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マクスウェル‗12/5改訂
【1831年6月13日 ~ 1879年11月5日】

こんにちはコウジです。「マクスウェル」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
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マクスウェルの人物概要

その名を細かく記載すると、J・C・マクスウェル

:James Clerk Maxwell_。

マクスウェルは電磁気学を確立しました。

何より場の理論の基礎を作りあげ、

電場と磁場の関係をマクスゥエル方程式

で関連付けてまとめ上げ、

定式化をしたのです。更には、

直行する電場と磁場からなる「電磁波」

の関係を数式として確かにして、

媒体である光の進行相度が

光速度となる事を理論的に導きました。

天才肌のマクスウェル

大英帝国のエディンバラで生まれたマクスウェルは

文理の面で、それぞれ早熟な才能を示ました。

14歳の時に書いた詩が地元の新聞に掲載されています。

言語学・修辞学の高度な習得を感じさせますね。

また同時期に、焦点を用いて「卵形線」を定義して、

「ピンと糸」を使った工夫で描き出す手法を提案していて、

論文に纏めています。マクスウェルに限らず当時の

物理学者は今よりも多面的に現象を論じ、

考えてていてた傾向はあるようです。

そんな時代を差し引いても天才肌ですね。

マクスウェルも光学・熱力学で業績を残します。

電磁波が光学的に縦波・横波で議論されています。

現代では高校レベルの知識ですが

当時、説明するのは大変だったと思います。

マクスウェルの残した業績

マクスウェルの業績で個人的にもっとも

評価したいのは何よりも「場の考え」の確立です。

静的な意味での場と時系列で変化する

動的な意味での場は大きく違うと思えます。

マクスゥエルは後者の意味での「場」を

定式化して後の理論家達に

進むべき道を示したパイオニアでした。

実際に後のアインシュタインニュートンよりも

マクスウェルを近しく感じています。共に「場」を

考えていった系譜の人々なのではないでしょうか。

ニュートンよ許したまえ」という言葉を使い、

アインシュタイン絶対時間を否定して

相対性理論を構築していくのです.

先ほど電磁波が「光速で伝わる」と述べましたが、

電磁波を「情報」と置き換えて考えると

より分かりやすいかもしれません。

その時々の「場」の状態を決めている情報が

光速度で伝わっていく表現を

作っていった一人がマクスウェルなのです。

そして偶然ですが、マクスウェルの没年に

アインシュタインが生まれています。

マクスウェルが亡くなったのは40代なので

もう少し活躍して欲しかったと思います。 

〆最後に〆

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2020/09/04_初稿投稿
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【2021年9月時点での対応英訳】

Maxwell’s personal profile

To elaborate on its name, James Clerk Maxwell.

Maxwell established electromagnetics.

There, he laid the foundation for field theory, and formulated the relationship between electric and magnetic fields by associating them with the Maxuel equation. Furthermore, he confirmed the relationship between the orthogonal electric field and the “electromagnetic wave” consisting of the magnetic field as a mathematical formula, and theoretically derived that the progressive phase is the speed of light.

Genius skin Maxwell

Born in Edinburgh, the British Empire, Maxwell showed precocious talent both in literature and in science. A poem he wrote when he was 14 was published in a local newspaper. He makes us feel the advanced acquisition of linguistics and rhetoric.

At the same time, he proposed a method of defining an “oval line” using focus and drawing it with a device using “pins and threads”, and summarized it in a treatise. It seems that physicists at that time, not just Maxwell, tended to discuss and think about phenomena from a more multifaceted perspective than they do now. It’s a genius skin even if the times are subtracted.

Maxwell also makes a mark in optics and thermodynamics. Electromagnetic waves are optically discussed as longitudinal waves and transverse waves. Today, it’s high school level knowledge, but I think it was difficult to explain at that time.

Achievements left by Maxwell

What I personally want to evaluate most about Maxwell’s achievements is the establishment of the “electromagnetic field idea”. It seems that the electromagnetic field in the static sense and the electromagnetic field in the dynamic sense that change over time are very different.

Maxuel was a pioneer who formulated the “electromagnetic field” in the latter sense and showed the way to later theorists.

In fact, later Einstein feels closer to Maxwell than Newton. I think they are people of genealogy who both thought about “electromagnetic field”. Using the phrase “Forgive me, Newton,” Einstein denies absolute time and builds the theory of relativity.

And by chance, Einstein was born in the year of Maxwell’s death.

Maxwell died in his 40s, so I hope he’s a little more active. Twice

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W・トムソン‗12/4改訂
【1824年6月26日 ~ 1907年12月17日】

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多くの業績を残したトムソン

始めに、本稿のURLは”Baron Kelvin”を使っています。

名前としてはトムソンなんですが、ケルビン男爵

としての別名も持っていたからです。

その名を詳細に記すと、

初代ケルヴィン男爵ウィリアム・トムソン

William Thomson, 1st Baron Kelvin OM, GCVO, PC, PRS, PRSE

 

トムソンは熱力学や電磁力学で

沢山の研究成果を残してます。

彼は僅か10歳でグラスゴー大学へ入学しました。

トムソンの父がグラスゴー大で教鞭を

とっていた事実はある様ですが、

それを別にしても早熟ぶりに驚かされます。

その後、トムソンはケンブリッジで勉学を進め、

22歳でグラスゴー大学の教授になり、

イギリスの大学で初めての物理学研究室

を立ち上げました。

 

トムソンの広めた諸概念

1845年の論文では、ファラデーの理論を

数学的に整え回路近辺の空間を考えてます。

この発表は後のマクスウェルに示唆を
与えたと言われています。後の電磁場
の考え方に原型を与えたのでしょう。

また、トムソンは数学的表現である「ベクトル」
を「使い始めた」人であると言われています。

ハミルトンが別途ベクトルの概念を使っている

ようですが、ハミルトンは四次元空間の定式化

の中で使っています。これに対してトムソン卿は

ベクトルの概念を使って実際に起きている現象を

数学上で(ベクトル表現で)

