2026年5月12日2026年5月2日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すバールーフ・デ・スピノザ‗【1632年11月24日 – 1677年2月21日】-5/12改訂 こんにちはコウジです。半年ごとの記事見直しです。 では、ご覧ください。内容を整理し、 主にリンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)vスピノザ全集 【スポンサーリンク】 【出典:1Wikipedia:神即自然を唱えた哲学者スピノザ(1632–1677)】オランダの哲学者をご紹介バールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza [baːˈrux spɪˈnoːzaː])です。本ブログでは物理学者や数学者を中心に取り上げていますが、 学問の背後にある「世界観」を形成した哲学者も紹介しておきたい と思います。スピノザはその中でも特に、後世の自然科学や倫理思想に 強い影響を与えた人物です。全く定量的な議論を行わなかった事例としてジョルダーノ・ブルーノ 等が思い浮かびますが定量的な表現を含んでいると言えば言える 議論をしていたのです。また、スピノザはその著作が後世に大きな 影響を与え、ラテン語名ベネディクトゥス・デ・スピノザ (Benedictus De Spinoza)でも知られています。そもそも、私がスピノザの名を思い出したのは太田氏の本、 「ガチョウ娘に花束を」のなかで‗アインシュタインの関連 で出てきた記述がきっかけです。その著作は現代の哲学や 倫理学においても重要な影響を持ち続けています。 彼の最も有名な著作は『エチカ』(Ethics)であり、 これは彼の倫理学的な思想を体系化したものです。スピノザの一元論スピノザの思想の中核には、「神即自然(Deus sive Natura)」 という概念があります。彼は神と自然を同一視し、宇宙を神 あるいは自然として一元的に捉えました。この思想は決して 無神論ではなく、むしろ宗教的な解釈にも独自の視点を提供しました。 具体的な思想は、宇宙を神や自然として一元的に捉えることを特徴とし、 無神論とは異なる考え方です。この思想では、宇宙自体が神や自然の 偉大なる存在であり、あらゆる現象や事象はその一部であると捉えられます。この考え方は、宗教的な解釈とも関連していますが、 独自の視点を提供することで、従来の宗教的な概念や信念 に新たな理解をもたらすことがあります。たとえば、 宇宙を神や自然として捉えることで、神秘主義や自然崇拝の観点から 宇宙や自然に対する畏敬の念や敬虔さが生まれる可能性があります。このような思想は、自然そのものに秩序と神聖さを見いだす 科学者にとって、共感しやすいものでもあります。スピノザ思想は、哲学や宗教の分野で議論されることがあり、 さまざまな宗教や信条の枠組みを超えて、宇宙や自然に対する 新しい理解や関係性を模索するための一助となるかもしれません。また、スピノザは人間の心理や倫理に関しても深く考察しました。 彼の倫理学は、人間が真の幸福を追求するために自然の法則に 従うことを強調しました。そのため、道徳的な行為は自然法則に 従うことによって生まれ、真の自由と幸福をもたらすと考えました。 多くの人にシックリくる考え方にも思えますね。ただ、残念なことに自然な思想ですのでスピノザの思想は 個人の自由と理性に重きを置くため、スピノザは個人の理性と自由を 重視しましたが、同時に国家の必要性も認めていました。彼にとって国家とは、人々がより安全に理性的な生活を送るための装置であり、単純に共同体的義務を否定する立場ではありませんでした。 徴税や兵役のような共同体的義務との親和性も持ちえたのです。スピノザの思想は当時の宗教的・哲学的な枠組みに挑戦し、 そのために当局から迫害されることもありました。しかし、 彼の影響は後世の哲学者や思想家に大きなインスピレーション を与え、その重要性は今日でも高く評価されています。 〆最後に〆 【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2024/04/01_初版投稿 2026/05/12‗改訂投稿舞台別の纏めへ 時代別(順)のご紹介 オランダ関係の紹介へ ライデン大学のご紹介へ 電磁気学の纏めへ 量子力学関係へ【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】(2024年4月時点での対応英訳) Introducing Dutch philosophersBaruch De Spinoza [baːˈrux spɪˈnoːzaː]. In the first placeIn the first place, this blog mainly introduces physicists and mathematicians, but I would like to introduce the people who have created the “world view” in these fields.Giordano Bruno comes to mind as an example of someone who did not engage in quantitative discussions at all, but whose arguments could be said to include quantitative expressions. Spinoza was also known by his Latin name Benedictus De Spinoza, as his writings had a great influence on later generations.In the first place, I remembered Spinoza’s name because of a description in Mr. Ota’s book “Flowers for the Goose Girl” in connection with Einstein. His works continue to have an important influence on modern philosophy and ethics. His most famous work is Ethics, which systematizes his ethical ideas.Spinoza’s monismAt the core