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ルネ・デカルト (René Descartes)
【我思う、故に我あり|近代(合理)哲学の祖】-10/11改訂

こんばんは、コウジです。半年ごとの改定です。
今回の改定は英訳部の削除が主です。
ご覧ください。(以下原稿です)

デカルト哲学
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【1596年3月31日~1650年2月11日没】


【引用:Wikipedia:近代哲学の祖デカルト(1596–1650)】

デカルト概説

ルネ・デカルト(仏: René Descartes)は、

フランスに生まれた哲学者にして、数学者です。
そして。合理主義哲学の祖でもあります。
一般には近世哲学の祖として知られています。

そして、デカルトの言葉である「我思う、ゆえに我あり」
の言葉は有名です。
思索の主体と対象を考えている命題で、
当時主流だったスコラ哲学による考え方と大きく異なります。
スコラ哲学に従えば、信仰とは自己を神に捧げる行為であり、
人間の力では到達しえない「真理」へと至る道とされていました。
信仰が人間では作り上げられない「真理」の獲得へと繋がっていくのです。

当時流行していたスコラ哲学の保守的な考え方にデカルトは
疑問を抱き、
新しい哲学的な命題を打ち立てたのです。

太陽の光が大地に降り注ぐように、

人間の理性が自然に活動する中で真理へと近づいて

いけるであろうという考えがデカルトの信念なのです。

デカルトの修業時代

経緯を考えていくと、デカルトは
イエズス会の学校に所属して研鑽を進めます。

先ずイエズス会のラ・フレーシュ (La Flèche) 学院
に入学します。当時、

イエズス会の学校はフランスに15校。

その中でもフランス王アンリ4世自身が

関わっていたラ・フレーシュ学院です。

当時はとても有名でした。

 

ラ・フレーシュ学院ではフランス中から
優秀な教師、生徒が集まっていました。

宗教改革以降、カトリックとプロテスタントの対立が続く中で、
知の在り方も大きく揺れていました。イエズス会は、
理性と信仰の調和を重視し、スコラ哲学の伝統を受け継ぎつつ
教育を行っていました。
デカルトはその環境の中で、
既存の哲学に敬意を払いながらも、
「確実な知とは何か」
という問いをより根本から問い直していったのです。

更に自然科学の前進となる考えも好意的に取り入れていて、
ガリレオ・ガリレイが望遠鏡で初めて木星の衛星を捉えた時には
学院ではお祝いの催しが開かれたそうです。
同時代のガリレオ・ガリレイは観測と実験を重視し、デカルトは
理性と方法を重視するという違いがありました。

デカルトが教えを受けた学院では哲学は不完全なもので、

「その完成には哲学が必要である」と断言しています。

デカルトは学院で論理学・形而上学・自然学、占星術、

秘術(今で言う魔術の系統)を学んでいきます。

とりわけ自然科学の中で数学を好んで数学的な論法で

議論する事もありました。

デカルトの遍歴時代

遍歴の時代をデカルトは過ごすお話です。

22歳のときにデカルトはオランダで軍隊に参加します。

対象の時期は80年戦争での休戦期間なので、

デカルトの実戦参加は無かったであろうという考えが定説です。

それよりも寧ろ、軍隊の中での最新兵器の
開発にデカルトは興味を持ちました。

優秀な技術者と交流して知見を広める事が
大きな軍隊参加の目的の一つでした。

ベークマンとの幸運な出会い

後にデカルトはイザーク・ベークマンという人物

に出会い知的な刺激を受けます。ベークマンは医者でありながら

自然科学や数学に長けていました。

ベークマンからデカルトが知った概念は次のようなものです。
①原子の概念、
②真空の概念、
③運動保存の概念、です。

それらは現代の物理学へと繋がっていく概念です。
この時期にそうした概念の「基礎」が出来てきたのですね。
そしてベーグマンはコペルニクスの考えに共鳴していて支持していました。
ベーグマンと共にデカルトは思想を発展させていきます。
自由落下に対して見識を深め、水圧に対して見識を深め、
三次方程式などの数学的な概念も発展させていきます。
こうしたデカルトの方法論は、後のアイザック・ニュートンによる
力学体系の成立へと繋がっていきます。

そして、デカルトは座標を用いて図形を数式で表す「解析幾何学」
を創始し、数学と自然科学の関係を大きく変えました。また、
主著『方法序説』において、理性による確実な認識の方法を提示しました。

関連する科学者の系譜

◀ 前の人物:ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)
同時代のガリレオ・ガリレイは観測と実験を重視し、デカルトは理性と方法を重視するという違いがありました。

▶ 次の人物:アイザック・ニュートン(1643-1727)
デカルトの方法論は、後のアイザック・ニュートンによる力学体系の成立へと繋がっていきます。


この分野の科学者(近代合理主義と科学)

ヨハネス・ケプラー

ブレーズ・パスカル

 

〆

以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2022/10/02_初稿投稿
2026/10/11‗改訂投稿

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