より現実的に対応させているのです。

また、

物理学者としては別にJ・J ・トムソンが居ます。

更に、電磁気学から量子力学への移行する中での業績としては磁性に関するものがあります。ファラデーが見つけた常磁性という概念を説明する為にトムソン卿は感受性・透磁率といった概念を固有の物質で考えていきました。後に「スピン」等の概念を考える土台をトムソンが作っていったと言えないでしょうか。

多くを残したトムソン

そして、トムソン卿は沢山の物理学者と議論しました。
例えば、無名だったピエール・キューリを見出し、
交流し真価を認めました。また、別項でご紹介して
いますが、日本初期の物理学者である田中舘愛橘を育て、
彼がトムソンを敬愛していた事でも広く知られています。

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Thomsom did many  advanced work

First, the URL for this article uses “Baron Kelvin”. He’s named Thomson, but he also had an alias as Baron Kelvin.

To elaborate on its name, William Thomson, 1st Baron Kelvin OM, GCVO, PC, PRS, PRSE

Thomson has left a lot of research results in thermodynamics and electrodynamics. He entered the University of Glasgow at the age of only 10.

It seems that Thomson’s father was teaching at the University of Glasgow, but apart from that, he is amazed at his precociousness. After that, Thomson studied in Cambridge, became a professor at the University of Glasgow at the age of 22, and set up the first physics laboratory at a university in the United Kingdom.

In his 1845 treatise, he mathematically arranged Faraday’s theory and considered the space near the circuit.

This announcement suggests to Maxwell later
It is said to have given. Later electromagnetic field
Probably gave a prototype to the idea of.

Also, Thomson is a mathematical expression “vector”.
Is said to be the person who “started using”.

Works of Thomson 

It seems that Hamilton uses the concept of vector separately, but Hamilton uses it in the formulation of four-dimensional space. Sir Thomson, on the other hand, uses the concept of vectors to mathematically (in vector representation) the phenomena that are actually occurring.

In addition, there is another physicist, JJ Thomson.

In addition, one of the achievements in the transition from electromagnetism to quantum mechanics is related to magnetism. To explain the concept of paramagnetism that Faraday found, Sir Thomson considered the concepts of sensitivity and permeability with unique substances. It can be said that Thomson laid the foundation for thinking about concepts such as “spin” later.

And Sir Thomson discussed with many physicists.
For example, he found the unknown Pierre Cucumber,
He interacted and acknowledged its true value. Also, I will introduce it in another section.
However, it is also widely known that Tanakadate Aikitsu, a physicist in the early days of Japan, was brought up and Tanakadate admired Thomson.

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R・キルヒホフ‗12/3改訂
【1824年3月12日 ~ 1887年10月17日】

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その名は正しくはグスタフ・ロベルト・キルヒホフでGustav Robert Kirchhoff,とつづります。1824年に現在のロシア領カリーニングラードであるケーニヒスベルクで生まれました。生まれ故郷にあるケーニヒスベルク大学で学び、26歳でブレスラウ大学員外教授に就任しています。
キルヒホッフについて伝えられている内容は主に業績となりますので、本稿は時代背景をもとにして研究内容を中心とした記述を纏めたいと思います。私自身がドイツ系の人になったつもりで出来るだけ正確に記載したいと考えています。ロシアをドイツ語圏と見てるのは強引だと思いますが、そこの考察は後程。;)

実際にキルヒホッフの業績の中で有名なものは①電気回路におけるキルヒホッフの法則、②放射エネルギーについてのキルヒホッフの法則、③反応熱についてのキルヒホッフの法則です。それぞれにとても大事な考察だったといえるでしょう。

まず第一に、回路におけるキルヒホッフの法則が最重要です。別言すれば一番知られています。当然と言えば当然の事実を明言化しているだけだ、とも言えるのですが「回路網中の任意の接続点に流入する電流の和は 0(零)である」というのが第一の法則です。正確にはキルヒホッフの第一法則というべきでしょうが、本稿では単純に「第一の法則」または「第一法則」と省略します。この時代には自由電子運動論を裏付ける理論はありません。電子を直接観測にかけるどころか原子や電子のサイズも想像がつかないで、あくまで電子は一つのモデルでした。こうして考えた時に、正直者のドイツで学んだ人は出来る事実で話を組み立てます。つまり出来るだけ正確に観測を続けて観測結果を蓄積して、観測事実の相互関係を定量化するのです。

当時は電源と抵抗の単純な回路を考えた時に夫々を要素と考えて回路に落とす作業自体にも議論があったでしょう。つまり、我々が当たり前に書いている回路図も国際度量衡といった枠組みが無くて、ヨーロッパの一部の人々が使うだけの不可思議な記号だったのです。知る人ぞ知る知見だったとも言えます。そんな回路上での一点を考えたら入り込む電流と出ていく電流の総和が等しい。(実験事実によると)ゼロとなるという事実が第一法則なのです。この法則は今、電気工学(ひいては現代産業)で幅広く応用されています。

そして次に、キルヒホッフの電圧則はキルヒホッフの第2法則とも呼ばれます。回路を考えたときに回路網中の任意の閉ループを考えてみて構成する部分的な電圧を計測したとき、任意の分け方で考えた起電力の総和と電圧降下の総和は等しいのです。抵抗、電球、電線電池からなる回路で何が電気を起こしていて、何が消費するか考えてみてください。

そして再強調しますがこの時代には電子の存在は今より不確かです。今の学生が教科書を読んだときに漫画的な丸い物体(模式的な電子の姿)を見て想像するような作業ができないのです。力学と比べて電磁気学や熱学はまとめ難い側面があります。実際には電圧を生じる電池のような物質があり、電気を流し抵抗を持つ同線等の要素を細かく考えていくことで、回路間の色々な場所での電圧降下をかんがえていき、キルヒホッフは第二法則を確立することが出来たのです。