of Spinoza’s thought is the concept of “Deus sive Natura.” He equated God and nature, and viewed the universe as either God or nature. This idea was by no means atheistic, but rather provided a unique perspective for religious interpretation. Concrete ideology is characterized by a unified view of the universe as God and nature, and is a different way of thinking from atheism. In this way of thinking, the universe itself is considered to be the great existence of God and nature, and all phenomena and events are considered to be a part of it.This idea is also associated with religious interpretation, but by providing a unique perspective, it can bring new understanding to traditional religious concepts and beliefs. For example, viewing the universe as God or nature can generate awe and reverence for the universe and nature from the perspective of mysticism and nature worship.In that sense, they are compatible with scientists who have a pious attitude.Spinoza’s ideas are often discussed in the fields of philosophy and religion, and may help us explore new understandings and relationships with the universe and nature, transcending the framework of various religions and beliefs.Spinoza also deeply considered human psychology and ethics. His ethics emphasized that humans follow the laws of nature in order to pursue true happiness. Therefore, he believed that moral behavior comes from following natural law and brings true freedom and happiness. This seems like an idea that would appeal to many people. Unfortunately, however, because it is a natural ideology, it has no affinity with the idea of paying taxes or annual tribute, or with the idea of imposing military service.Spinoza’s ideas challenged the religious and philosophical framework of his time, and for this he was sometimes persecuted by the authorities. However, his influence was a great inspiration to later generations of philosophers and thinkers, and his importance is still appreciated today.
2026年5月6日2026年4月26日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すゲオルク・レティクス_【コペルニクスと天動説をまとめた】‐5/6改訂こんにちはコウジです。半年ごとの記事見直しです。 では、ご覧ください。内容を整理し、 主にリンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)v天体回転論 【スポンサーリンク】 【1514/2/16 ~ 1574/12/4】 【画像出典:Wikipedia】 レティクスの『Narratio Prima』は、地動説を初めて 体系的に紹介した出版物として知られています。天文学のパイオニア・レティクスその名はGeorge Joachim Rheticus または Rhäticus, Rhetikus と記します。 (外国の方ですから正確にコピペしました。)天文学者レティクス (本名 Georg Joachim Iserin、後に von Lauchen / Rheticus を名乗る)は、 1514年2月16日、オーストリアのフェルトキルヒ(Feldkirch) で生まれました。 Encyclopedia Britannica+1幼少期には父親の医学職、ラテン語学校での教育を経て、チューリッヒ(Zurich) での学びののち、1533年からウィッテンベルク大学に進学し、1536年に 修士号を取得。その翌年 1537年にウィッテンベルクで数学と天文学の 教授職に就任します。 mathshistレティクスは 1539年から1541年 の間、ポーランドのフラウエンブルク(Frombork)で コペルニクスと共に暮らし、その理論を直接学びました。 mathshistory.st-andrews.ac.uk+2Encyclopedia Britannica+2その滞在中にレティクスは Narratio Prima(1540年)を執筆し、コペルニクスの地動説 (heliocentric model)を紹介する働きをします。