2026年3月22日2026年3月12日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す竹内均(ひとし)【科学の啓蒙活動を続けた初代Newton編集長】-3/22改訂 こんにちはコウジです。 半年ごとの既存記事見直しの作業です。 今回は近世20世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。 では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)科学雑誌NEWTON 【スポンサーリンク】 【1920年7月2日生まれ ~ 2004年4月20日没】 【出典:純歯科医院‗竹内均】 【https://www.jun-dental-office.com/2013/04/09/%E5%83%95%E3%81%AE%E5%B8%AB%E5%8C%A0-%EF%BC%91-%E7%AB%B9%E5%86%85%E5%9D%87%E5%85%88%E7%94%9F/】 竹内均のメガネ私の中での竹内均さんのイメージは特徴的な眼鏡かけたTVコメンテーターでした。 実際、 竹内均さんは文筆活動中もあんな感じだったそうです。 沢山本を出していますが、多くの著作はテープレコーダーに口述した内容を 秘書が文章化する形で執筆されていました。文章に起こす秘書さんが居て 一緒に作業します。独特の書き方ですね。それでもお人柄から悪い印象は持ちません。 人から好かれる性格ですね。竹内均は自分に厳しくて 子供に優しい人だったと言われています。独特の喋り口調が印象的で通り易い声で 聴きやすいリズムで人に語りかけていました。子供向けの伝記を沢山、監修していて 「キューリー夫人伝」とか「エジソン伝」とかの表紙に 小さく竹内均の名前が入っていたりしました。そんな啓蒙活動を考え続けて初代NEWTON編集長 として日本の一般向け教育書を作っていきます。ちなみに、 非常に名前が似ていると思える方で 竹内薫さん という方が居まして、私は時々混同してしまいます。 失礼。。。 本人がツイッターでコメしているように 「親戚ではありません(笑)」 民衆と竹内均物理学の理解には個人の勉強も必要ですが、 学問の性質上、万物を人がどう考えるか (モデル化していき理解するか) という論点が欠かせません。個人が理解するという考え方と同時に日本人が、 そして人類が理解していくというプロセスが欠かせません。大衆にも理解出来る物理モデルが作れた時に理論は出来上がる のです。ギブスの文章を書くときに協調しましたが 「数学者と物理学者の視点は異なる」のです。数学は論理として完結しているモデルであれば 現実と対応が付かないでも問題がないです。 そんなものです。物理学は絶えず現実と対応する理論を作らないと 意味がありません。特定の事例で有効でも 大衆が間違えやすい理論を構築できないのです。竹内均はそういった民衆との対話をとても大事にしていました。科学雑誌NEWTONの創刊竹内均 が日本の科学啓蒙で特に大きな役割を果たしたのが、 科学雑誌 ニュートン の創刊です。1981年に創刊されたこの雑誌は、一般の読者に向けて科学 をわかりやすく解説することを目的としていました。それまで日本では、専門的な学術誌か、あるいは子供向けの科学雑誌が中心で、 大人向けの本格的な科学解説雑誌はあまり存在していませんでした。竹内は、複雑な理論でも図解やイラストを用いれば理解できる という考えを持っていました。そのためNEWTONでは、 大胆な図解と分かりやすい解説を組み合わせる編集方針が採られました。このスタイルは日本の科学出版に大きな影響を与え、現在でも多くの読者に親しまれています。竹内均の事実( 地球内部構造研究/プレートテクトニクス)竹内均は地球物理学者として地震波・地球内部構造 の研究を行いました。地震波の解析から地球の内部構造を理解する研究を行ったのです。これは地球内部構造研究の重要分野です。竹内均はプレートテクトニクスを日本で広めた一人です。1960年代~70年代に この理論が確立した時、日本でも理解を広める役割を果たしました。竹内均は東京大学の地球物理学教授でした。 研究者としての基盤はここです。 竹内均と地球物理学竹内均の仕事を考えていくと寺田寅彦の系譜です。 具体的には直接の講義・指導を受けていない孫弟子 にあたります。地球物理学に関心を持って、特にプレートテクトニクス理論 を広く広めています。実際に地面が少しずつ動いていく様子 を伝える際に物理学者として地球の内部構造や 境界面での様子を伝えたのです。 深い知見を持って伝えたのです。そして何より、竹内均さんの独特の「優しい言葉」で伝えたのです。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2021/07/04_初版投稿 2026/03/22_原稿改定舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 日本関連のご紹介 東大関連のご紹介 力学関係へ 量子力学関係へ AIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2021年11月時点での対応英訳)Hitoshi Takeuchi’s glassesThe image of Hitoshi Takeuchi in me isIt is a commentator with characteristic glasses.In fact, he was like that during his writing activities.I have published a lot of books, but the work is a tape recorderIt’s all about recording to. There is a secretary who wakes up in the textWork together It’s a unique way of writing. Still, I don’t have a bad impression from my personality. It’s a personality that people like. Hitoshi Takeuchi is said to have been a strict and child-friendly person. His unique speaking tone was impressive, and he spoke to people with an easy-to-listen voice and an easy-to-listen rhythm. I supervised a lot of biographies for children, and there was a small name of Hitoshi Takeuchi on the cover of “Mrs. Curie’s biography” and “Edison’s biography”. Continuing to think about such enlightenment activities, as the first editor-in-chief of NEWTON, I will make educational books for the general public in Japan as well.People and Hitoshi TakeuchiUnderstanding physics requires individual study, but due to the nature of scholarship, the issue of how people think of everything (modeling and understanding) is indispensable. At the same time as the idea of individual understanding, the process of understanding by the Japanese and humankind is indispensable. The theory is completed when a physical model that can be understood by the general public is created. I collaborated when writing Gibbs’ writing, but “the perspectives of mathematicians and physicists are different.” If mathematics is a model that is complete as logic, there is no problem even if it does not correspond to reality. That’s it. Physics is meaningless without constantly creating a theory that corresponds to reality. Hitoshi Takeuchi cherished such dialogue with the people.Hitoshi Takeuchi and GeophysicsConsidering Hitoshi Takeuchi’s achievements, it is the genealogy of Torahiko Terada. Specifically, he is his grandchild who has not received direct lectures or guidance. He has an interest in geophysics and is particularly widespread in plate tectonics theory. As a physicist, he told us about the internal structure and boundaries of the Earth when he actually told us how the ground was moving little by little. He conveyed it with deep knowledge. And above all, I conveyed it with Hitoshi Takeuchi’s unique “gentle words.”〆FacebookXBlueskyHatenaCopy
2026年3月21日2026年3月11日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す久保 亮五【線形応答理論を使ったフーリエ変換NMR理論を展開】‐3/11改訂 こんにちはコウジです。 半年ごとの既存記事見直しの作業です。 今回は近世20世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。 では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)デジタルフーリエ変換 【スポンサーリンク】 【1920年2月15日生まれ ~ 1995年3月31没】 【出典:Wikimedia Commons‗久保亮五】物理学者久保亮五久保亮五と同名(漢字違い)の別人が居ますが、 以下記載は物理学者に関する文章で、ここでの 久保亮五は統計力学で私が使った教科書の著者です。私の指導教官は久保先生の講義を受けていたそうです。 そんな時代の物理学者についての記載です。久保亮五は学者肌の家で育ち、中国文学者であった お父様の仕事で子供時代には台湾で生活しています。 高校まで台湾で過ごし、帰国後に旧制高校へ入学、 東大へ入学、その後に助手、助教授、教授をつとめました。久保亮五の業績 なにより先ず1957年に日本物理学会誌で発表した久保公式です。 原子や分子のミクロな現象を上手く説明します。その発表以降、 なんと12000回を超える引用が世界の物理学会でなされています。 (日経新聞2024年5月4日の記事「成果に名を刻んだ日本人」会員限定) 平衡状態にある系に対してハミルトニアンと密度行列を用い、そこに小さな 摂動を加えることで、時間発展する物理量の応答を記述することができます。。その他に久保亮五の仕事で何より特筆すべきは 物性論での成果です。ゴムの弾性に関する研究と、 線形応答理論を使ったフーリエ変換NMRへの応用研究 があげられます。その他のコンピューターシュミレーション でも久保亮五が確立したモデルは有効です。単純に「実験屋さん」とか「理論屋さん」と区別出来ません。 どちらも深く兼ね備えている研究を久保亮五はしたのです。 試料の純度が実験結果に大きく関わるような実験を 沢山の試行錯誤を重ねて一つ一つ成し遂げてきたのです。久保亮五の理論と評価久保亮五の代表的な業績として知られているのが**線形応答理論(linear response theory)**です。物理学では、外部から小さな刺激が加えられたときに物質がどのように応答するかを調べることが重要になります。例えば、電場を加えたときに電流が流れる磁場を加えたときに磁化が変化する温度差があると熱が流れるといった現象です。久保亮五はこれらの現象を統計力学の立場から 統一的に記述できる理論を作りました。特に有名なのが久保公式(Kubo formula)と呼ばれる関係式です。この公式によって電気伝導率磁気応答熱輸送といった物性の重要な量をミクロな量子力学から計算する道筋が示されました。現在のナノ物性、量子輸送、スピントロニクスなどの研究でも、 この理論は基本的な枠組みとして使われています。