そして1859年にキルヒホッフは黒体放射におけるキルヒホフの放射法則を発見しました。電子の運動でオームの法則に従い議論されるのに対して、熱放射は空間での現象に対しての考察です。また、別の空間的な考察としてキルヒホッフには分光学での考察も行っています。フラウンホーファーが発見したいわゆるフラウンホーファー線(太陽の光線を分解した時に現れる特徴的な吸収)がナトリウムのスペクトルと同じ周波数帯に見受けられると示し、(今で言う分光学的方法で)太陽の内部にあると思われる元素を同定できることを示しました。他に音響学、弾性論に関しても先進的な研究を行っています。

〆最後に〆



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(対応英訳)

His name is correctly Gustav Robert Kirchhoff, spelled Gustav Robert Kirchhoff. He was born in 1824 in what is now Russian Kaliningrad, Königsberg. He studied at the University of Königsberg in his hometown and became a non-professor at the University of Breslau at the age of 26.
Since the content reported about Kirchhoff is mainly his achievements, this article will summarize his research content based on his historical background. I would like to describe it as accurately as possible as if I were a German person. 😉

In fact, the most famous achievements of Kirchhoff are (1) Kirchhoff’s law in electric circuits, (2) Kirchhoff’s law on radiant energy, and (3) Kirchhoff’s law on heat of reaction. It can be said that each was a very important consideration.

First of all, Kirchhoff’s law in the circuit is of utmost importance. In other words, it is the best known. Of course, it can be said that it only clarifies the facts of course, but the first rule is that the sum of the currents flowing into any connection point in the network is 0 (zero). am. To be precise, it should be called Kirchhoff’s first law, but in this article, it is simply abbreviated as “first law” or “first law”. There is no theory to support the theory of free electron motion in this era.

Far from directly observing the electrons, I couldn’t imagine the size of the atoms and electrons, and the electrons were just one model. When thinking this way, honest and learned in Germany build up the story with the facts that can be done. In other words, we continue to observe as accurately as possible, accumulate observation results, and quantify the interrelationship of observation facts. At that time, when considering a simple circuit of power supply and resistance, there would have been discussion about the work itself of considering each as an element and dropping it into the circuit. In other words, the circuit diagram we take for granted was a mysterious symbol that was only used by some people in Europe, without a framework such as the General Conference on Weights and Measures. It can be said that it was a knowledge known to those in the know. Considering one point on such a circuit, the sum of the incoming current and the outgoing current is equal. The first law is the fact that it is zero according to the experimental facts. This law is now widely applied in electrical engineering (and thus modern industry).

And then, Kirchhoff’s voltage law is also called Kirchhoff’s second law. When considering a circuit, when considering an arbitrary closed loop in the circuit network and measuring the partial voltage, the sum of the electromotive force and the sum of the voltage drops considered by any division are equal. Think about what is producing and consuming electricity in a circuit consisting of resistors, light bulbs, and electric wire batteries. And again, the existence of electrons in this era is more uncertain than it is now. When a current student reads a textbook, he cannot do the work that he imagines by seeing a cartoon-like round object (a schematic electronic figure). Compared to mechanics, electromagnetism and thermal physics are difficult to summarize. In reality, there is a substance such as a battery that generates voltage, and by carefully considering factors such as the same line that conducts electricity and has resistance, Kirchhoff considers the voltage drop in various places between circuits. I was able to establish the second law.

And in 1859 Kirchhoff discovered Kirchhoff’s law of radiation in blackbody radiation. Whereas the motion of electrons is discussed according to Ohm’s law, thermal radiation is a consideration of phenomena in space. In addition, as another spatial consideration, Kirchhoff is also considering spectroscopy. The so-called Fraunhofer line discovered by Fraunhofer (the characteristic absorption that appears when the sun’s rays are decomposed) is shown to be found in the same frequency band as the spectrum of sodium, inside the sun (in what is now called a spectroscopic method). It was shown that the element that seems to be in can be identified. He also conducts advanced research on acoustics and elasticity.

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E・クラウジウス_12/2改訂
【1822年1月2日 ~1888年8月24日】

deutuland

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クラウジウスはドイツ系の人で、名前をつづると
Rudolf Julius Emmanuel Clausius, です。

クラウジウスはプロイセン王国領生まれました。今で言う、ポーランド地域の生まれです。お父様は牧師として務める傍ら、小学校の校長を務めていました。そこでクラウジウスは学び始めます。ベルリン大学の時代に熱力学に関心を抱き始め、初の論文をまとめます。

それは、当時の物理学の中心となっていた熱(温度)、圧力、 対象となる物質の体積(占めている空間)、およびその質量に関する関係の考察でした。ニュートン力学が広く知られ、その質点モデルをもとに人々が分子であるとか、原子であるとかいう概念を想像していくうえで、知見をまとめていっている段階での考察であり、手探りの中で気体分子の(またはその幾つかの合成物の)性質を突き詰めていった人の一人がクラウジウスなのです。

今で言う化学と熱力学の境界線はどう考えられていたのでしょうか。概念形成の歴史を考えていく中で一つの転換点となっている気もします。後に放射線を使って原子を少しでも可視化したりする前の、関連概念の形成時代があったのです。

斯様な考え方で考えていくと、クラウジウスの諸業績の中で第一に思いつくものは熱力学に対する業績で、特に、エントロピーの概念が最も大きいのではないでしょうか。気体分子を単純化して特定環境下(温度下)での個々の質点の位置と運動量で考えていった時にエントロピーはボルツマンが後程、再定義しています。
熱力学第一法則・第二法則の定式化も定式化しました。クラウジウスによるとエントロピーの定義は次のように示されます。

 dS = {dQ }/ {T}

1824年、カルノーは、「熱量は保存され、熱が高温から低温へと移動するときに仕事が発生する」という理論を組み立てました。この理論は1840年代後半、W・トムソンによって世に広まりました。一方、同じ頃に、熱そのものが仕事に変化し、また仕事も熱に変化するというジュールの測定結果が、おなじくW・トムソンなどによって世に認められるようになりました。しかし、この2つの理論は互いに矛盾するように思われました。そのため、W・トムソンは初め、ジュールの測定結果のうち、「仕事が熱に変化する」という箇所については否定的な見解を示していました。