これにより、 「De revolutionibus orbium coelestium」が出版されるきっかけを作った重要人物となりました。 mathshistory.st-andrews.ac.uk+2Encyclopedia Britannica+2また、彼は三角法(trigonometry)の分野でも業績を残しており、 Opus Palatinum de Triangulis という六つ全ての三角関数(正弦・余弦・正接など) を用いた表を含む著作を準備しました。これは彼の晩年後、 彼の弟子によって 1596 年に出版されます。 Encyclopedia Britannica+2mathshistory.st-andrews.ac.uk+2あえて他の道具を考えていくとすれば当時は数に 神秘的意味を見出す思想(数秘術など)も広く存在していました。 しかしレティクスは、そうした象徴的理解ではなく、観測と数学に基づく 天文学の体系化を志向した点に特徴があります。数秘術とはユダヤ教の発展と共に伝わってきた 「カバラ」と呼ばれる数の体系です。キリスト教の 色々な逸話に基づき数字一つ一つに意味を付けていきます。 13や7が比較的幸運な番号であるといった次第に 一つ一つの数字に意味が加わるのです。数秘術としてカバラは占い師が受け継いでいる体系です。 中世には王家の意思決定などの時に(真面目に)「議論」が カバラの流儀で交わされて実際の祭り事が行われていました。有名人ではミッシェル・ノストラダムスはフランス王家に仕え、 カバラの思想に基づき助言を与え地位を確立しています。 レティクスも何人かのパトロンのもとで研究を続けます。レティクス時代の宗教と政治また、当時の宗教は政治的にも力を持っていました。 特に中世以前はキリスト教の教えに従い 協会自治区が地方のあちらこちらにありました。 そうした経緯で、1096年から1303年にかけての期間には 聖地を確保するために十字軍が組織され、 大規模な軍事行動が行われました。斯様な時代背景のもと、16世紀前半に 宗教改革をしたマルチン・ルター(1483- 1546) によるコペルニクス(1473 – 1543)への批判が有名です。宗教が科学に対する影響は大きいのです。ルターは 聖書の一節であるヨシュアによる「日よとどまれ」(ヨシュア10:12~13)という言葉に着目しています。「地球が動いているのではなくて太陽が動いている」 という概念が聖書の中での世界観が天文学にも 適用される事が好ましい世の中だったのです。実験と経験を重視して考える思考は ルター思想の中では目立ちません。 ルターによれば千年以上前に著された 聖書の言葉が何より重いのです。 それだからルターはコペルニクスの 考えを受け入れていないのです。教会が権威を持ち堕落しているとの批判的な観点から ルターは神の言葉としての「聖書の文言」 を大事にする聖書絶対主義を掲げました。キリスト教の中でもプロテスタントとカソリックが 天文学に対して異なる見解を示します。科学に対してキリスト教が偏見を持っていた事情は1973年に ヨハネ・パウロ二世が「ガリレオ裁判の過ち」を 公式に謝罪する事態に至ります。レティクスとコペルニクス精力的にレティクスはコペルニクスを支持し続けました。 時代背景にも関わらず、レティクスは地動説(コペルニクス説) を積極的に支持し、その普及に尽力しました。。 コペルニクスの死後まもなく発刊された 「天球の回転について」 において地動説を形にします。後世の天文学者が大事に使っていく概念を作り上げたのです。 いわゆる「コペルニクス的転回」が大部分の人に 理解されなかった時代に、 レティクスは理解と復旧を進めました。■前後リンク(必須)◀ 前の人物:コペルニクス(1473年) ▶ 次の人物:ケプラー(1571年)👉 レティクスは「橋渡し役」なのです。■この分野の物理学者(革命の流れと天文学革命)・プトレマイオス(天動説) ・コペルニクス(地動説の提唱) ・レティクス(地動説の普及) ・ケプラー(惑星運動の法則) ・ガリレオ(観測による実証)〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2022/10/05_初版投稿 2026/05/06‗改訂投稿舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 電磁気関係へ オーストリア関連のご紹介へ AIによる考察(参考)ーこのサイトはAmazonアソシエイトに参加していますー(2022年10月時点での対応英訳)Rheticus is an astronomerI write down the name with George Joachim Rheticus or Rhäticus, Rhetikus. (because he was foreign one, I copied and pasted it exactly.) Rheticus is an astronomer born in Austria.After having put the mathematical quality in felt Kirch, Zurich, Wittenberg, Rheticus begins to work as a professor in Wittenberg University in 1537. And, during two years after two years later, Rheticus lived with Copernicus. They affected each other. The Newton dynamics was not there at that time, and there was no understanding about the electromagnetism, too. They must study Dynamics to be usable as preparations was astronomy and mathematics.Era of Rheticus There was a system of the number called “The Cabala” that came with development of Judaism if I think about other learmings daringly. They add a meaning to one one number based on Christian