大貫 義郎_【群論で素粒子を整理】【主に研究内容のご紹介】↑Credit:Wikipedia↑【1928年生まれ ~ 2026年2月15日逝去】ポアンカレ郡と波動方程式【スポンサーリンク】【肖像画について】 今回大貫大師の肖像掲載は控えます。ネットで探すと谷村先生@名大 が紹介されたNoteに辿り着くのですが、卒業生向けとされているので。 シャイな方なのだろうか?とか想像する程度で満足です。(記.26/03/31)大貫義郎の人脈大貫義郎は愛知県の名古屋大で坂田昌一に教えを受けました。また、2026年2月15日に逝去されました。97歳でした。 (後述)群論を使った素粒子論の構築に貢献しました。 そもそも素粒子物理学・低温物理学では名古屋で発展してきた 部分が大きいです。本ブログの別項で名古屋大学の中嶋貞雄と バーディンのエピソードをご紹介しましたが、後にノーベル賞を 受賞する二人、益川敏英と小林誠は大貫義郎が育てました。名古屋大学でのつながりが素粒子論で大きな 役割を果たしていたと言えるでしょう。名古屋学派と素粒子論の系譜大貫義郎の研究を理解する上で欠かせないのが、 名古屋大学を中心に形成された素粒子論の研究の流れです。大貫義郎は名古屋大学で坂田昌一の指導を受けました。坂田は「坂田模型」 と呼ばれる複合模型を提案し、日本の素粒子論に独自の研究の流れを作った人物です。その後、この坂田模型をめぐって名古屋の研究者たちによる研究が展開され、 大貫義郎もその中で重要な役割を果たしました。物理学会の資料では、 池田峰夫・小川修三・大貫義郎による1959年の研究として、坂田模型における 対称性を扱った仕事が確認できます。ここで重要になるのが「対称性」です。素粒子を一つ一つ個別に調べるだけではなく、 粒子を入れ替えたり変換したりしたときに、どの性質が保たれるのかを見ることで、 複雑な粒子の世界を数学的に整理することができます。大貫義郎は、このような素粒子の対称性を群論などの数学的手法によって 扱いました。1964年の「素粒子の模型と構造」研究会の記録にも、 大貫義郎の研究が掲載されています。この研究の流れは、後のクォーク模型や素粒子標準理論へ向かう日本の 素粒子論の歴史ともつながっています。日本物理学会の解説でも、 坂田学派の複合模型が後の素粒子論の発展に重要な役割を果たしたことが説明されています。したがって、大貫義郎を「後のノーベル賞受賞者を育てた人物」とだけ見るよりも、 坂田昌一から続く名古屋の素粒子論の研究環境の中で、対称性と群論を用いて 理論を発展させた研究者として捉えるほうが、その仕事の位置が分かりやすくなります。存在する対称性を数学的に捉えることが重要になります。群論では、対象となる要素と、それらを組み合わせる演算を考えます。 そこから単位元や逆元などの構造を調べることで、一見すると 複雑な現象の背後にある規則性を整理できます。素粒子物理学では、粒子の種類や反応が増えていくにつれて、個々の粒子を一つずつ覚えるだけでは全体像が見えにくくなります。そこで、複数の粒子を一つの体系として捉え、どのような変換に対して性質が保たれるのかを調べることが重要になります。大貫義郎の仕事は、こうした「粒子を個別に見るのではなく、対称性から全体を整理する」という考え方を、坂田模型をめぐる素粒子論の研究の中で発展させたものとして理解できます。そして、このような対称性による整理は、その後のクォーク模型や標準理論につながる素粒子物理学の大きな流れの中に位置づけることができます。彼が師事した坂田昌一は、「坂田モデル」と呼ばれる独自の 素粒子モデルを提唱しました。これは後のクォークモデルの先駆け とも言える発想であり、日本発の理論として世界的にも注目されました。この流れの中で育った研究者には、小林誠と益川敏英がいます。両者は クォークの世代構造を説明する理論を構築し、後にノーベル賞を受賞しました。こうした流れを見ると、大貫義郎の役割は単なる個人の業績にとどまりません。👉 「理論の土壌を整え、次世代を育てた存在」と位置付けることができますね。2025年の9月に更新をしていた時に 名大でのご指導の様子が伺える記載を見つけました。少し 当時が感じられるので追記します。(教え子さんのNote)大貫義郎の研究業績大貫義郎は素粒子を構成する素子の対象性に着目して、 数学的手法として「群論」を使って整理していきました。群論の中では「要素と演算」を意識して考えていき、 それらを使って単位元や逆元を考えていくのです。素粒子の反応過程で関わる現象は多岐にわたり、 個別の要素に拘っているだけでは話が進まないのです。 反応に関わるグループを詳細に分類して個別の反応要素を 考えるよりもまず、一団の性格を見極めたうえで、 グループの性質に応じた個別粒子の役割をしっかり 考えていく作業が群論を使ったアプローチで 可能になっていったのです。 そのアプローチの構築が大貫義郎の業績です。 より詳細には、坂田モデルにおける基本粒子同士の 入れ替えに対して「素粒子としての性質が変わらない」 という考え方を足掛かりに群論を組み立てたのです。そうした考え方を駆使して議論を組み立てて、大貫義郎はクォークモデルの成立と並行する形で、素粒子の 分類に群論的な整理を与え、その理解の深化に貢献しました。名古屋学派と素粒子論の系譜■ 谷村教授が伝える大貫義郎先生の晩年 大貫義郎先生の逝去については、名古屋大学の谷村省吾教授が 2026年3月27日、X(旧Twitter)で報告されています。 谷村教授によれば、大貫義郎先生は2026年2月15日に逝去され、 97歳だったとのことです。 谷村教授は、大貫先生が名古屋大学を定年退官される直前に 修士論文研究の指導を受けた最後の学生だったと記しています。 