これに対しクラウジウスはジュールの理論を受け入れ、熱と仕事は互いに変換可能だと考えました。しかし、カルノーの理論を完全に捨て去ることもしませんでした。クラウジウス独自の考察から、熱に関する2つの原理が生み出されました。 

またクラウジウスの不等式の概念は内部エネルギーや散逸を考えていく上でおおきな足掛かりとなりました。

〆最後に〆



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(対応英訳)

Clausius is of German descent, spelling his name
Rudolf Julius Emmanuel Clausius,.

Clausius was born in the Kingdom of Prussia. He was born in Poland in these days. While his father was a minister, he was the principal of an elementary school. There Clausius begins to learn. He began to take an interest in thermodynamics during his time at the University of Berlin and summarized his first treatise. It was a consideration of the relationship between heat (temperature), pressure, volume of the target substance (occupied space), and its mass, which were the core of physics at that time. Newtonian mechanics is widely known, and it is a consideration at the stage of summarizing the findings in imagining the concept that people are Molecules or Atoms based on the mass model, and it is in the process of groping. Claudius is one of the people who scrutinized the properties of gas molecules (or some of their compounds). What was the boundary between chemistry and thermodynamics as it is now? I feel that it is a turning point in thinking about the history of concept formation. There was an era of the formation of related concepts before later using radiation to visualize atoms as much as possible.

Considering this way of thinking, the first thing that comes to mind among Clausius’s achievements is his Achievements in Thermodynamics, and in particular, the concept of Entropy is probably the largest. When he simplified the gas molecule and thought about the position and momentum of each mass point in a specific environment (under temperature).

Boltzmann later redefined
Formulation of the first law and the second law of thermodynamics.and,

the definition of entropy is

dS = {dQ} / {T}

In 1824, Carnot constructed the theory that heat is conserved and work occurs when heat moves from hot to cold. This theory was popularized by William Thomson in the late 1840s. On the other hand, in the same period, Joule’s measurement result that heat itself turns into work and work also turns into heat came to be recognized by the same Thomson and others. However, the two theories seemed to contradict each other. As a result, Thomson initially gave a negative view of Joule’s measurements of “work turns into heat.”

Clausius, on the other hand, accepted Jules’ theory and thought that heat and work could be converted into each other. But he did not completely abandon Carnot’s theory. This gives rise to two principles of heat.

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ヘルムホルツ‗12/1改訂
【1821年8月31日 – 1894年9月8日】

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多才な人だったヘルムホルツ

ヘルムホルツの名を全て書き下すと、
Hermann Ludwig Ferdinand von Helmholtz。
神経科医にして物理学者です。
学位を修めた際には無脊椎動物の神経繊維と
神経細胞に関して研究していました。
その後、軍医さんとしてポツダム連隊に配属されます。
その後にベルリン大学で教えるという
キャリアを重ねています。
そんな中で沢山の弟子を育てています
その中の一人ヘルツはヘルムホルツのもとで
電気力学ついて考察を進め、電磁波の存在を示します。
ヘルムホルツの活動は多岐にわたるのです。
そもそも神経活動の伝搬物質は微細電流で、
神経活動の研究には電圧測定は不可欠です。
ヘルムホルツの研究で別の側面をご紹介すると、
熱と仕事の関係があげられます。
ジュール等による熱の仕事当量に対してのデータから、
今で言う熱力学第1法則を導出しています。
学会で論文・力の保存についてを発表しています。

エネルギーの相互関係 

マイヤージュールケルビン卿も別途、研究を進めていたエネルギー保存則に関する成果です。また、ヘルムホルツは化学反応の方向性についても仕事をしています。2つの物資を考えると、熱は必ず接触面で温かい物質から冷たい物質に伝わります。不可逆的な現象です。その不可逆性を考えてヘルムホルツは熱力学に関する知見を化学にあてはめ、自由エネルギー、温度、エントロピーを使って全エネルギーを定義して議論しました。化学反応が起こるには方向性があるのです。別途、研究を進めていたギブズの成果でもありますのでギブズ-ヘルムホルツの式として呼ばれています。

ヘルムホルツによる波の定式化

また。ヤングの光の三原色に加えて残像の効果を考え、色盲さんの説明が出来る様になりました。音については、人の感じる音色が周波数と、ゲイン(幅)から決まると説明しました。更には、母音に含まれる振動数が基本で、声道の形によって更に個性が出てきて共鳴音の効果が異なるのだと指摘しました。また、田中舘愛橘がベルリン大学へ留学していた時に電磁気を教えていたことでも知られています。



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 Helmholtz’s activities are diverse

If you write down all the names of Helmholtz,
Hermann Ludwig Ferdinand von Helmholtz.

I am a neurologist and a physicist. When he completed his degree, he was studying nerve fibers and cells in invertebrates.

After that, he will be assigned to the Potsdam Regiment as a surgeon. He has since continued his career teaching at the University of Berlin. Meanwhile, he is raising a lot of disciples. One of them, Hertz, goes on to consider electromechanics under Helmholtz and shows the existence of electromagnetic waves.

Helmholtz’s activities are diverse. In the first place, the propagating substance of neural activity is a minute current, and voltage measurement is indispensable for studying neural activity. Another aspect of Helmholtz’s research is the relationship between heat and work.

Helmholtz derives the first law of thermodynamics, which is now called, from the data on the work equivalent of heat by Joule and others. And he is presenting his treatise and preservation of power at an academic conference.