various stories. They gave a meaning to each gradually each number to be the number, that 13 and 7 are relatively lucky. This thought is the system which a fortune-teller still inherits as a number secret art. They had done such a “discussion” at the time of decision making of the royal family seriously in the Middle Ages, and every real festival was held. Michelle, nostole dams served a French royal family in the famous people and Michelle gave advice based on Cabara and establish a position. Rheticus continues studied it with some patrons, too.On the oyher hand, the side that religion at the time had power politically was very strong. There was an association autonomous district in local many places according to Christian teaching before the Middle Ages in particular. They had organized Crusade to secure a “sacred place as process” in the times of the Crusade during a period from 1096 through 1303, and they had carried out a large-scale military campaign.Rheticus and ReligionCopernicus criticism by Martin Luther who did the Reformation in the cause, the early 16th century of the background in such times has it pointed out. Religion has a big influence on science. By Jehosua who is one node of the Bible as for Luther “stay a day”, and pay the attention to the word (Jehosua 10:12 – 13). It was the world where it was preferable for a view of the world in the Bible, “the earth did not move, and the sun moved” to be applied to astronomy. The thought to focus on an experiment and experience in the thought of Luther, and to think about is not founded. Words of the Bible written according to Luther more than 1,000 years ago are heavy Important above all. Because it is it, Luther does not accept a thought of Copernicus. Luther raised the Bible aesthetic absolutism to take good care of “the words of the Bible” as words of God from a critical point of view that Chnrch was corrupted if they paid a church for too many authority. In addition, Protestantism and a Roman Catholic show a different opinion for astronomy in Christianity. that the circumstances that Christianity prejudiced against for science continue until John Paul II apologizes for “the mistake of the Galileo trial” formally in 1973Rheticus continues supporting Copernicus without being concerned in the background in those days and pushes forward the Ptolemaic theory. Rheticus made the Ptolemaic theory a form in “about the turn of the celestial sphere” published soon posthumously of Copernicus. Rheticus made up the concept that a later astronomer used carefully. In the times when so-called “Copernican change” was not understood by most people, Rheticus pushed forward understanding and restoration.