また、1957年論文 Statistical Mechanical Theory of Irreversible Processesも特筆すべきです。統計力学の歴史的論文の一つです。久保亮五の理論はノーベル賞級の仕事と言われることが多いです。実際に線形応答理論や久保公式は統計物理の基礎理論として現在も使われています。さらに久保亮五は日本物理学会の会長も務めています。 また、東京大学では統計物理学の研究拠点を形成しました。久保亮五とNMR久保亮五の基礎理論を構築したNMRの概説を 一般の人向けに記してみたいと思います。 先ずフーリエ変換理論は端的には 「時系列の波形を周波数を基準に考えた 波形に変換して解析する技術」です。そうした「数学的に確立されているフーリエ変換」 を理論的基礎として電子回路で応用されています。 離散化された電気信号に対して回路上で 実質的にマトリクス変換を加えます。久保亮五とNMR 診察で実際にNMRを使った経験のある人はNMRの中で 測定を受けている時を思い出してみてください。 (Credit:Pixabay) 頭の中を調べる時などに、強磁場を人間の頭部に 二次元的に与えます。その時に大きな音がしますが、 音がしている時に「時系列でインパルス的な情報」 を機械的に処理して「周波数応答に関する情報」を得ます。作業として、吸収スペクトルを測定することで 各スピンの情報を集め、そこから最終的には 断面の画像を処理します。 (Credit:Pixabay) 最終的な写真で見える画像は、 これらの処理の結果です。そして今、久保亮五はこの世に居ませんが、 その仕事を応用したNMRは世界中の病院で 患者達の情報を集めています。きっと今、 この瞬間も医療行為の中 NMRの機械が動いています。【参考:東大理学部での退官当時の広報】〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2020/10/11_初稿投稿 2026/03/21‗改定投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 日本関連のご紹介 東大関連のご紹介 力学関係のご紹介へ 熱統計関連のご紹介へAIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2021年11月時点での対応英訳)Physicist Ryogo KuboThere is another person with the same name (different Chinese characters) as Ryogo Kubo, but the following is a sentence about a physicist, and Ryogo Kubo here is the author of the textbook I used in statistical mechanics. My supervisor took a lecture. This is a description of physicists of that era. Ryogo Kubo grew up in a scholarly-skinned house and lived in Taiwan as his childhood for his father’s work. He spent his time in Taiwan until high school, and after returning to Japan he entered a high school, the University of Tokyo, and then an assistant, associate professor, and professor.Achievements of Ryogo KuboThe most notable thing about Ryogo Kubo’s work is the result of condensed matter theory. His research on the elasticity of rubber and his applied research to Fourier transform NMR using linear response theory can be mentioned. I would like to write an overview of NMR that Ryogo Kubo thought about for the general public. First of all, the Fourier transform theory is simply “a technology that converts a time-series waveform into a waveform that is considered based on frequency and analyzes it.” Such “mathematical established Fourier transform” is applied in electronic circuits as a theoretical basis. Substantially matrix transformation is applied on the circuit to the discretized electrical signal.Ryogo Kubo and NMRIf you have actually used NMR in a medical examination, remember when you were taking measurements in it. A strong magnetic field is applied to the human head two-dimensionally when examining the inside of the head. There is a loud noise at that time, but the impulse-like information is mechanically processed in that time series to obtain information on the frequency response. As a result, the information of each spin is collected by measuring the absorption spectrum, and finally the image of the cross section is processed from there. The image you see in the final photo is the result of these processes.And now, Ryogo Kubo is not in the world, but NMR, which applies his work, collects information on patients at hospitals around the world. I’m sure I’m collecting this moment as well.〆FacebookXBlueskyHatenaCopy
