見えるように実験してくれたのが亡くなった、外村彰さんであった(注)。

光の粒子は一個一個粒子のようにスクリーン(または写真フィルム)上にやってくるが、それが長時間露光されていると、波動的なふるまいの光の干渉縞が観測される。

(注) 外村彰 『目で見る美しい 量子力学』(サイエンス社)は量子力学のテクストとしてはあまり数式の多くない写真の多いすばらしいテクストである。

特に66-67ぺージの写真が今回の内容と関係している。この本の価格も2,800円とリーゾナブルである。

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