2026年4月21日2026年4月14日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す【トピック】受勲について【イギリスの叙勲・など】-4/21改訂 以下で受勲関係を改定します。変わりますね、いろいろと。 リンク切れがないか、盛り込めるリンクがないか検討しています。 この部分は自動化できるはずですね。いつか。(以下原稿です)フランス人はエッフェル塔に名を残し、 イギリス人は勲章で名誉を称え爵位を授ける。 科学の歴史を整理していて私はそう感じます。以下に気付く限りの叙勲を連ねますのでご参考に。 二代目コーク伯爵_ロバート・ボイル Sir Robert Boyle(アイルランドより叙勲) _1627年1月25日 ~ 1691年12月31日 アイザック・ニュートン _Sir Isaac Newton(イングランドより叙勲 _1642年12月25日 ~ 1727年3月20日 ヴォルタ伯爵_アレッサンドロ・ジュゼッペ・ アントニオ・アナスターシオ・ヴォルタ Il Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta _1745年2月18日 ~ 1827年3月5日(ナポレオン時代の叙勲) マイケル・ファラデー_Michael Faraday _1791年9月22日 ~ 1867年8月25日(叙勲を辞退) 初代ケルヴィン男爵_ウィリアム・トムソン William Thomson, 1st Baron Kelvin OM, GCVO, PC, PRS, PRSE _1824年6月26日 ~ 1907年12月17日 第3代レイリー男爵_J・W・ストラット _John William Strutt, 3rd Baron Rayleigh _1842年11月12日 ~ 1919年6月30日J・A・フレミング _Sir John Ambrose Fleming _1849年11月29日 ~ 1945年4月18日 山川 健次郎男爵_1854年9月9日 ~ 1931年6月26日 (大日本帝国より叙勲) J・J・トムソン_1856年12月18日~1940年8月30日 初代のネルソン卿__ラザフォード男爵_ アーネスト・ラザフォード Ernest Rutherford, 1st Baron Rutherford of Nelson, OM, FRS, _1871年8月30日 ~ 1937年10月19日 ブライアン・ハロルド・メイ_1947年7月19日~ご存命中 〆 なお、ホーキング博士も大英勲章を得ていますが 爵位は受けていません。時の移り変わりでしょうか。〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2020/10/24_初回投稿 2026/04/21_改定投稿纏めサイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 力学関係へ 電磁気関係へ 熱統計関連のご紹介へ 量子力学関係へ FacebookXBlueskyHatenaCopy
2026年4月21日2026年4月12日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すソルボンヌ大学関連の人物【ピエール・マリ・キューリ、ドブロイ等】-2/21改訂 以下でアメリカ関係の物理学者を残します。変わりますね、いろいろと。 リンク切れがないか、盛り込めるリンクがないか検討しています。 この部分は自動化できるはずですね。いつか。(以下原稿です)↑Credit:pixabay↑ソルボンヌ大学についてソルボンヌ大学関連の人物を纏めました。そもそもこの大学は旧パリ(第6)大学を母体の一つとしていてピエール・マリー=キュリー大学の名を経てソルボンヌ大学と改称されています。パリ大学の中で理学・工学・医学を担っています。「ピエール・マリー=キュリー大学」は別称として今でも使われている名前で、フランスの誇りを感じます。今でも最先端の技術を担っている事でしょう。旧パリ大学を含めてご紹介致します。年代順にご覧下さい。年代別のご紹介ピエール・キューリ_1859年5月15日 ~ 1906年4月19日マリ・キュリー_1867年11月7日 ~ 1934年7月4日ポール・ランジュバン_1872年1月23日 ~ 1946年12月19日 ルイ・ド・ブロイ_1892年8月15日~1987年3月19日J・F・ジョリオ=キューリー_ 1900年3月19日 ~ 1958年8月14日矢野 健太郎_1912年3月1日 ~ 1993年12月25日クロード・コーエン=タヌージ _1933年4月1日 ~セルジュ・アロシュ _1944年9月11日 ~〆最後に〆【スポンサーリンク】 以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全て返信出来てませんが 必要箇所は適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2021/04/11_初回投稿 2026/04/21_改定投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 フランス関連のご紹介へFacebookXBlueskyHatenaCopy