2026年5月3日2026年4月23日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すアルキメデス【兵器を発案し円周率を推定(幾何学的考察)した多彩な人】-5/3改訂 こんにちはコウジです。半年ごとの記事見直しです。 では、ご覧ください。内容を整理し、 主にリンクを見直しました。 現時点での英訳も考えています。 (以下原稿です)v天秤の魔術師 【スポンサーリンク】 【Photo:Wikipedia:Greek philosopher Archimedes in his bath – 16th Century carving.】【紀元前287年頃 ~ 紀元前212年】多彩な人であったアルキメデス【英:Archimedes・希: Ἀρχιμήδης】 アルキメデスは、古代ギリシアの数学者で、物理学者で、 技術者で、発明家で、天文学者です。 古代においてのトップクラスの科学者といえます。 鉤爪の兵器や光線の兵器を発案する一方で、 多角形をつきつめて円周率を推定していたりしました。円周率の概念を確立具体的にはアルキメデスは、円の面積を正確に求めるために、 円の内側と外側に多角形を配置する方法を考えました。例えば、円の内側に正六角形を描くと、 その面積は必ず円より小さくなります。 逆に、円の外側に正六角形を描けば、 その面積は円より大きくなります。このように「内側の多角形」と「外側の多角形」で 円を挟み込むことで、円周率πの値を 徐々に絞り込むことができるのです。アルキメデスは最終的に96角形まで 拡張し、πが「3より大きく、約3.14より小さい」ことを導きました。これは、極限の考え方に通じる極めて先進的な手法でした。 六角形と五角形で考えていけばπの精度は更に向上。 最初に思いついたアルキメデスは偉い! という話なのです。 浮力の概念の確立そもそも当時、王冠の加工で疑惑が生じていました。混ぜ物をした疑惑で 金細工の職人が疑われました。理論で白黒つけようとなりました。そこで出てきた アルキメデスが実験で立証したのです。「王冠と同じ質量の金塊を用意し、 これと王冠を天秤棒に吊るしてバランスが取れることを確認した後に、 天秤棒に吊るしたまま両方とも水を張った容器に入れました。」 今の問題は金の密度です。 混ぜ物があれば密度が変わる。空気中では天秤棒は、てこの原理によりバランスが 保たれています。てこの原理は水中でも変わらないので、もし金塊の体積と王冠の 体積が同じであれば、つまり金塊の密度と王冠の密度が同じであれば、 両方を水中に沈めても、天秤棒のバランスは保たれるはずである。 結果は水に入れたらバランスが崩れたのです。王冠と金塊の密度が違います。 金細工師は不正を働いていました。 誰が見ても明らかです。同時に アルキメデスはこうした立証の中で 浮力の原理を明確にしました。金細工師は死刑になったと伝えられるています。アルキメデスは古代ローマと同時代に生きた人で、彼の人生の詳細は、死後ずっと後の歴史家たちが断片的な 記録をもとに再構成したものです。そのため、 事実と伝説が入り混じっている部分もありますが、それほどまでに 後世の人々が彼を尊敬し、語り継ごうとした証でもあります。歴史上の人物は誰しも記録に頼る 部分があるのですがアルキメデス の場合は特に死後何百年経ってから 編纂されたとされており、それ故に 不確かな部分が多いです。何より アルキメデスは多くの仕事を残しました。アルキメデスの評価アルキメデスの友人や弟子たちが彼の伝記を残していなかったため、彼の人生で唯一、確実に記録されているのは、戦場での最後の瞬間だけです。しかしその一場面が、彼という人の「真剣な探求心」を象徴しています。アルキメデスがローマ軍の シラクサ攻囲戦で死んだことが、 彼の死に関する故事の記述から 正確に判明しているのです。 例えば、アルキメデスの生年は、 死んだ日時の年齢から逆算して 「推定」されています。アルキメデスの関心は「美しい理論の構築」にありました。純粋に数学的な論理体系を追求する姿勢がありつつも、その理論が現実の技術や装置に応用できる点でも卓越していました。つまり、理論と実践のどちらにも価値を見出し、“考える科学”と“使う科学”を両立させた最初期の人物だったのです。具体的にアルキメデスの原理とは、「水や空気といった流体の中にある物体には、押しのけた分だけ上向きの力が働く」 という発見です。当時は“圧力”という概念がまだ存在していませんでしたが、アルキメデスは、理論的な思考だけで“目に見えない力”の 存在を導き出しました。対象が占めている空間が、 まわりの流体に与える反作用を考え、それを 「浮力」として説明したのです。観察と論理の両面から法則を見抜いた点が、 彼の真骨頂といえます。定式化された形としては、 「流体(液体や気体)中の物体は、対象となる物体が 【押しのけている流体の重量】と同じ大きさで (ベクトル的に)逆向きの浮力を受ける」 という原理です。このような「自然を数と理論で説明する」という姿勢は、 後のニュートンへと受け継がれていきます。他、円周率や数列で アルキメデスは仕事を残しています。アルキメデス最後の逸話話戻って、アルキメデスの亡くなる時のお話です。 その評判を知っていた指揮官・マルケッルスは、 アルキメデスには危害を加えないよう指示しました。彼の家にローマ兵が入ってきた時、アルキメデスは 砂盤(今でいえばノートの役割)に描いた図(円形) の上で、何か考えこんでいました。 入り込んだ部屋がアルキメデスの部屋だとは理解していない ローマ兵が名前を聞きましたが、没頭していたアルキメデス は無視し、そのことに兵は腹を立てアルキメデスを殺したのです。アルキメデス最期の言葉は 「私の円をこわすな!」(Noli turbare circulos meos!) だったと言われています。そのローマ人は命令に反し、 アルキメデスを殺害してしまったのです。そして、後にアルキメデスを殺害してしまった事を とても遺憾に思い、苦慮したと言われています。そんなアルキメデスは、理論と実験を結びつけることで、 自然法則を“理解できるもの”へと変えた最初期の科学者でした。。