その後も大貫先生と物理学の議論をする機会があり、 誠実に物理学に取り組んでおられる方だったと振り返っています。 また、谷村教授は、大貫先生が近年、足が不自由になったと聞いていたこと、 そして2025年に量子力学100周年を機に自宅を訪問しようと考えていたものの、 その機会を逸したことを記しています。 この証言からは、大貫義郎先生が単に研究業績を残した物理学者というだけでなく、 晩年まで後進の研究者との交流や物理学についての議論を続けていた姿がうかがえます。大貫義郎先生のご冥福を心よりお祈りいたします。関連する物理学者(前後の流れ)大貫義郎の研究は、坂田昌一から続く名古屋大学の素粒子論と、 対称性・群論を用いた粒子分類の発展の中で捉えると分かりやすくなります。◀ 前の人物:坂田昌一▶ 次の人物:西島和彦この分野の物理学者(素粒子論・対称性・群論)坂田昌一 ― 坂田模型と名古屋の素粒子論西島和彦 ― ストレンジネスと素粒子の分類南部陽一郎 ― 自発的対称性の破れ小林誠 ― クォークの世代構造とCP対称性の破れ20世紀生まれの物理学者 ― 同時代の物理学者名古屋大学の素粒子論坂田昌一から大貫義郎、そして小林誠・益川敏英へと続く名古屋の素粒子論の 流れを、大学・研究環境の視点からもたどることができます。。【スポンサーリンク】〆さいごに〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 問題点には適時、 返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2020/12/21_初版投稿 2027/10/17_改定投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 日本関連のご紹介 量子力学関係へAIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2021年11月時点での対応英訳)Onuki Yoshiro’s personal connectionsYoshiro Onuki was taught by Shoichi Sakata at Nagoya University and constructed the theory of elementary particles using group theory. In the first place, in cryogenic physics, there is a big part that has developed in Nagoya. I introduced the episodes of Sadao Nakajima and Bardeen in another section of this blog, but Yoshiro Onuki raised the two Nobel Prize winners, Toshihide Maskawa and Makoto Kobayashi. It can be said that the connection at Nagoya University played a major role in particle physics.Yoshiro Onuki’s research achievementsYoshiro Onuki focused on the symmetry of the elements that make up elementary particles, and used “group theory” as a mathematical method to organize them. There are a wide variety of phenomena involved in the reaction process of elementary particles, and it is not possible to proceed just by focusing on individual elements. Rather than classifying the groups involved in the reaction in detail and considering the individual reaction elements, group theory was used to first identify the character of the group and then firmly consider the role of the individual appearance according to the nature of the group. The approach made it possible. That approach is the achievement of Yoshiro Onuki.More specifically, we constructed a group theory based on the idea that the properties of elementary particles do not change when the basic particles are replaced with each other in the Sakata model.By making full use of such ideas, Yoshiro Onuki clearly classified and organized quarks.FacebookXBlueskythreadsHatenaCopy