2026年3月20日2026年3月10日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すアイザック・アシモフ【「ロボット3原則」で有名なSF作家】-3/20改訂 こんにちはコウジです。 半年ごとの既存記事見直しの作業です。 今回は近世20世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。 では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)ロボット戦士 【スポンサーリンク】 【1920年1月2日 ~ 1992年4月6日】 【出典:Wikimedia Commons‗アイザック・アシモフ】アシモフの人物像今回、少し物理から離れます。アシモフは「ロボット3原則」で有名なSF作家です。具体的に3原則とは、第1条:ロボットは人間に危害を与えてはならない。 また、その危険を看過することによって人間に危害を及ぼしてはならない.第2条:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。第3条:ロボットは前掲第1条及び第2条に反する恐れがない限り、 自己を守らなければならない。となります。悪い人が善人を攻撃しなさいと命じたらどうなるか? と考えていくと議論のネタになるのですが、 そうした考察を現代の我々は当然していかなければ いけない段階に来ています。 鉄腕アトムも色々と悩んでいましたよね。最近のウクライナ紛争ではドローンが強力な兵器となり、 白兵戦での戦局に影響を与えています。平和利用として地雷探査ロボが活躍していますが、 殺傷能力を持ったロボットが戦う日も想定できます。 ロボットの動きは正確で素早く、人間よりもはるかに高い機動性を 持っています。そのため、もし殺傷能力を持つロボットが戦場に投入 された場合、その影響は極めて大きいものになる可能性があります。何故ならロボットに殺されていく貧しい国の人々が 想像出来るからです。尚更無念な死が現実として 迫ってきているのです。 過去に、人類は核兵器を具現化して 暗黒の歴史を作りました。悲劇は繰返しありません。ロボットのもう一つの懸念は判断です。 今やAIで判断が進み、更に進化していけば 人間が初期設定を誤る時点でロボット群が 人間に不利益を働くかもしれません。 ロボットに悪意が無くとも不利益を働きます。 実際のアシモフの研究分野としては生化学なのですが、 作家としての顔の方が有名ですね。また調べてみるとアシモフはロシア生まれでした。 リニアモーターカーが走る今日の世界を見せてあげたいと、 個人的には考えてしまいます。また、もはやロボットも日常的ですよね。そんな未来をアシモフは20世紀の初めにに予見していました。20世紀の知見で機械化が進む未来を描き、進んだら どうなるだろうと考えますが、好ましい方向性を指摘して 大衆に問いかける。つまり、科学の夢を投げかけていたのです。ロボット三原則の拡張アイザック・アシモフは、後年になってロボット三原則の前に 新しい原則を追加しました。それは次の「第0原則」です。第0条:ロボットは人類に危害を与えてはならない。 また、その危険を看過することによって人類に危害を及ぼしてはならない。この原則は、後の作品で登場します。つまり、人間 individual より人類 humanity を優先するという思想です。この考え方は一見合理的に見えますが、重大な問題を含みます。 例えば、一部の人間を犠牲にすれば人類は救われるのか、 AIが人類の利益をどう定義するのか、という問題が生じるからです。実際、アシモフ自身の小説では、この原則が原因でロボットが 複雑な倫理的ジレンマに陥ります。現在議論されているAI倫理・AIガバナンスの問題は、実はすでにアシモフの作品の中で描かれていたとも言えます。アシモフの事実① ロボット三原則が初めて登場した作品1942年の短編:Runaroundこの作品で初めて三原則が明文化されました。② 「ロボット」という言葉の由来「ロボット」という言葉は実はアシモフではなくカレル・チャペックの戯曲R.U.R.(1920年)が起源です。ただし、ロボット倫理を作ったのはアシモフです。③ アシモフの最大のシリーズアシモフはSF史上最大級のシリーズを書いています。Foundation seriesこのシリーズでは数学で未来社会を予測する「心理歴史学」という概念が登場します。これは、ビッグデータ・社会シミュレーションを 先取りしていたとも言われています。アシモフの作家デビューアシモフは1938年に初めてのSF作品を雑誌に持ちかけて認められ、 1939年から作家デビューしています。才能を認めるアメリカっぽいですね。 この年にコロンビア大学を卒業して大学院に進みます。所謂、ロボット三原則などを提唱していますが、 時代は第二次大戦に向かう時代で アシモフは学校を休学したりしています。科学が知識を集めるスピードの速さにアシモフは驚愕していて、 社会が叡智を集結する事を求めていました。 相変わらず分断している世界をどう見るのでしょうか。意外な結末そして、意外な最後なのですが、アシモフは1992年にHIV感染が元でこの世を去ってます。心臓バイパス手術の時に使用された 輸血血液が感染源のようです。本当に色々と経験されてきた人生だったと思います。〆【スポンサーリンク】〆以上、間違い・ご意見は 次のアドレスまでお願いします。 最近は返信出来ていませんが 全てのメールを読んでいます。 適時返信のうえ改定を致しします。nowkouji226@gmail.com2020/08/24_初回投稿 2026/03/20_改定投稿舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 アメリカ関連のご紹介へ【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2021年11月時点での対応英訳)Asimov’s portraitThis time, I’m a little away from physics. Asimov is a science fiction writer famous for “Three Laws of Robotics”. Biochemistry is the actual research field of Asimov, but his face as a writer is more famous. When I looked it up, Asimov was born in Russia. He personally wants to show