2026年4月21日2026年4月4日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すスティーヴン・ワインバーグ【1933年5月~2021年7月】 自然法則の統一を追い求めた理論物理学者‐4/21改訂 こんにちはコウジです。 半年ごとの既存記事見直しの作業です。 今回は近世20世紀に概念・手法を確立していった偉人を紹介します。 では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)【Steven Weinberg, 1933年5月3日 – 2021年7月23日】生年月日:1933年5月3日 没年月日:2021年7月23日 【写真はCornelUni_DragonDay2026:大学公式サイトからの引用】 【Steven Weinberg Wikimedia Commons】自然界のあらゆる現象は、いくつかの基本的な法則によって支配されている と考えられています。しかし、その法則は必ずしも一つに統一されている わけではなく、長い間、物理学者たちは「すべてを説明する共通の理論」 を求めてきました。その探求の中で、異なる力を 一つの枠組みにまとめることに成功した人物がいます。スティーヴン・ワインバーグは、電磁気力と弱い力を統一する 「電弱統一理論」を提唱し、現代素粒子物理学の基礎を築きました。本記事では、ワインバーグの「業績」「人物像」「後世への影響」 を軸に、その研究人生と思想を丁寧に読み解いていきます。スティーヴン・ワインバーグの業績概略 — 電弱統一理論の確立自然界の力の統一という課題自然界には、重力・電磁気力・弱い力・強い力という 四つの基本的な相互作用が存在します。20世紀中頃まで、 これらはそれぞれ独立した現象として理解されていました。その中で、「異なる力を統一的に記述できるのではないか」 という考えが物理学者の間で重要な課題となっていきます。電弱統一理論の提唱ワインバーグは1960年代に、電磁気力と弱い相互作用を 一つの理論で説明する枠組みを提案しました。この理論では、エネルギーが高い状態では両者が同一の力 として振る舞うとされ、低エネルギー領域で異なる性質を示すと考えられます。この発想は、それまで別々に扱われていた現象を 統一的に理解する重要な一歩となりました。実験的検証とノーベル賞ワインバーグの理論は、その後の実験によって裏付けられていきます。 特に弱い相互作用を媒介する粒子の存在が 確認されたことで、理論の正しさが示されました。この功績により、彼は1979年にノーベル物理学賞を受賞しています。スティーヴン・ワインバーグの人物像 — 理論と哲学を結びつけた知性アメリカでの教育と研究の歩みワインバーグはアメリカ・ニューヨークに生まれました。コーネル大学で物理学を学び、その後プリンストン大学で博士号を取得します。その後はハーバード大学やマサチューセッツ工科大学などで研究・教育に 携わり、最終的にはテキサス大学オースティン校で長く活動しました。基礎理論への強い関心ワインバーグの研究の特徴は、現象の背後にある 基本原理を追究する姿勢にあります。単なる個別の現象ではなく、それらを統一する 枠組みを構築することに重きを置いていました。この姿勢が、電弱統一理論のような 大きな成果へとつながっていきます。スティーヴン・ワインバーグの人間像 — 冷静な理性と哲学的まなざしワインバーグは、感情的に語るタイプの科学者ではありませんでした。 むしろ徹底して理性的であり、世界を冷静に見つめる姿勢を貫いた人物です。彼は「宇宙は人間にとって意味を持たないかもしれない」という、 一見すると厳しい見方を提示したことでも知られています。しかしそれは 悲観ではなく、むしろ逆です。意味が与えられていないからこそ、 人間は自ら意味を見出すことができる。この考え方は、彼の代表的著作 『The First Three Minutes(宇宙創成はじめの三分間)』 にも色濃く現れています。また彼は、科学と宗教、科学と社会の関係についても積極的に発言し、 科学的思考の重要性を広く社会に伝え続けました。その姿は、単なる理論物理学者ではなく、「科学とは何か」 を問い続けた知識人そのものであったと言えるでしょう。 科学と思想をつなぐ著述活動ワインバーグは、単に優れた理論物理学者であっただけではありません。「なぜ宇宙は理解できるのか」という問いそのものに向き合い続けた 思想家でもありました。一般向けの著作でも知られています。宇宙の起源や物理法則の意味について、 わかりやすく解説する書籍を数多く執筆しました。彼の著作は、科学の理解を広めると同時に、 人間の知の在り方について深い問いを投げかけています。後世への影響 — 現代物理学と宇宙論への貢献標準模型の確立への貢献ワインバーグの電弱統一理論は、素粒子物理学の 「標準模型」の中核を成しています。この理論は現在でも 多くの実験結果を説明する成功した枠組みとして機能しています。宇宙論への影響ワインバーグは宇宙論の分野にも貢献しました。 初期宇宙の状態や宇宙の進化に関する理論的研究は、 現代宇宙論の基盤の一部となっています。統一理論への道筋彼の研究は、「すべての力を統一する理論」への 道を切り開くものでもありました。現在も続く大統一理論や量子重力理論の探求は、 ワインバーグの成果の延長線上にあると考えられます。まとめ:自然法則の統一を追い続けた物理学者スティーヴン・ワインバーグは、自然界の基本的な力を 統一するという壮大な課題に挑み続けた理論物理学者でした。彼の業績は、現代物理学の基盤を形作る重要な要素となっています。また、 その思想や著作は、科学が人間にとってどのような 意味を持つのかという問いを私たちに投げかけています。彼の歩みは、知の探求がどこまで広がりうるのかを示す 一つの象徴であると言えるでしょう。〆さいごに〆以上、間違いやご意見などがございましたら、 以下のアドレスまでご連絡ください。 内容については確認のうえ、 適宜返信・改定を行わせていただきます。nowkouji226@gmail.com 2026/04/07_初版投稿 2026/04/21_改訂投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介量子力学関係へ※本記事にはAIによる考察を含みます。 ※当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムに参加しています。 (以下、2026年春の時点での対応英訳)All phenomena in the natural world are thought to be governed by a set of fundamental laws.However, these laws are not necessarily unified into a single framework, and for a long time physicists have sought a “unified theory” that can explain everything.In the course of this pursuit, there was a scientist who succeeded in bringing different forces together within a single framework.Steven Weinberg proposed the electroweak unification theory, which unifies electromagnetism and the weak force, thereby laying the foundation for modern particle physics.In this article, we will carefully examine Weinberg’s research career and intellectual contributions through three key perspectives: his achievements, his character, and his influence on later generations.Overview of Steven Weinberg’s Achievements — Establishing the Electroweak Unification TheoryThe Challenge of Unifying the Forces of NatureIn nature, there are four fundamental interactions: gravity, electromagnetism, the weak force, and the strong force.Until the mid-20th century, these were understood as independent phenomena.Amid this context, the idea that different forces might be described within a unified framework became an important challenge for physicists.Proposal of the Electroweak TheoryIn the 1960s, Weinberg proposed a theoretical framework that explains electromagnetism and the weak interaction within a single theory.According to this theory, at high energy levels, the two forces behave as a single unified force, while at lower energies they exhibit different characteristics.This idea marked a significant step toward understanding previously separate phenomena in a unified way.Experimental Verification and the Nobel PrizeWeinberg’s theory was later supported by experimental evidence.In particular, the discovery of particles that mediate the weak interaction confirmed the validity of the theory.For this achievement, he was awarded the Nobel Prize in Physics in 1979.Character of Steven Weinberg — An Intellect Bridging Theory and PhilosophyEducation and Research Career in the United StatesWeinberg was born in New York, United States.He studied physics at Cornell University and later earned his Ph.D. from Princeton University.He went on to teach and conduct research at institutions such as Harvard University and the Massachusetts Institute of Technology, eventually spending many years at the University of Texas at Austin.A Deep Commitment to Fundamental TheoryA defining feature of Weinberg’s work is his focus on uncovering the fundamental principles underlying physical