アルキメデス【兵器を発案し円周率を推定(幾何学的考察)した多彩な人】天秤の魔術師 【スポンサーリンク】 【Photo:Wikipedia:Greek philosopher Archimedes in his bath – 16th Century carving.】 【紀元前287年頃 ~ 紀元前212年】多彩な人であったアルキメデス【英:Archimedes・希: Ἀρχιμήδης】 アルキメデスは、古代ギリシアの数学者で、物理学者で、 技術者で、発明家で、天文学者です。 古代においてのトップクラスの科学者といえます。 鉤爪の兵器や光線の兵器を発案する一方で、 多角形をつきつめて円周率を推定していたりしました。円周率の概念を確立具体的にはアルキメデスは、円の面積を正確に求めるために、 円の内側と外側に多角形を配置する方法を考えました。例えば、円の内側に正六角形を描くと、 その面積は必ず円より小さくなります。 逆に、円の外側に正六角形を描けば、 その面積は円より大きくなります。このように「内側の多角形」と「外側の多角形」で 円を挟み込むことで、円周率πの値を 徐々に絞り込むことができるのです。アルキメデスは最終的に96角形まで 拡張し、πが「3より大きく、約3.14より小さい」ことを導きました。 これは、極限の考え方に通じる極めて先進的な手法でした。 六角形と五角形で考えていけばπの精度は更に向上。 最初に思いついたアルキメデスは偉い! という話なのです。 浮力の概念の確立そもそも当時、王冠の加工で疑惑が生じていました。混ぜ物をした疑惑で 金細工の職人が疑われました。理論で白黒つけようとなりました。そこで出てきた アルキメデスが実験で立証したのです。「王冠と同じ質量の金塊を用意し、 これと王冠を天秤棒に吊るしてバランスが取れることを確認した後に、 天秤棒に吊るしたまま両方とも水を張った容器に入れました。」 今の問題は金の密度です。 混ぜ物があれば密度が変わる。空気中では天秤棒は、てこの原理によりバランスが 保たれています。てこの原理は水中でも変わらないので、もし金塊の体積と王冠の 体積が同じであれば、つまり金塊の密度と王冠の密度が同じであれば、 両方を水中に沈めても、天秤棒のバランスは保たれるはずである。 結果は水に入れたらバランスが崩れたのです。王冠と金塊の密度が違います。 金細工師は不正を働いていました。 誰が見ても明らかです。同時に アルキメデスはこうした立証の中で 浮力の原理を明確にしました。金細工師は死刑になったと伝えられるています。アルキメデスは古代ローマと同時代に生きた人で、彼の人生の詳細は、死後ずっと後の歴史家たちが断片的な 記録をもとに再構成したものです。そのため、 事実と伝説が入り混じっている部分もありますが、それほどまでに 後世の人々が彼を尊敬し、語り継ごうとした証でもあります。歴史上の人物は誰しも記録に頼る 部分があるのですがアルキメデス の場合は特に死後何百年経ってから 編纂されたとされており、それ故に 不確かな部分が多いです。何より アルキメデスは多くの仕事を残しました。アルキメデスの評価アルキメデスの友人や弟子たちが彼の伝記を残していなかったため、彼の人生で唯一、確実に記録されているのは、戦場での最後の瞬間だけです。しかしその一場面が、彼という人の「真剣な探求心」を象徴しています。アルキメデスがローマ軍の シラクサ攻囲戦で死んだことが、 彼の死に関する故事の記述から 正確に判明しているのです。 例えば、アルキメデスの生年は、 死んだ日時の年齢から逆算して 「推定」されています。アルキメデスの関心は「美しい理論の構築」にありました。純粋に数学的な論理体系を追求する姿勢がありつつも、その理論が現実の技術や装置に応用できる点でも卓越していました。つまり、理論と実践のどちらにも価値を見出し、“考える科学”と“使う科学”を両立させた最初期の人物だったのです。具体的にアルキメデスの原理とは、「水や空気といった流体の中にある物体には、押しのけた分だけ上向きの力が働く」 という発見です。当時は“圧力”という概念がまだ存在していませんでしたが、アルキメデスは、理論的な思考だけで“目に見えない力”の 存在を導き出しました。対象が占めている空間が、 まわりの流体に与える反作用を考え、それを 「浮力」として説明したのです。観察と論理の両面から法則を見抜いた点が、 彼の真骨頂といえます。定式化された形としては、 「流体(液体や気体)中の物体は、対象となる物体が 【押しのけている流体の重量】と同じ大きさで (ベクトル的に)逆向きの浮力を受ける」 という原理です。このような「自然を数と理論で説明する」という姿勢は、 後のニュートンへと受け継がれていきます。他、円周率や数列で アルキメデスは仕事を残しています。アルキメデス最後の逸話話戻って、アルキメデスの亡くなる時のお話です。 その評判を知っていた指揮官・マルケッルスは、 アルキメデスには危害を加えないよう指示しました。彼の家にローマ兵が入ってきた時、アルキメデスは 砂盤(今でいえばノートの役割)に描いた図(円形) の上で、何か考えこんでいました。 入り込んだ部屋がアルキメデスの部屋だとは理解していない ローマ兵が名前を聞きましたが、没頭していたアルキメデス は無視し、そのことに兵は腹を立てアルキメデスを殺したのです。アルキメデス最期の言葉は 「私の円をこわすな!」(Noli turbare circulos meos!) だったと言われています。そのローマ人は命令に反し、 アルキメデスを殺害してしまったのです。そして、後にアルキメデスを殺害してしまった事を とても遺憾に思い、苦慮したと言われています。そんなアルキメデスは、理論と実験を結びつけることで、 自然法則を“理解できるもの”へと変えた最初期の科学者でした。。■前後リンク(数学→物理への流れ)◀ 前の人物: ピタゴラス(数による世界理解)▶ 次の人物: ガリレオ・ガリレイ(実験科学の確立)👉 流れ:数 → 幾何 → 実験科学■この分野の物理学者 ■古典力学・数学物理の系譜・ピタゴラス(数の思想) ・アルキメデス(幾何と力学) ・ガリレオ(実験科学) ・ニュートン(古典力学の完成)👉〆 以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com 2022/01/06_初稿投稿 2026/10/03‗改訂投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 AIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】FacebookXBlueskythreadsHatenaCopy