us the world of today’s maglev trains. Also, robots are no longer commonplace. Asimov foresaw such a future in the 20th century. He envisions a future of mechanization with his knowledge of the 20th century, and wonders what will happen if it progresses, but he points out a favorable direction and asks the public. In short, he was throwing a dream of science.Asimov’s writer debutAsimov was recognized for his first science fiction work in a magazine in 1938, and has made his debut as a writer since 1939. He’s like America, who recognizes his talent. He graduated from Columbia University this year and went on to graduate school.He advocates the so-called Three Laws of Robotics, but Asimov is taking a leave of absence from school in the era of World War II. Asimov was amazed at the speed at which science gathered knowledge, and he wanted society to gather wisdom. How does he see the world that is still divided?Unexpected endingAnd, surprisingly, Asimov died in 1992 due to HIV infection. He seems to be infected with the transfused blood used during heart bypass surgery. I think he really had a lot of experience in his life.FacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月13日2025年11月13日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す100年を迎える東京大学地震研究所(ERI)が築いた地震学とこれからのAI時代 本記事は11/9付の日本経済新聞を起点に記載しています。東京大学地震研究所(ERI)は2025年11月13日で設立から100年を迎えます。1925年の設立以来、関東大震災を教訓に地震予知・観測体制を築き、日本が世界の地震研究を牽引してきました。英国人ジョン・ミルン(JohnMilne)による水平振子式地震計の開発、大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らによる地震モーメントやマグニチュード理論の確立など、その歩みは日本科学史の一大軌跡といえます。本稿では、①地震研究100年の歴史、②技術革新、③AI時代の展望という三つの章で構成し、制度と技術の系譜をたどります。第1章:100年の歴史に刻まれた制度と人関東大震災(1923年9月1日)を契機に、地震観測と耐震研究を体系化する必要性が高まり、1925年に東京大学地震研究所が誕生しました。以来、ERIは観測網の整備、地震計の改良、断層運動理論の発展を通じて、国際的研究機関としての地位を築きました。1.1 設立背景と制度整備震災後、国の学術政策と建築基準が一体化し、地震学の社会的使命が明確化。地震予知研究、気象庁・大学・国立研究所の分業体制が整いました。1.2 ジョン・ミルン来日から地震学基盤の構築1876年、英国から招聘されたジョン・ミルンが来日し、世界初の近代的地震観測体制を整備。1880年の横浜地震観測を皮切りに、地震波形記録・震央推定などの方法論を導入しました。1.3 大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らの技術革新大森房吉(1868–1923)は「地震学の父」と呼ばれ、震源距離と時間差の関係式を導出。丸山卓男(東大地震研)は地震モーメントの理論化で国際的評価を確立。津村健四郎は地震継続時間を基にマグニチュード推定式を改良しました。【地震研究の主要年表】年出来事関連人物・機関1876年ジョン・ミルン来日、地震観測開始東京帝国大学1880年日本地震学会創設ミルン・大森房吉1923年関東大震災内務省震災予防調査会1925年東京大学地震研究所設立初代所長 今村明恒1960年代地震モーメント理論確立丸山卓男2020年代AI・機械学習を導入した観測解析ERI・JAMSTEC第2章:技術革新と地震学の転機地震学の進化は「観測技術」「理論」「応用設計」という三段階で展開されてきました。ジョン・ミルンが水平振子式地震計を開発し、丸山卓男が地震モーメントを定義。こうした発展は、1980年代以降の地震カタログ整備や防災工学に波及しています。2.1 観測技術の進化 — 地震計から海底観測網へ地震計は機械式からデジタル式、さらに海底光ファイバー式へ。現在では海洋研究開発機構(JAMSTEC)が展開するDONET・S-netが、リアルタイム地震波を高精度で解析しています。2.2 理論モデルの深化 — 地震モーメント・マグニチュードの普及地震の規模を「モーメント」で表す考え方は、1960年代に丸山卓男氏が提唱。その後、カナダのカナメ研究者ハスキンスらとともに国際標準となり、現在のMw表記へと進化しました。2.3 耐震・社会実装 — 地震防災・建築基準の変化1981年の建築基準法改正により、耐震設計は「損傷制御型」に転換。ERIの研究成果が防災都市計画、ライフライン設計、自治体のハザード評価などに組み込まれました。第3章:AI時代の地震研究と未来展望AIとビッグデータの時代、地震研究も転換期にあります。観測データの自動解析、異常波形の自動検出、AIによる震源推定モデルなど、研究領域が広がっています。ERIでは近年、地震波動場の機械学習解析を用いて、スロー地震の検出精度を高めています。3.1 AI/機械学習の導入例と研究成果ERI・東北大・防災科研などが共同で開発した「AI地震波分類システム」は、地震波形を0.1秒単位で自動判別。発生直後の緊急通報制度(EEW)に応用されています。