phenomena.Rather than concentrating on isolated effects, he emphasized constructing frameworks that unify them.This approach led to major achievements such as the electroweak unification theory.Writing That Connects Science and ThoughtIn addition to being an outstanding scientist, Weinberg was also known for his popular science writings.He authored many books that clearly explain the origin of the universe and the meaning of physical laws.His writings not only broaden the understanding of science but also raise profound questions about the nature of human knowledge.Influence on Later Generations — Contributions to Modern Physics and CosmologyContribution to the Standard ModelWeinberg’s electroweak theory forms a central component of the Standard Model of particle physics.This framework remains highly successful in explaining a wide range of experimental results.Impact on CosmologyWeinberg also contributed to the field of cosmology.His theoretical studies on the early universe and its evolution have become part of the foundation of modern cosmology.Toward a Unified TheoryHis work helped pave the way toward a theory that unifies all fundamental forces.Ongoing efforts to develop grand unified theories and quantum gravity can be seen as extensions of Weinberg’s achievements.Conclusion — A Physicist Who Pursued the Unity of Natural LawsSteven Weinberg was a theoretical physicist who persistently pursued the grand challenge of unifying the fundamental forces of nature.His achievements form an essential part of the foundation of modern physics.At the same time, his ideas and writings raise important questions about what science means for humanity.His intellectual journey stands as a powerful example of how far the pursuit of knowledge can extend.FacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月13日2025年11月13日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す100年を迎える東京大学地震研究所(ERI)が築いた地震学とこれからのAI時代 本記事は11/9付の日本経済新聞を起点に記載しています。東京大学地震研究所(ERI)は2025年11月13日で設立から100年を迎えます。1925年の設立以来、関東大震災を教訓に地震予知・観測体制を築き、日本が世界の地震研究を牽引してきました。英国人ジョン・ミルン(JohnMilne)による水平振子式地震計の開発、大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らによる地震モーメントやマグニチュード理論の確立など、その歩みは日本科学史の一大軌跡といえます。本稿では、①地震研究100年の歴史、②技術革新、③AI時代の展望という三つの章で構成し、制度と技術の系譜をたどります。第1章:100年の歴史に刻まれた制度と人関東大震災(1923年9月1日)を契機に、地震観測と耐震研究を体系化する必要性が高まり、1925年に東京大学地震研究所が誕生しました。以来、ERIは観測網の整備、地震計の改良、断層運動理論の発展を通じて、国際的研究機関としての地位を築きました。1.1 設立背景と制度整備震災後、国の学術政策と建築基準が一体化し、地震学の社会的使命が明確化。地震予知研究、気象庁・大学・国立研究所の分業体制が整いました。1.2 ジョン・ミルン来日から地震学基盤の構築1876年、英国から招聘されたジョン・ミルンが来日し、世界初の近代的地震観測体制を整備。1880年の横浜地震観測を皮切りに、地震波形記録・震央推定などの方法論を導入しました。