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ジョン・ドルトン
John Dalton【1766年9月6日‐4/26改訂】

engrand

こんにちはコウジです。「ドルトン」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と4/5時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3452‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2876
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6328+7300【13628@4/5】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

【1766年9月6日~1844年7月27日】

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先ずドルトンを検索で調べると同名の学校法人が出てきますが、
本記事は英国生まれの物理学者にして化学者である人物に関する記載です。
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若き日のドルトン


ドルトンは若い時代に大変苦労をしています。

先ず、家族がクエーカー教徒であった為に
大学に入れませんでした。当時の英国は
イングランド国教会に属していない宗派は
差別を受けており、ドルトンはクエーカー教徒
だという理由で大学に入る事が出来なかったのです。
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その業績を考えてみると
何より原子説の提唱が大きいです。
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ドルトンが研究していた19世紀初頭の
物理学会では物質の根源を考えるにあたり
直接原子核に相互作用を与えて結果を
考察する理論的な土壌は乏しかったのです。
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実際にドルトンは化学的な反応の
側面からアプローチしていき、今でいう
「倍数比例の法則」の論拠を考えていく中で、
その考え方が如何にして成立するか
を考える中で、反応に関わる
物質の質量比率を考えた帰結として、
原子を想定したのです。そういった考察の中では
原子の大きさも主たる関心でなくても良いのです。

ドルトンの業績

後の原子核反応における考察では
反応に関わる距離や、反応に無関係な距離
が大事になってくるのです。
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それに反してドルトンの時代の感心事
の中心は反応自体がいかにして想定できるかであって、
純度を高めた物質の集団同士が反応して
別の物質に変質するかという現象が感心事なのです。
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また、定量的評価での「ジュール」という物理量

の導入でもドルトンは大きな仕事を残しています。

また、ドルトン自身が色覚異常の人だった為に

色覚の研究でも仕事を残していて

「ドルトニズム (Daltonism)」

という言葉が今でも使われています。

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以上、間違いやご意見があれば以下アドレスまでお願いします。
時間がかかるかもしれませんが、必ずお答えします。
nowkouji226@gmail.com

2022/01/07_初回投稿
2022/04/26_改定投稿

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Dalton of the young day

Dalton has a hard time very much in his younger days.

At first he was not able to enter the university because his family was a Quaker. In the U.K. at the time, the denomination which did not belong to an English national church received discrimination, and Dalton was not able to enter the university for a reason to be a Quaker.
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A proposal of the atomism is big above all when I think about the achievements.
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The theoretical soil which gave an atomic nucleus interaction directly on thinking about the root of the material in Physical Society of the early 19th century when Dalton studied it, and examined a result was poor.
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He actually assumed an atom as the conclusion that thought about the mass ratio of the material concerned with a reaction while he thought about whether the way of thinking did how it, and it was established while Dalton approached it from the side of the chemical reaction and thought about a ground of “the law of multiple proportion” to say in now. The size of the atom does not need to be main interest in such consideration, too.

Business results of Dalton
Distance about reaction and the distance that is unrelated to a reaction become important for the consideration in the later nuclear reaction.
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I meet you how the center of the feeling mind of the times of Dalton can assume reaction itself against it, and a phenomenon whether the groups of the material which raised purity react, and changes in quality to a different material is feeling mind.
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In addition, Dalton leaves big work by the introduction of the physical quantity called “Joule” by the quantitative evaluation. In addition, because Dalton oneself was a color-blind person, even a study of the sense of color leaves work unfinished, and the word “ドルトニズム (Daltonism)” is still used.