3.2 国際共同研究・データ共有の潮流米国USGSや欧州EPOSなどと連携し、データ形式を共通化。AIモデルによる世界規模の震源パターン分析が進んでいます。3.3 課題と未来像 — AGI時代の地震科学完全自律型AI(AGI)による地震予測はまだ理論段階ですが、モデル間比較(AGIモデル1号 vs 2号)を通じてリスク推定精度が向上する可能性があります。【用語解説】地震モーメント:断層のずれ量と面積を用いて地震の規模を表す物理量。AI地震波解析:機械学習を使い、ノイズと実地震波を自動で判別する技術。DONET/S-net:日本が展開する海底地震観測網。リアルタイム観測を可能にする。まとめ東京大学地震研究所100年の歴史は、単なる学術機関の記念ではなく、地震研究が国家・社会・技術の全体を変えた軌跡そのものです。AI時代のいま、観測・理論・防災が再統合されようとしています。100年前に始まった「人命を守る科学」は、これからの100年でも進化を止めないでしょう。参考文献: ・日本経済新聞(2024年11月9日朝刊) ・東京大学地震研究所公式サイト(ERI) ・Nature / Springer / ScienceDirect 各誌掲載論文(Maruyama, T., Tsunemura, K., Kato, S., 2019–2024)〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。【スポンサーリンク】nowkouji226@gmail.com2025/11/13_初稿投稿サイトTOPへ 時代別(順)のご紹介 17世紀生まれの物理学者へ 18世紀生まれの物理学者へ 19世紀生まれの物理学者へ 20世紀生まれの物理学者へFacebookXBlueskyHatenaCopy
本記事は11/9付の日本経済新聞を起点に記載しています。東京大学地震研究所(ERI)は2025年11月13日で設立から100年を迎えます。1925年の設立以来、関東大震災を教訓に地震予知・観測体制を築き、日本が世界の地震研究を牽引してきました。英国人ジョン・ミルン(JohnMilne)による水平振子式地震計の開発、大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らによる地震モーメントやマグニチュード理論の確立など、その歩みは日本科学史の一大軌跡といえます。本稿では、①地震研究100年の歴史、②技術革新、③AI時代の展望という三つの章で構成し、制度と技術の系譜をたどります。第1章:100年の歴史に刻まれた制度と人関東大震災(1923年9月1日)を契機に、地震観測と耐震研究を体系化する必要性が高まり、1925年に東京大学地震研究所が誕生しました。以来、ERIは観測網の整備、地震計の改良、断層運動理論の発展を通じて、国際的研究機関としての地位を築きました。1.1 設立背景と制度整備震災後、国の学術政策と建築基準が一体化し、地震学の社会的使命が明確化。地震予知研究、気象庁・大学・国立研究所の分業体制が整いました。1.2 ジョン・ミルン来日から地震学基盤の構築1876年、英国から招聘されたジョン・ミルンが来日し、世界初の近代的地震観測体制を整備。1880年の横浜地震観測を皮切りに、地震波形記録・震央推定などの方法論を導入しました。1.3 大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らの技術革新大森房吉(1868–1923)は「地震学の父」と呼ばれ、震源距離と時間差の関係式を導出。丸山卓男(東大地震研)は地震モーメントの理論化で国際的評価を確立。津村健四郎は地震継続時間を基にマグニチュード推定式を改良しました。【地震研究の主要年表】年出来事関連人物・機関1876年ジョン・ミルン来日、地震観測開始東京帝国大学1880年日本地震学会創設ミルン・大森房吉1923年関東大震災内務省震災予防調査会1925年東京大学地震研究所設立初代所長 今村明恒1960年代地震モーメント理論確立丸山卓男2020年代AI・機械学習を導入した観測解析ERI・JAMSTEC第2章:技術革新と地震学の転機地震学の進化は「観測技術」「理論」「応用設計」という三段階で展開されてきました。ジョン・ミルンが水平振子式地震計を開発し、丸山卓男が地震モーメントを定義。こうした発展は、1980年代以降の地震カタログ整備や防災工学に波及しています。2.1 観測技術の進化 — 地震計から海底観測網へ地震計は機械式からデジタル式、さらに海底光ファイバー式へ。現在では海洋研究開発機構(JAMSTEC)が展開するDONET・S-netが、リアルタイム地震波を高精度で解析しています。2.2 理論モデルの深化 — 地震モーメント・マグニチュードの普及地震の規模を「モーメント」で表す考え方は、1960年代に丸山卓男氏が提唱。その後、カナダのカナメ研究者ハスキンスらとともに国際標準となり、現在のMw表記へと進化しました。2.3 耐震・社会実装 — 地震防災・建築基準の変化1981年の建築基準法改正により、耐震設計は「損傷制御型」に転換。ERIの研究成果が防災都市計画、ライフライン設計、自治体のハザード評価などに組み込まれました。第3章:AI時代の地震研究と未来展望AIとビッグデータの時代、地震研究も転換期にあります。観測データの自動解析、異常波形の自動検出、AIによる震源推定モデルなど、研究領域が広がっています。ERIでは近年、地震波動場の機械学習解析を用いて、スロー地震の検出精度を高めています。3.1 AI/機械学習の導入例と研究成果ERI・東北大・防災科研などが共同で開発した「AI地震波分類システム」は、地震波形を0.1秒単位で自動判別。発生直後の緊急通報制度(EEW)に応用されています。3.2 国際共同研究・データ共有の潮流米国USGSや欧州EPOSなどと連携し、データ形式を共通化。AIモデルによる世界規模の震源パターン分析が進んでいます。3.3 課題と未来像 — AGI時代の地震科学完全自律型AI(AGI)による地震予測はまだ理論段階ですが、モデル間比較(AGIモデル1号 vs 2号)を通じてリスク推定精度が向上する可能性があります。【用語解説】地震モーメント:断層のずれ量と面積を用いて地震の規模を表す物理量。AI地震波解析:機械学習を使い、ノイズと実地震波を自動で判別する技術。DONET/S-net:日本が展開する海底地震観測網。リアルタイム観測を可能にする。まとめ東京大学地震研究所100年の歴史は、単なる学術機関の記念ではなく、地震研究が国家・社会・技術の全体を変えた軌跡そのものです。AI時代のいま、観測・理論・防災が再統合されようとしています。100年前に始まった「人命を守る科学」は、これからの100年でも進化を止めないでしょう。参考文献: ・日本経済新聞(2024年11月9日朝刊) ・東京大学地震研究所公式サイト(ERI) ・Nature / Springer / ScienceDirect 各誌掲載論文(Maruyama, T., Tsunemura, K., Kato, S., 2019–2024)〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。【スポンサーリンク】nowkouji226@gmail.com2025/11/13_初稿投稿サイトTOPへ 時代別(順)のご紹介 17世紀生まれの物理学者へ 18世紀生まれの物理学者へ 19世紀生まれの物理学者へ 20世紀生まれの物理学者へ