Job of Hermholtz

Meyer, Jules, and Sir Kelvin are also the results of the energy conservation law that they were studying separately. Helmholtz also works on the direction of chemical reactions. Considering two materials, heat is always transferred from a warm substance to a cold substance on the contact surface. It is an irreversible phenomenon. Given its irreversibility, Helmholtz applied his findings on thermodynamics to chemistry, using free energy, temperature, and entropy to define and discuss total energy. There is a direction for a chemical reaction to occur. It is also called the Gibbs-Helmholtz formula because it is the result of Gibbs, who was conducting research separately.

Formalizm of wave by Hermholtz

Also. Considering the effect of afterimages in addition to the three primary colors of Young’s light, I can now explain Mr. Colorblind. Regarding sound, I explained that the timbre that people feel is determined by the frequency and gain (width). Furthermore, he pointed out that the frequency contained in the vowel is the basis, and the effect of the resonance sound is different depending on the shape of the vocal tract. It is also known that Tanakadate Aikitsu taught electromagnetics when he was studying abroad at the University of Berlin.

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フーコー‗11/29改訂
【1819年9月18日 ~ 1868年2月11日】

パリの夕暮れ

こんにちはコウジです。「フーコー」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
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フーコーの有名な実験

「フーコーの振り子」という装置

を発明した事でフーコーは有名です。

振り子の運動に地球の運動を反映させるのです。

色々な国の科学博物館で見る事が出来ます。

中国でも韓国でもアメリカでも見る事が出来ます。

日本でも国立科学博物館を初めとして、

全国の数十か所で見る事が出来ます。

振り子の運動は地球の時点とは独自に

繰り返される慣性に縛られた運動であるので

地球の運動が進むにつれて、東西南北とずれるのです。

そのずれは24時間後に元の位置に戻ります。

地球の自転方向と逆に少しずつずれていって

24時間後に元の位置に戻るのです。

対象とする振り子を北極か南極に設置すると

一番分かり易いです。赤道上では分かりにくいです。

そういった誰にでもわかる優れた実験を駆使して

地球の自転を実験的に明らかにしました。

1851年のパンテオンでの公開実験で

最終的に仮説を実証してみせます。

 

実験構築を行ったフーコー

フランス生まれのフーコーはパリで

印刷業を営んでいた父のもとに生まれます。

幼い頃から科学工作が好きでした。

子供時代は病弱で医学を志していましたが血液恐怖症

だったりした為、お医者様になるのは断念したそうです。

10代になり、写真技術の改良をしていたフーコーは

物理学者アルマン・フィゾーと知り合いになり交流を深めます。

フィゾーとは良い関係を持ち続け

初めの時期は協同研究をしていました。

 

1847年頃からフィゾーとフーコーはそれぞれ独自に

研究を進めます。歯車を使いフィゾーが光速度を求め、

回転している鏡を使いフーコーは

媒質中の光速度の差異を求めました。

私が何より興味深いのはフーコーやフィゾーの

頭の中にある理論的な考察が

閃きによって実験に昇華するプロセスです。

大抵の考えは実験で確認するまで

分からないことが沢山出てきます。

特定の理論はあくまでモデルの

一つなので、より厳密に考えていったら、

その時に知られてるモデルが適用できない場合

もありうるのです。必要に応じて

適用モデルの修正が必要です。

等時性の理論をフーコーは優れた実験で

わかり易く示したと言えます。

それはとても秀逸な実験でした。

 



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2020/08/29_初版投稿
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【2021年8月時点での対応英訳】

Foucault’s famous experiment

The name Foucault is famous for its device called “Foucault Pendulum”. The movement of the pendulum reflects the movement of the earth. You can see it at science museums in various countries. You can see it in China, South Korea, and the United States.

You can see it in dozens of places nationwide, including the National Museum of Nature and Science in Japan. Because the movement of the pendulum is a movement bound by inertia that repeats independently from the time of the earth.

As the movement of the earth progresses, it shifts from north, south, east, and west. The deviation will return to its original position after 24 hours. Gradually deviate from the direction of rotation of the earth

It will return to its original position after 24 hours. It is easiest to understand if the target pendulum is installed in the North Pole or the South Pole. It is difficult to understand on the equator. We have experimentally clarified the rotation of the earth by making full use of such excellent experiments that anyone can understand. We will finally prove the hypothesis in a public experiment at Pantheon in 1851.

experimental construction of Foucault

Foucault was born to his father, who was in the printing business in Paris, France. He has been fond of scientific crafts since he was a child. He was sick and aspired to medicine when he was a kid, but he gave up on becoming a doctor because he had blood phobia.

As a teenager, Foucault, who was improving his photographic skills, became acquainted with physicist Hippolyte Fizeau and deepened his interaction. He continued to have a good relationship with Fizeau and was doing collaborative research in the early days.

From around 1847, Fizeau and Foucault will carry out their own research. Using gears, Fizeau calculated the speed of light, and using a rotating mirror, Foucault calculated the difference in the speed of light in the medium.

What is most interesting to me is the process by which the theoretical considerations in Foucault and Fizeau’s mind are sublimated into experiments by inspiration.

There are many things that most ideas cannot be understood until they are confirmed by experiments. A specific theory is just one of the models, so if you think more strictly,

It is possible that the model known at that time is not applicable. The application model needs to be modified if necessary. Foucault can be said to have demonstrated his theoretical principles in an easy-to-understand manner through excellent experiments. It was a very good experiment.