1.3 大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らの技術革新大森房吉(1868–1923)は「地震学の父」と呼ばれ、震源距離と時間差の関係式を導出。丸山卓男(東大地震研)は地震モーメントの理論化で国際的評価を確立。津村健四郎は地震継続時間を基にマグニチュード推定式を改良しました。【地震研究の主要年表】年出来事関連人物・機関1876年ジョン・ミルン来日、地震観測開始東京帝国大学1880年日本地震学会創設ミルン・大森房吉1923年関東大震災内務省震災予防調査会1925年東京大学地震研究所設立初代所長 今村明恒1960年代地震モーメント理論確立丸山卓男2020年代AI・機械学習を導入した観測解析ERI・JAMSTEC第2章:技術革新と地震学の転機地震学の進化は「観測技術」「理論」「応用設計」という三段階で展開されてきました。ジョン・ミルンが水平振子式地震計を開発し、丸山卓男が地震モーメントを定義。こうした発展は、1980年代以降の地震カタログ整備や防災工学に波及しています。2.1 観測技術の進化 — 地震計から海底観測網へ地震計は機械式からデジタル式、さらに海底光ファイバー式へ。現在では海洋研究開発機構(JAMSTEC)が展開するDONET・S-netが、リアルタイム地震波を高精度で解析しています。2.2 理論モデルの深化 — 地震モーメント・マグニチュードの普及地震の規模を「モーメント」で表す考え方は、1960年代に丸山卓男氏が提唱。その後、カナダのカナメ研究者ハスキンスらとともに国際標準となり、現在のMw表記へと進化しました。2.3 耐震・社会実装 — 地震防災・建築基準の変化1981年の建築基準法改正により、耐震設計は「損傷制御型」に転換。ERIの研究成果が防災都市計画、ライフライン設計、自治体のハザード評価などに組み込まれました。第3章:AI時代の地震研究と未来展望AIとビッグデータの時代、地震研究も転換期にあります。観測データの自動解析、異常波形の自動検出、AIによる震源推定モデルなど、研究領域が広がっています。ERIでは近年、地震波動場の機械学習解析を用いて、スロー地震の検出精度を高めています。3.1 AI/機械学習の導入例と研究成果ERI・東北大・防災科研などが共同で開発した「AI地震波分類システム」は、地震波形を0.1秒単位で自動判別。発生直後の緊急通報制度(EEW)に応用されています。3.2 国際共同研究・データ共有の潮流米国USGSや欧州EPOSなどと連携し、データ形式を共通化。AIモデルによる世界規模の震源パターン分析が進んでいます。3.3 課題と未来像 — AGI時代の地震科学完全自律型AI(AGI)による地震予測はまだ理論段階ですが、モデル間比較(AGIモデル1号 vs 2号)を通じてリスク推定精度が向上する可能性があります。【用語解説】地震モーメント:断層のずれ量と面積を用いて地震の規模を表す物理量。AI地震波解析:機械学習を使い、ノイズと実地震波を自動で判別する技術。DONET/S-net:日本が展開する海底地震観測網。リアルタイム観測を可能にする。まとめ東京大学地震研究所100年の歴史は、単なる学術機関の記念ではなく、地震研究が国家・社会・技術の全体を変えた軌跡そのものです。AI時代のいま、観測・理論・防災が再統合されようとしています。100年前に始まった「人命を守る科学」は、これからの100年でも進化を止めないでしょう。参考文献: ・日本経済新聞(2024年11月9日朝刊) ・東京大学地震研究所公式サイト(ERI) ・Nature / Springer / ScienceDirect 各誌掲載論文(Maruyama, T., Tsunemura, K., Kato, S., 2019–2024)〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。【スポンサーリンク】nowkouji226@gmail.com2025/11/13_初稿投稿サイトTOPへ 時代別(順)のご紹介 17世紀生まれの物理学者へ 18世紀生まれの物理学者へ 19世紀生まれの物理学者へ 20世紀生まれの物理学者へFacebookXBlueskyHatenaCopy
本記事は11/9付の日本経済新聞を起点に記載しています。東京大学地震研究所(ERI)は2025年11月13日で設立から100年を迎えます。1925年の設立以来、関東大震災を教訓に地震予知・観測体制を築き、日本が世界の地震研究を牽引してきました。英国人ジョン・ミルン(JohnMilne)による水平振子式地震計の開発、大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らによる地震モーメントやマグニチュード理論の確立など、その歩みは日本科学史の一大軌跡といえます。本稿では、①地震研究100年の歴史、②技術革新、③AI時代の展望という三つの章で構成し、制度と技術の系譜をたどります。第1章:100年の歴史に刻まれた制度と人関東大震災(1923年9月1日)を契機に、地震観測と耐震研究を体系化する必要性が高まり、1925年に東京大学地震研究所が誕生しました。以来、ERIは観測網の整備、地震計の改良、断層運動理論の発展を通じて、国際的研究機関としての地位を築きました。1.1 設立背景と制度整備震災後、国の学術政策と建築基準が一体化し、地震学の社会的使命が明確化。地震予知研究、気象庁・大学・国立研究所の分業体制が整いました。1.2 ジョン・ミルン来日から地震学基盤の構築1876年、英国から招聘されたジョン・ミルンが来日し、世界初の近代的地震観測体制を整備。1880年の横浜地震観測を皮切りに、地震波形記録・震央推定などの方法論を導入しました。1.3 大森房吉・丸山卓男・津村健四郎らの技術革新大森房吉(1868–1923)は「地震学の父」と呼ばれ、震源距離と時間差の関係式を導出。