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す学士院賞をもらった後で 【2021-08-02‗topクォーク_CP破れ 】 (以下は全て引用文章です)2021-08-02 ・益川さんが学士院賞をもらった後で私の勤めていたE大学工学部に非常勤講師として来てもらったことがあった。実はその前の年度に来てほしいと要請を研究会に出かけた友人のEさんにことづけしたのだが、その年度はすでに3件の非常勤講師を引き受けていて無理だから、つぎの年は優先して予定に入れておくという話だった。そしてその約束を次の年度には果たしてくれたのであった。もっともそれは彼と小林さんがノーベル賞を受賞するずっと以前のことである。たぶんそのころでもいつかはノーベル賞を受賞するのではないかと思われてはいたが、それでもまだ実験的なevidenceがまだだったと思う。topクォークが発見されたのはそのあと数年してであったと思う。CPの破れの実験的検証とどちらが先だったか。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す益川さんが亡くなった 【2021-07-30‗名古屋大学_81歳】 2021-07-30・先日、Steven Weinbergが亡くなったと書いたばかりだったが、旧知のノーベル賞物理学受賞者の益川敏英さんが亡くなったと知った。昨夜、ドイツ語のオンラインのクラスの途中で、妻がスマホを見て、教えてくれたので、知っていたが、今日の朝日新聞に大きな写真と共に記事が出ていた。名古屋大学の大学院生たちだった益川さんたちが大挙して広島の私たちの研究室を訪れたことはまだ昨日のように覚えている。ほとんど私と同年の人たちであった。みんな、なかなか多士多才の人たちであり、その中でも益川さんはみんなの尊敬を集めているらしいことは分かった。それから何回か私が名古屋の会議にでかけたときにも、友人たちと帰りにどこかに夕食に誘っ てくれた。もう何十年もあってはいなかったが、彼は偉くなっても人柄があまり変わるというふうではなかった。それはノーベル賞をもらった後でも変わらなかったと思う。私よりは1歳年下の81歳だったという。戦争を空襲を受けたという経験で知っている最後の世代だった。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す大栗博司さんの本を手に入れた 【2021-07-13_中西襄先生 】 2021-07-13 ・注文していた大栗博司さんの書いた本を手に入れた。『探求する精神』(幻冬舎新書)である。朝日新聞の書評で物理学者の須藤靖さんが激賞していた。大栗さんには個人的な面識はないが、私たちの発行している「数学・物理通信」の送り先の一人である。大栗さんはもちろん京都大学名誉教授の中西襄先生の友人知人の一人であるから、中西先生からの推薦されたメールアドレスに加わっている。数日はこの本で楽しむことができるであろう。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す花粉症 【2021-02-22 ‗Heisenberg_Bornに休暇】 【以下は全て転載内容】2021-02-22 ・私も典型的な花粉症である。毎年2月10日前後から鼻がぐずぐずして鼻汁がとても出る。今年は早めに行きつけの内科の医師に処方してもらった薬のおかげかそれほどひどくはないとはいうものの。もっとも今年は暖かい日もあるので、いずれひどい花粉症の症状に悩まされるであろう。40歳すぎからの花粉症とのつきあいであり、はじめは花粉症という言葉も知らなかったので、風邪にかかったと思っていた。もっとも熱は出ない風邪だが。hey feverという語がヨーロッパにはあることをそのころ知ったのだが、これが日本での花粉症にあたるとは知らなかった。物理学者のハイゼンベルクが若いときからアレルギーに悩まされており、1925年の5月にもひどいHeyfeverにかかった。それでついていた先生のボルンに休暇をもらってHelgoland島に逃避の旅行に出かける。ここで、ハイゼンベルクは量子力学の端緒となるアイディアをつかんで、それをすぐに論文にまとめる。これを読んだ先生のボルンはそこで使われた数学が奇妙であることに悩むが、それはボルンが若い大学生のとき数学で学んだマトリックスであることに気がつく。そして、ハイゼンベルクの論文を発展させる論文を学生のヨルダンと論文を書く。その後休暇から帰ってきたハイゼンベルクと3人でいわゆる三者論文 (drei M”annerarbeit) を書く。これが行列力学と呼ばれた、量子力学のはじまりであった。これは1925年のことである。年が明けて1926年にはド・ブロイの発想に触発されたシュレディンガーの波動力学と呼ばれた、また別の量子力学の論文が発表されることになる。天才は数学だって必要とあれば創り出す。ハイゼンベルクは行列の算法をそれが数学としてすでにあるということを、知らずに発明したのであった。ボルンとかシュレディンガーとかは40歳代であったが、他のハイゼンベルク、ヨルダンとか、また行列力学でも波動力学でもない独自の量子力学を発展させたイギリス人の若い学者ディラックもハイゼンベルクの一年先輩の物理学者パウリもみんな20歳代の前半の研究者であった。それで量子力学はKnabenphysik(少年の物理学)と呼ばれた。ちなみにKnabenは雅語であり、普通の日常生活で話される言葉としてはKnabenという語は使われない。日常での若者という意味のドイツ語はJungeである。いうならば、Knabenはゲーテの詩に出てくるような語である。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すコンプトン効果を連立方程式の問題にしたら 【2020-12-02_シルビィアの量子力学_ウラン235】 (以下は全て転載内容)2020-12-02・以前から考えておりながら、なかなか実現しないのが高校数学の連立方程式の練習問題に、コンプトン効果のX線の波長のずれの計算をいれたらどうかと思っている。これは朝永の『量子力学 I』(みすず書房)にこのテーマが取り上げられており、昔一生懸命計算した覚えがある。なかなか計算ができなかったと思う。以前に購入していた『シルヴィアの量子力学』(岩波書店)があるのに日曜に気がついて、その個所だけを読んでみた。面倒そうな式がたくさん出てはいたけれど、それほど難しい計算ではない。どうしてこの問題が難しいと思ったのかはわからない。どうも数学では単に練習問題として出題される無味乾燥な問題が多いが、物理的にも意味のある演習問題であれば、解く人も身が入るのではなかろうかと思う。