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ストークス‗11/28改訂
【1819年8月13日 ~ 1903年2月1日】

オックスフォード大学(OXFORD)

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ストークスの名を正確に記すと、

Sir George Gabriel Stokes, 1st Baronet。

SIRの称号を得ていてケンブリッジでは

ルーカス職を務めています。 特に

流体力学や光学、数学でストークスは

顕著な仕事を残しました。

具体的なストークスの業績

業績として、ストークスと言われて思い出すのは流体力学だという人は多いのではないでしょうか。特にNS(ナルビエ・ストークス)の式(表式)と呼ばれる表現式が有名です。実際に表式に慣れてくれば、その式がニュートンの第二法則と対応していることが実感できてきます。ただ、「回転」、「発散」といったベクトル力学特有の表現が実感し辛い部分ではあります。

ただ、慎重に議論をなぞっていくと流体の粘性だとか、それが非圧縮性の流れであるとか言った「言い回し」が段々と理解出来てきて、全体像がつかめた気分になってくるから不思議なものです。

実際には、流体に対して多数のセンサーを配して実験がされることは余り無くて、厳密な適用はされにくいのですが、定性的な理解には大いに役だちますし数値解析でシミュレーションしていくことも出来る価値ある表式なのです。

ストークスの人脈

最後に、ストークスに関連した繋がりをご紹介します。現在、有名となっている「ストークスの定理」はもともとウィリアム・トムソン(ケルビン卿)がストークスに伝えたと言われています。そして、ストークスはその定理の有用性を認め、ケンブリッジ大学での数学の優等試験(トライポス)での諮問の中でその式を使いました。

絶対零度の単位で名を残すケルビン卿とストークスがつながるのです。そして、その試験を受けていたのは後の電磁気学の権威者となるマクスウェルだったのです。もちろん、マクスウェルは優秀な成績でこの試験に合格したと言われています。

絶対零度の人・ストークス・電磁気学の人・・・とつながるのです。物理の中では全然別の分野だったと思われた3人が関連していたのですが、こんな話からも当時のイギリスでは議論が盛んだったことも伺われますし、物理の世界は繋がっているのだなぁ、と実感できる筈です。

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2021/10/03_初稿投稿
2022/11/17_原稿改定

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(2021年10月時点での対応英訳)

Accurately write the name of Stokes

He holds the title of Sir George Gabriel Stokes, 1st Baronet, SIR and holds the Lucas position in Cambridge. Stokes left a remarkable job, especially in fluid mechanics, optics, and mathematics. Specific Stokes achievements

 

As a result, many people think that what is called Stokes is fluid mechanics. In particular, the expression formula called NS (Narvier Stokes) formula (table formula) is famous. As you become more accustomed to the formula, you will realize that it corresponds to Newton’s second law. However, the expressions peculiar to vector mechanics such as “rotation” and “divergence” are hard to realize.

However, if you trace the discussion carefully, you will gradually understand the “phrase” that the viscosity of the fluid and that it is an incompressible flow, and you will feel that you have grasped the whole picture. It’s strange. In reality, it is rare to experiment with a large number of sensors placed on a fluid, and it is difficult to apply it exactly, but it is very useful for qualitative understanding and simulated by numerical analysis. It is a valuable expression that can be taken.

Stokes connections

Finally, I would like to introduce the connections related to Stokes. It is said that William Thomson (Sir Kelvin) originally introduced the now-famous “Stokes theorem” to Stokes. Stokes then acknowledged the usefulness of the theorem and used it in his consultation at the University of Cambridge’s Mathematics Honors Exam (Tripos).

Sir Kelvin and Stokes, who leave their names in units of absolute zero, are connected. And it was Maxwell, who later became an authority on electromagnetism, who was taking the test. Of course, Maxwell is said to have passed this exam with excellent grades. It connects with people at absolute zero, Stokes, people with electromagnetics, and so on.

Three people who seemed to be in completely different fields in physics were related, but from such a story, it can be said that there was a lot of discussion in England at that time, and the world of physics was connected. You should be able to realize that you are there.

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Jジュール‗11/27改訂
【1818年12月24日 – 1889年10月11日】

engrand

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その名を書き下すと
ジェームズ・プレスコット・ジュール_
: James Prescott Joule。

イギリスに生まれたジュールは生涯、実験家として

実験を続け、科学史に残る多くの実験成果を残しました。

一生を通じて大学等で研究職に従事する事はなく、

家業としての醸造業を営むかたわらで

研究をしていました。そんな生活の中で

ジュールの法則、熱の仕事当量の数値化

等の業績を残したのです。

 

分かり易いジュールの業績①(仕事量)

ここで一般の人でも更に少しでも分かり易い

表現をしてみたいと思います。

ニュートンが考え始めた力学の考えは

物体の運動を表す手段としてとても便利でした。

リンゴみたいな球状の運動は質点の運動

と等価だと考得る事が出来て、

空気抵抗や摩擦といった

外乱の概念も取り入れやすかったのです。

また、マクスウェルらが確立していった

電気の学問体系でもその仕事を議論して

数値化出来ました。一方で温度計で測る

熱というパラメターは運動の世界とは別に

話されていく現象でした。熱に応じて物質が

変質していったりする話は

運動の話をしている話とは繋がり難かったのです。

ジュールは電気や運動の話で出てくる

「仕事」という概念と「熱」という概念を結びつけました。

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そうした作業でジュールは熱力学の発展に大きく貢献しました。今でも熱量の単位にはジュールを使っていて、ジュールの名は色々な人が耳にします。ジュールは病弱だったので正規の学校教育は全く受けていません。自宅で家庭教師をつけて学習を行っていました。その1人には、原子論で有名なジョン・ドルトンがいて、3年間にわたり科学や数学の初歩を教えていたと言われています。

分かり易いジュールの業績②(熱量・ジュールの法則)

ジュールの確立した概念である熱量は高校生でも分かる物理量とつながります。具体的に熱量Qは、流した電流Iの自乗と、導体の電気抵抗Rに比例していて

 Q=RI^2 。

これは現在ジュールの法則と呼ばれています。またジュールは、おもりの力によって水中でコイルを回転させる実験細管からの水の圧出による発熱を測定する実験を行い熱の仕事当量の測定を行って、熱自体が仕事に転化すると示したのです。最終的には羽根車による熱の仕事当量測定装置を使います。


Credit:Wikipedia

ジュールの業績

そうした活動の中で、ジュールはトムソンG・ストークスマイケル・ファラデーと意見交換をするようになり自宅で実験を続けた結果、確かに膨張させると温度が下がることが定量的に確認出来たのです。今ではジュール=トムソン効果と呼んでいる現象でした。

実験の行き過ぎでご近所さんから苦情を受けたり、奥様が亡くなったり、電車の事故を目の当たりにしたりしてジュールの気分は沈み、引きこもり生活を送っていた時期もあったようです。そんなこともあり、マンチェスターに大学が出来ても教授職にはつきませんでした。

晩年ジュールは公的な年金や補助金を財源にして実験をしていました。裕福だったジュール家は実験に私財を捧げてしまった、とも言われています。ジュール自身はセールにて70歳で亡くなっています。そして、その墓石には仕事当量の値が刻まれています。

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2021/04/04_初稿投稿
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【2021年9月時点での対応英訳】

If you write down the name:
James Prescott Joule.