丸山卓男(東大地震研)は地震モーメントの理論化で国際的評価を確立。津村健四郎は地震継続時間を基にマグニチュード推定式を改良しました。【地震研究の主要年表】年出来事関連人物・機関1876年ジョン・ミルン来日、地震観測開始東京帝国大学1880年日本地震学会創設ミルン・大森房吉1923年関東大震災内務省震災予防調査会1925年東京大学地震研究所設立初代所長 今村明恒1960年代地震モーメント理論確立丸山卓男2020年代AI・機械学習を導入した観測解析ERI・JAMSTEC第2章:技術革新と地震学の転機地震学の進化は「観測技術」「理論」「応用設計」という三段階で展開されてきました。ジョン・ミルンが水平振子式地震計を開発し、丸山卓男が地震モーメントを定義。こうした発展は、1980年代以降の地震カタログ整備や防災工学に波及しています。2.1 観測技術の進化 — 地震計から海底観測網へ地震計は機械式からデジタル式、さらに海底光ファイバー式へ。現在では海洋研究開発機構(JAMSTEC)が展開するDONET・S-netが、リアルタイム地震波を高精度で解析しています。2.2 理論モデルの深化 — 地震モーメント・マグニチュードの普及地震の規模を「モーメント」で表す考え方は、1960年代に丸山卓男氏が提唱。その後、カナダのカナメ研究者ハスキンスらとともに国際標準となり、現在のMw表記へと進化しました。2.3 耐震・社会実装 — 地震防災・建築基準の変化1981年の建築基準法改正により、耐震設計は「損傷制御型」に転換。ERIの研究成果が防災都市計画、ライフライン設計、自治体のハザード評価などに組み込まれました。第3章:AI時代の地震研究と未来展望AIとビッグデータの時代、地震研究も転換期にあります。観測データの自動解析、異常波形の自動検出、AIによる震源推定モデルなど、研究領域が広がっています。ERIでは近年、地震波動場の機械学習解析を用いて、スロー地震の検出精度を高めています。3.1 AI/機械学習の導入例と研究成果ERI・東北大・防災科研などが共同で開発した「AI地震波分類システム」は、地震波形を0.1秒単位で自動判別。発生直後の緊急通報制度(EEW)に応用されています。3.2 国際共同研究・データ共有の潮流米国USGSや欧州EPOSなどと連携し、データ形式を共通化。AIモデルによる世界規模の震源パターン分析が進んでいます。3.3 課題と未来像 — AGI時代の地震科学完全自律型AI(AGI)による地震予測はまだ理論段階ですが、モデル間比較(AGIモデル1号 vs 2号)を通じてリスク推定精度が向上する可能性があります。【用語解説】地震モーメント:断層のずれ量と面積を用いて地震の規模を表す物理量。AI地震波解析:機械学習を使い、ノイズと実地震波を自動で判別する技術。DONET/S-net:日本が展開する海底地震観測網。リアルタイム観測を可能にする。まとめ東京大学地震研究所100年の歴史は、単なる学術機関の記念ではなく、地震研究が国家・社会・技術の全体を変えた軌跡そのものです。AI時代のいま、観測・理論・防災が再統合されようとしています。100年前に始まった「人命を守る科学」は、これからの100年でも進化を止めないでしょう。参考文献: ・日本経済新聞(2024年11月9日朝刊) ・東京大学地震研究所公式サイト(ERI) ・Nature / Springer / ScienceDirect 各誌掲載論文(Maruyama, T., Tsunemura, K., Kato, S., 2019–2024)〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。【スポンサーリンク】nowkouji226@gmail.com2025/11/13_初稿投稿サイトTOPへ 時代別(順)のご紹介 17世紀生まれの物理学者へ 18世紀生まれの物理学者へ 19世紀生まれの物理学者へ 20世紀生まれの物理学者へ
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す学士院賞をもらった後で 【2021-08-02‗topクォーク_CP破れ 】 (以下は全て引用文章です)2021-08-02 ・益川さんが学士院賞をもらった後で私の勤めていたE大学工学部に非常勤講師として来てもらったことがあった。実はその前の年度に来てほしいと要請を研究会に出かけた友人のEさんにことづけしたのだが、その年度はすでに3件の非常勤講師を引き受けていて無理だから、つぎの年は優先して予定に入れておくという話だった。そしてその約束を次の年度には果たしてくれたのであった。もっともそれは彼と小林さんがノーベル賞を受賞するずっと以前のことである。たぶんそのころでもいつかはノーベル賞を受賞するのではないかと思われてはいたが、それでもまだ実験的なevidenceがまだだったと思う。topクォークが発見されたのはそのあと数年してであったと思う。CPの破れの実験的検証とどちらが先だったか。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す益川さんが亡くなった 【2021-07-30‗名古屋大学_81歳】 2021-07-30・先日、Steven Weinbergが亡くなったと書いたばかりだったが、旧知のノーベル賞物理学受賞者の益川敏英さんが亡くなったと知った。昨夜、ドイツ語のオンラインのクラスの途中で、妻がスマホを見て、教えてくれたので、知っていたが、今日の朝日新聞に大きな写真と共に記事が出ていた。名古屋大学の大学院生たちだった益川さんたちが大挙して広島の私たちの研究室を訪れたことはまだ昨日のように覚えている。ほとんど私と同年の人たちであった。みんな、なかなか多士多才の人たちであり、その中でも益川さんはみんなの尊敬を集めているらしいことは分かった。それから何回か私が名古屋の会議にでかけたときにも、友人たちと帰りにどこかに夕食に誘っ てくれた。