実は大学を定年退職した後の2年ほどはそういう方式のe-Learningのコンテンツをつくっていた時期があった(注1)。このe-Learningのコンテンツは高校程度だが、理系の大学生で落ちこぼれそうになった人を救うという名目でつくっていた。だが、このe-Learningのコンテンツには三角関数が全く入っていないので、そこを何とかしたいと思いながら、まだうまく三角関数の部分が書けていない。前につくっていた、e-Learningのコンテンツで中性子と原子核との衝突の問題を演習問題として取り上げたことがある。その問題を見て、技術者だった義弟が関心をもってくれた。これは中性子は水の原子と衝突して熱中性子になるための衝突回数だったかに関係している。現在の原発の中性子の減速材としては普通の水を使っている(注2)。どうも原子力だとかだと今はちょっと時代遅れの技術的な問題であるが、80年前くらいはホットな問題であった。(注1)これは私が80歳を越えていて、高校生のことを考えてはいないことの反映である。長い老後生活を楽しむために高校数学だって学んだら、興味深いのではないかという気持ちが強いからである。現役の高校生さん、すみません。現役のときにはこういう楽しさはわからないのは仕方がない。(注2)普通の水と普通でない水があるのかということだが、重水というのがある。これは陽子の代わりに重陽子D_{2}Oでできた水である。高速中性子の減速材としては普通の水(軽水)よりも中性子の衝突回数が少なく熱中性子になる。それで原子炉の減速材として重要視された(注3)。第2次世界大戦中にノールウェイに重水工場があったが、ここをナチスドイツが差し押さえたというので原爆開発をし始めるのではないかという恐れをもった連合国がこの重水工場を襲撃するという映画がある。タイトルは「テレマークの要塞」だったと思う。本当にあった話かどうかは知らない。重水は原爆の材料に直接になることはないと思うが、一般の人は原爆の材料と聞くと納得してしまうところがあるだろう。あくまで原子炉の減速材としての役割だと思う。もっともその原子炉を動かしてプルトニウム239をつくれば、このプルトニウムは原爆の材料になる。日本でも原子炉がたくさん原発での稼働していたので、プルトニウムが蓄積している。これは原爆の材料となる。それで日本の多量のプルト二ウムの蓄積は国際的には日本は原爆をつくるのではないかと、大いに危険視されている。(注3)ウラン235は核分裂するが、これは速度がおそい熱中性子といわれるものによる核分裂の断面積が大きい。天然のウランの99.3%はウラン238でこれは核分裂しない。だが、この多量にあるウラン238が中性子を1個吸収してプルトニウム239となると、これは高速の中性子によって核分裂する。だから、原子炉の中にある一定の割合でプルトニウムを混ぜて高速中性子で核分裂を起こさせることが考えられた。これは普通にはプルサーマルと呼ばれている。こうして蓄積したプルトニウムを消費しようと試みられている。ところが熱中性子による原子炉の制御に比べて高速中性子による原子炉の制御は難しいと言われており、それで原発への信用度が下がっているのが、現状である。原発の燃料のウラン235を燃やした(化学反応で燃やす燃焼とはちがう)後の核廃棄物の半減期が数万年とかと言われているので、この核廃棄物を安全に2万年も保管するかということが問題になるのだが、これはまだまったく技術的に解決していない。特に日本ではどうしたらいいかいいアディアがない。普通に考えられているのは核廃棄物をガラス状に焼結させて、地下深くに貯蔵することである。しかし、その2万年の間にその放射能に汚染された地下水がでて来ないという保証は誰もできない。原発はトイレ無きマンションだと言われる所以である。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す小説『カード師』 【2020-06-09‗二重スリット_外村彰】 2020-06-09・小説『カード師』は朝日新聞に現在連載中の新聞小説である。作者は中村文則さん。 カード師の私の体験を書いている小説だが、ある人の遺書を私が読んでいるというところらしい。 らしいとしか言えないのは私にはちょっと面倒な設定であるので、途中から読むのを諦めたからである。 ところが今日は光とは電子とかの波と粒子の2重性の話が出てくる。これは量子力学をまじめに学ぶ人は一度は聞くテーマである。 いわゆる二重スリットの話といえば、ああ、あの話なのと分かるくらい有名な話である。もっとも一般の人にこの話がどのくらいわかるかはわからない。 朝永振一郎さんのエッセイにこれを簡明に説明したエッセイがあった。「光子の裁判」というタイトルだったか。 光は波と思われていたが、これが粒子性をもつものであることは光電効果かとかCompton効果からわかってきた。それで20世紀初頭にこの光の2重性の解釈に物理学者は苦しむことになる。 古典物理学的に言うと粒子であるものは波動であるとはいえないし、波動であるものは粒子であるとはいえない。だが、量子力学では光とか電子はその両者の性質をもつものとしてとらえる。 それはどういう実験的観測をするかによる。粒子としての位置を測定すると、それは粒子性を示すし、光の運動量をきっちり定めようとする実験をすると波動性が得られる。だったかな? 光は波動でも粒子でもない、両方の性質を併せ持つものであるという理解である。これは古典物理学の範疇ではその両方の特性をあわせもつことなどできないが、量子力学ではそれが可能である。いわゆる弁証的統合的理解が必要である。 いわゆる、2重スリットでは2重スリットのところで光の位置を観測しないかぎり波として振る舞う。ここを通過した後で光を粒子として観測したときにはその過去が変えられるという風に小説では書いてあったが、2重スリットのところでは何の観測もしていないならば、それは波であったのか粒子であったのかは判定することが出来ないという風に考えると理解している。 この話は何十年も量子力学の講義をした来た私にもわからない。 私のいまの理解では波としての性質は確率波として理解しており、1個1個は粒子性をもっているのではないかと思っていたが、それも私の思い込みで観測しないときには光が粒子性をもっていたか波動性をもっていたかは何も確定的にいうことができないというのが公式の見解であろう。 こういう事実を目に見えるように実験してくれたのが亡くなった、外村彰さんであった(注)。 光の粒子は一個一個粒子のようにスクリーン(または写真フィルム)上にやってくるが、それが長時間露光されていると、波動的なふるまいの光の干渉縞が観測される。 (注) 外村彰 『目で見る美しい 量子力学』(サイエンス社)は量子力学のテクストとしてはあまり数式の多くない写真の多いすばらしいテクストである。特に66-67ぺージの写真が今回の内容と関係している。この本の価格も2,800円とリーゾナブルである。FacebookXBlueskyHatenaCopy