Born in England, Jules continued to experiment as an experimenter throughout his life, leaving behind many experimental results in the history of science.

Jules did not engage in research at universities throughout his life and was doing his research while running the brewing industry as a family business. In his life, he left behind achievements such as Joule’s law and the quantification of the work equivalent of heat.
Here, he would like to make the expression even a little easier for the general public.

The idea of ​​mechanics that Newton began to think of was very convenient as a means of expressing the motion of an object. You can replace spherical motion like an apple   by mass motion, and it was easy to incorporate the concept of disturbance such as air resistance and friction.

People in such time also discussed and quantified in the electrical academic system as Maxwell et al had established. On the other hand, the parameter of heat measured by a thermometer was a phenomenon that people talked about separately from the world of exercise. The story of substances changing in response to heat

It was hard to connect with the story of exercising. Jules combined the concept of “work” with the concept of “heat” that comes up in the story of electricity and exercise.

Works of Jule

In such work, Jules contributed greatly to the development of thermodynamics. Joule is still used as the unit of heat, and many people hear the name. Jules was ill, so he has no formal school education. He was studying at home with a tutor. One of them is said to be John Dalton, who is famous for atomism, who taught the basics of science and mathematics for three years.

The amount of heat, which is Joule’s established concept, is connected to the physical quantity that even high school students can understand. Specifically, the amount of heat Q is proportional to the square of the flowing current I and the electrical resistance R of the conductor.

Q = RI ^ 2

This is now called Joule’s law. Joule also conducted an experiment to measure the heat generated by the extrusion of water from an experimental capillary tube that rotates a coil in water by the force of a weight, measured the work equivalent of heat, and showed that the heat itself is converted to work. is. Eventually he uses a mechanical equivalent of heat measurer with an impeller.

In such activities, Jules began exchanging opinions with Thomson, George Stokes, and Michael Faraday, and as a result of continuing experiments at his home, it was confirmed quantitatively that the temperature would drop when inflated. It was. It was a phenomenon had known the Joule-Thomson effect.

Later life of Jule

There was a time when Jules’ enviroment depressed his mood and he was living a withdrawn life because he received complaints from his neighbors due to the excessive experimentation, his wife died, and he witnessed a train accident. For that reason, even if a university was established in Manchester, Jules couldn’t get a professorship.

In his later years Jules was experimenting with public pensions and subsidies. Some people said that the wealthy Jules family has dedicated their fortune to his experiments. Jules himself died on sale at the age of 70. And his tombstone had shown with the value of his work equivalent.

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J・マイヤー‗11/25改訂
【1814年11月25日 ~ 1878年3月20日】

deutuland

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エネルギーの概念の提唱者マイヤー

その名を書き下すとユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー_
Julius Robert von Mayer,

ドイツの物理学者で。熱と仕事が互いに変換することが

可能だと考え、エネルギー保存の法則を研究しました。

また、比熱に関するマイヤーの関係式でよく知られています。

先ず、マイヤーはチュービンゲン大学で医学を学びました。実験が好きだったマイヤーは大学で医学の他に化学の講義も受けていました。同時に学生組合を組織して当局と対立したりもしていたようです。結果としてマイヤーには停学処分が下されてしまいます。ところが、マイヤーは負げずに停学期間を利用して、有益な時間を過ごしていたようです。しぶとい男ですね。

熱とエネルギーを考えたマイヤー

その後、見聞を広めるべくマイヤーはオランダの植民地で軍医となります。東インド諸島での航海中にマイヤーはある点に気付きます。瀉血になった船員の静脈血は、寒い地域のそれより鮮やかな赤い色をしていたのです。マイヤーが設けた仮説は

①血中酸素が多いと血液は赤い

②熱帯では酸素は余り
必要ないのではないか

③熱帯では体温維持に
必要な酸素が少なくて良い。

それだから熱と運動の関係性についてさらに推論を進めると、酸素の消費は「体温の維持」にも関係するし、「人間の運動の結果」にも関係するのであろう。だから熱と運動とは何らかのかかわりがあるのではないかと思われたのです。マイヤー独自の視点ですね。その後も独自に実験を繰り広げます。

マイヤーはニュートン力学での力や熱、電気に由来する力を広く捉えて、後に仕事量で示されるような概念を想定します。それまで別に議論されてきた物理量のあいだでやり取りがなされ、今でいうエネルギー保存則を確立していきます。

ヘルマン・フォン・ヘルムホルツやリービッヒもマイヤーの業績を評価していき、その結果として、マイヤーは、より広く知られるようになりました。王立協会よりコプリ・メダルも送られています。そして、メダルを受けた7年後の1878年3月20日に、64歳で亡くなりました。エルンスト・マッハは「マイヤーは自然の探求において、比類なく重要かつ広汎な見識をもっていた」と評価しています。とくに、その評価はエネルギーの概念の確立に貢献した点が大きく、エネルギーの概念の提唱者として評価する人も居ました。



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2021/04/03_初稿投稿
2022/11/25_改定投稿

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(2021年9月時点での対応英訳)

If you write down the name,
Julius Robert von Mayer,

A German physicist. He believes that heat and work can be converted to each other, and is well known for the law of conservation of energy and Mayer’s relations for specific heat.