もう何十年もあってはいなかったが、彼は偉くなっても人柄があまり変わるというふうではなかった。それはノーベル賞をもらった後でも変わらなかったと思う。私よりは1歳年下の81歳だったという。戦争を空襲を受けたという経験で知っている最後の世代だった。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す大栗博司さんの本を手に入れた 【2021-07-13_中西襄先生 】 2021-07-13 ・注文していた大栗博司さんの書いた本を手に入れた。『探求する精神』(幻冬舎新書)である。朝日新聞の書評で物理学者の須藤靖さんが激賞していた。大栗さんには個人的な面識はないが、私たちの発行している「数学・物理通信」の送り先の一人である。大栗さんはもちろん京都大学名誉教授の中西襄先生の友人知人の一人であるから、中西先生からの推薦されたメールアドレスに加わっている。数日はこの本で楽しむことができるであろう。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す花粉症 【2021-02-22 ‗Heisenberg_Bornに休暇】 【以下は全て転載内容】2021-02-22 ・私も典型的な花粉症である。毎年2月10日前後から鼻がぐずぐずして鼻汁がとても出る。今年は早めに行きつけの内科の医師に処方してもらった薬のおかげかそれほどひどくはないとはいうものの。もっとも今年は暖かい日もあるので、いずれひどい花粉症の症状に悩まされるであろう。40歳すぎからの花粉症とのつきあいであり、はじめは花粉症という言葉も知らなかったので、風邪にかかったと思っていた。もっとも熱は出ない風邪だが。hey feverという語がヨーロッパにはあることをそのころ知ったのだが、これが日本での花粉症にあたるとは知らなかった。物理学者のハイゼンベルクが若いときからアレルギーに悩まされており、1925年の5月にもひどいHeyfeverにかかった。それでついていた先生のボルンに休暇をもらってHelgoland島に逃避の旅行に出かける。ここで、ハイゼンベルクは量子力学の端緒となるアイディアをつかんで、それをすぐに論文にまとめる。これを読んだ先生のボルンはそこで使われた数学が奇妙であることに悩むが、それはボルンが若い大学生のとき数学で学んだマトリックスであることに気がつく。そして、ハイゼンベルクの論文を発展させる論文を学生のヨルダンと論文を書く。その後休暇から帰ってきたハイゼンベルクと3人でいわゆる三者論文 (drei M”annerarbeit) を書く。これが行列力学と呼ばれた、量子力学のはじまりであった。これは1925年のことである。年が明けて1926年にはド・ブロイの発想に触発されたシュレディンガーの波動力学と呼ばれた、また別の量子力学の論文が発表されることになる。天才は数学だって必要とあれば創り出す。ハイゼンベルクは行列の算法をそれが数学としてすでにあるということを、知らずに発明したのであった。ボルンとかシュレディンガーとかは40歳代であったが、他のハイゼンベルク、ヨルダンとか、また行列力学でも波動力学でもない独自の量子力学を発展させたイギリス人の若い学者ディラックもハイゼンベルクの一年先輩の物理学者パウリもみんな20歳代の前半の研究者であった。それで量子力学はKnabenphysik(少年の物理学)と呼ばれた。ちなみにKnabenは雅語であり、普通の日常生活で話される言葉としてはKnabenという語は使われない。日常での若者という意味のドイツ語はJungeである。いうならば、Knabenはゲーテの詩に出てくるような語である。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すコンプトン効果を連立方程式の問題にしたら 【2020-12-02_シルビィアの量子力学_ウラン235】 (以下は全て転載内容)2020-12-02・以前から考えておりながら、なかなか実現しないのが高校数学の連立方程式の練習問題に、コンプトン効果のX線の波長のずれの計算をいれたらどうかと思っている。これは朝永の『量子力学 I』(みすず書房)にこのテーマが取り上げられており、昔一生懸命計算した覚えがある。なかなか計算ができなかったと思う。以前に購入していた『シルヴィアの量子力学』(岩波書店)があるのに日曜に気がついて、その個所だけを読んでみた。面倒そうな式がたくさん出てはいたけれど、それほど難しい計算ではない。どうしてこの問題が難しいと思ったのかはわからない。どうも数学では単に練習問題として出題される無味乾燥な問題が多いが、物理的にも意味のある演習問題であれば、解く人も身が入るのではなかろうかと思う。実は大学を定年退職した後の2年ほどはそういう方式のe-Learningのコンテンツをつくっていた時期があった(注1)。このe-Learningのコンテンツは高校程度だが、理系の大学生で落ちこぼれそうになった人を救うという名目でつくっていた。だが、このe-Learningのコンテンツには三角関数が全く入っていないので、そこを何とかしたいと思いながら、まだうまく三角関数の部分が書けていない。前につくっていた、e-Learningのコンテンツで中性子と原子核との衝突の問題を演習問題として取り上げたことがある。その問題を見て、技術者だった義弟が関心をもってくれた。これは中性子は水の原子と衝突して熱中性子になるための衝突回数だったかに関係している。現在の原発の中性子の減速材としては普通の水を使っている(注2)。どうも原子力だとかだと今はちょっと時代遅れの技術的な問題であるが、80年前くらいはホットな問題であった。(注1)これは私が80歳を越えていて、高校生のことを考えてはいないことの反映である。長い老後生活を楽しむために高校数学だって学んだら、興味深いのではないかという気持ちが強いからである。現役の高校生さん、すみません。現役のときにはこういう楽しさはわからないのは仕方がない。