First, Meyer studied medicine at the University of Tubingen. He liked experiments, and Meyer also took chemistry lectures in addition to medicine at university. He also seems to have organized a student union and confronted the authorities at the same time. As a result, Meyer will be suspended.

Mayer and Energy

However, Meyer seemed to have had a good time taking advantage of his suspension period without losing. He is a reluctant man. Later, Meyer became a surgeon in the Dutch colony to spread his knowledge. During his voyage in the East Indies, Meyer notices something. The venous blood of the phlebotomized sailors had a brighter red color than that of cold regions. Meyer’s hypothesis is

① Blood is red when there is a lot of oxygen in the blood

② There is too much oxygen in the tropics
Isn’t it necessary?

③ To maintain body temperature in the tropics
It requires less oxygen.

Therefore, further inference about the relationship between heat and exercise suggests that oxygen consumption is related to “maintenance of body temperature” and “results of human exercise”. That’s why I suspected that heat and exercise had something to do with each other. It’s his unique perspective. After that, we will continue to experiment independently.

Meyer broadly captures forces in Newtonian mechanics, heat, and forces derived from electricity, and envisions concepts that will be shown later in terms of workload. He interacts between the physical quantities that have been discussed separately, and later establishes the law of conservation of energy.

Hermann von Helmholtz and Liebig also evaluated Meyer’s achievements, and as a result, Meyer became more widely known. He has also been sent a Copley Medal by the Royal Society. He died at the age of 64 on March 20, 1878, seven years after receiving his medal. “Meyer had an unparalleled importance and widespread insight in the quest for nature,” Ernst Mach said. In particular, the evaluation contributed greatly to the establishment of the concept of energy, and some people evaluated it as an advocate of the concept of energy.

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W・R・ハミルトン‗11/25改訂
【1805年8月4日 ~ 1865年9月2日】

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その名を全て書いておくとウィリアム・ローワン・ハミルトン
【William Rowan Hamilton】で、
60代初めに亡くなった
アイルランド生まれの
数学者、物理学者です。
とくにハミルトン形式という
定式化で名を残しています。
神童として幼少時代を過ごし、
少し早い時代のラグランジュや
ラプラスの仕事を学んでいきました。
今でも初学者が
ラグランジュアン、ハミルトニアン、、
と学んでいきますがハミルトニアンを
ラグランジュアンの後に学ぶ方が
混乱が少ないと思います。
ラグランジュの仕事の上にハミルトン
の仕事がなされたと考えて下さい。
特にハミルトニアンは16歳で
ラプラスの「天体力学」を理解し、
問題点を指摘したと言われています。
ただ理論を教科書から学んでいるだけ
の学生とは大きな違いですね。
物事の本質をつかもうと
努力している姿が伺われます。

光学への数学の応用、ハミルトニアン、数学理論による自然現象の予言、解析力学の創始、代数系の基礎付けなど、前半生の業績は非常に華々しく、「ニュートンの再来」と呼ばれた当時の評判に恥じないものです。


ハミルトンはブルーム橋を渡る散歩のなかで四元数を発見しました。今でもその碑文が残っています。散歩の途中閃きを得たハミルトンは、四元数を定義する式を橋に刻み付けたと言われています。
複素数を実数と演算規則により公理化していたハミルトンは、複素数を三次元以上に一般化することに心血を注ぎ、十年程を経た1843年10月16日、ブルーム橋 にさしかかった所でついに四元数の概念に到達するのです。四則演算を保存しない四元数です。

ハミルトンの死後、肉汁まみれの論文の中で四次元に関しての数式群が見つかりましたが難しく間違いもあったので長い事、長い事、百年ほど意味が理解されませんでした。彼らしい最後だった気がします。そんな人生を歩んだ人です。ダブリンのブルーム橋にある石碑には彼の業績が刻まれています。そこで彼は四次元量を考え出したと言われています。

i² = j² = k² = ijk = −1での話から始まる物語です。

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(2022年1月時点での対応英訳)

William Rowan Hamilton if you write down all the names
Died in the early 60s at [William Rowan Hamilton]
An Irish-born mathematician and physicist.

He is particularly famous for his Hamiltonian formulation.
He spent his childhood as a child prodigy
I learned the work of Laplace. Even now, beginners
I will learn with Lagrangian and Hamiltonian, but Hamiltonian
I think it’s less confusing to learn after Lagrangian.

Think of Hamilton’s work on top of Lagrange’s work. In particular, Hamiltonian is said to have understood Laplace’s “celestial mechanics” at the age of 16 and pointed out problems. It’s a big difference from a student who just learns theory from a textbook. You can see him trying to get the essence of things.

His first half achievements, such as the application of mathematics to optics, Hamiltonian, the prediction of natural phenomena by mathematical theory, the founding of analytical mechanics, and the foundation of algebraic systems, were so spectacular that he was called “The Return of Newton”. There is something that is not ashamed of the reputation at that time.

An inscription on the discovery of quaternions on the Bloom Bridge. Hamilton, who got an inspiration during the walk, carved a formula to define the quaternion on the bridge.
Hamilton, who had absolutized complex numbers with real numbers and operational rules, was devoted to generalizing complex numbers to the third order and above, and about a decade later, on October 16, 1843, when he approached the Bloom Bridge (en). Finally we reach the concept of quaternions. Quaternion that does not save arithmetic operations

I found a group of mathematical formulas about 4 dimensions in a gravy-covered paper, but I couldn’t understand the meaning for a long time, a long time, or a hundred years because there were difficult mistakes. I think it was the last time for them. A person who has lived such a life. His achievements are engraved on the stone monument on the Bloom Bridge in Dublin. So he is said to have come up with a four-dimensional quantity. i² = j² = k² = ijk = -1 The story begins with the story.