(注2)普通の水と普通でない水があるのかということだが、重水というのがある。これは陽子の代わりに重陽子D_{2}Oでできた水である。高速中性子の減速材としては普通の水(軽水)よりも中性子の衝突回数が少なく熱中性子になる。それで原子炉の減速材として重要視された(注3)。第2次世界大戦中にノールウェイに重水工場があったが、ここをナチスドイツが差し押さえたというので原爆開発をし始めるのではないかという恐れをもった連合国がこの重水工場を襲撃するという映画がある。タイトルは「テレマークの要塞」だったと思う。本当にあった話かどうかは知らない。重水は原爆の材料に直接になることはないと思うが、一般の人は原爆の材料と聞くと納得してしまうところがあるだろう。あくまで原子炉の減速材としての役割だと思う。もっともその原子炉を動かしてプルトニウム239をつくれば、このプルトニウムは原爆の材料になる。日本でも原子炉がたくさん原発での稼働していたので、プルトニウムが蓄積している。これは原爆の材料となる。それで日本の多量のプルト二ウムの蓄積は国際的には日本は原爆をつくるのではないかと、大いに危険視されている。(注3)ウラン235は核分裂するが、これは速度がおそい熱中性子といわれるものによる核分裂の断面積が大きい。天然のウランの99.3%はウラン238でこれは核分裂しない。だが、この多量にあるウラン238が中性子を1個吸収してプルトニウム239となると、これは高速の中性子によって核分裂する。だから、原子炉の中にある一定の割合でプルトニウムを混ぜて高速中性子で核分裂を起こさせることが考えられた。これは普通にはプルサーマルと呼ばれている。こうして蓄積したプルトニウムを消費しようと試みられている。ところが熱中性子による原子炉の制御に比べて高速中性子による原子炉の制御は難しいと言われており、それで原発への信用度が下がっているのが、現状である。原発の燃料のウラン235を燃やした(化学反応で燃やす燃焼とはちがう)後の核廃棄物の半減期が数万年とかと言われているので、この核廃棄物を安全に2万年も保管するかということが問題になるのだが、これはまだまったく技術的に解決していない。特に日本ではどうしたらいいかいいアディアがない。普通に考えられているのは核廃棄物をガラス状に焼結させて、地下深くに貯蔵することである。しかし、その2万年の間にその放射能に汚染された地下水がでて来ないという保証は誰もできない。原発はトイレ無きマンションだと言われる所以である。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/09_初版投稿サイトTOPへFacebookXBlueskyHatenaCopy
2025年11月9日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す小説『カード師』 【2020-06-09‗二重スリット_外村彰】 2020-06-09・小説『カード師』は朝日新聞に現在連載中の新聞小説である。作者は中村文則さん。 カード師の私の体験を書いている小説だが、ある人の遺書を私が読んでいるというところらしい。 らしいとしか言えないのは私にはちょっと面倒な設定であるので、途中から読むのを諦めたからである。 ところが今日は光とは電子とかの波と粒子の2重性の話が出てくる。これは量子力学をまじめに学ぶ人は一度は聞くテーマである。 いわゆる二重スリットの話といえば、ああ、あの話なのと分かるくらい有名な話である。もっとも一般の人にこの話がどのくらいわかるかはわからない。 朝永振一郎さんのエッセイにこれを簡明に説明したエッセイがあった。「光子の裁判」というタイトルだったか。 光は波と思われていたが、これが粒子性をもつものであることは光電効果かとかCompton効果からわかってきた。それで20世紀初頭にこの光の2重性の解釈に物理学者は苦しむことになる。 古典物理学的に言うと粒子であるものは波動であるとはいえないし、波動であるものは粒子であるとはいえない。だが、量子力学では光とか電子はその両者の性質をもつものとしてとらえる。 それはどういう実験的観測をするかによる。粒子としての位置を測定すると、それは粒子性を示すし、光の運動量をきっちり定めようとする実験をすると波動性が得られる。だったかな? 光は波動でも粒子でもない、両方の性質を併せ持つものであるという理解である。これは古典物理学の範疇ではその両方の特性をあわせもつことなどできないが、量子力学ではそれが可能である。いわゆる弁証的統合的理解が必要である。 いわゆる、2重スリットでは2重スリットのところで光の位置を観測しないかぎり波として振る舞う。ここを通過した後で光を粒子として観測したときにはその過去が変えられるという風に小説では書いてあったが、2重スリットのところでは何の観測もしていないならば、それは波であったのか粒子であったのかは判定することが出来ないという風に考えると理解している。 この話は何十年も量子力学の講義をした来た私にもわからない。 私のいまの理解では波としての性質は確率波として理解しており、1個1個は粒子性をもっているのではないかと思っていたが、それも私の思い込みで観測しないときには光が粒子性をもっていたか波動性をもっていたかは何も確定的にいうことができないというのが公式の見解であろう。 こういう事実を目に見えるように実験してくれたのが亡くなった、外村彰さんであった(注)。 光の粒子は一個一個粒子のようにスクリーン(または写真フィルム)上にやってくるが、それが長時間露光されていると、波動的なふるまいの光の干渉縞が観測される。 (注) 外村彰 『目で見る美しい 量子力学』(サイエンス社)は量子力学のテクストとしてはあまり数式の多くない写真の多いすばらしいテクストである。特に66-67ぺージの写真が今回の内容と関係している。この本の価格も2,800円とリーゾナブルである。FacebookXBlueskyHatenaCopy