■前後リンク(数学→物理への流れ)◀ 前の人物: ピタゴラス(数による世界理解)▶ 次の人物: ガリレオ・ガリレイ(実験科学の確立)👉 流れ:数 → 幾何 → 実験科学■この分野の物理学者 ■古典力学・数学物理の系譜・ピタゴラス(数の思想) ・アルキメデス(幾何と力学) ・ガリレオ(実験科学) ・ニュートン(古典力学の完成)👉〆 以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com 2022/01/06_初稿投稿 2026/04/03‗改訂投稿サイトTOPへ 舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 AIでの考察(参考)【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】【2022年1月時点での対応英訳】[English: Archimedes / Greeks: Ἀρχιμήδης] Archimedes is an ancient Greek mathematician, physicist, engineer, inventor, and astronomer. He is one of the top scientists in classical antiquity. He devised claw weapons and ray weapons, and used polygons to estimate pi.Archimedes was a person who lived in ancient Roman times, and his life was estimated based on records by historians of the later world after Archimedes died.Every historical figure relies on records, but Archimedes is said to have been compiled hundreds of years after his death, so there are many uncertainties. Above all, Archimedes left a lot of work.Archimedes’ friends and others have not left the biography,and only the last moment supported by the war record is known exactly.Archimedes died in the Roman siege of Syracuse, exactly as the story of his death reveals.For example, Archimedes’ year of birth is “estimated” by back-calculating from the age of his death.Archimedes’s interest is in the construction of a logical system based on a pure theoretical structure based on aesthetics, and the practical aspect is remarkable.Specifically, what is Archimedes’ principle? It is a law in fluid mechanics discovered by Archimedes. Before discovering the parameter of pressure He took advantage of the one-sided effect of pressure. The part where there was an object to think logically He considered the force exerted by space as buoyancy.As a formalized form, “An object in a fluid (liquid or gas) is a target object. With the same size as [the weight of the fluid being pushed away] Receives buoyancy in the opposite direction (vectorly) ” Is the principle. In addition, in pi and sequence Archimedes is leaving work.Returning to the story, it is the story of Archimedes’ death. Marcus, a soldier who knew his reputation, He ordered to his stuff as Archimedes not to harmed ! When Roman soldiers entered his house, Archimedes Figure (circular) drawn on the sandboard (the role of a notebook now) On top of that, Archimedes was thinking about something. The Roman doesn’t understand that the room he entered isArchimedes’ room.Roman soldiers heard the name, but Archimedes was absorbed Ignored, and the soldiers got angry and killed Archimedes.Archimedes’ last words “Don’t break my circle!” (Noli turbare circulos meos!)It is said that it was. Military personnel violate orders, about Archimedes. He is said to have suffered because he was very regrettable to had killed Archimedes.
2025年11月3日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す昨夜の「数学白熱教室」 【2015-11-28投稿分_谷山氏_フェルマーの定理】 NHKのEテレの「数学白熱教室」第三回を見た。いつもの通りで途中で少し眠ったようだが、多分後半の重要なところは見た。フェルマーの定理から、谷山・志村・ヴェイユ予想へと話が進む前の数論と方程式の解の話もおもしろかった。よくわかったというわけではないが、不思議なものがそこにあるという感覚は感じ取れた。ワイルズともう一人の研究者のフェルマーの最終定理の解決も実は谷山・志村・ヴェイユ予想の解決であり、それとフェルマーの定理とが密接に関係しているという話も興味深かった。またこれはフレンケルが現在研究しているラングランズ・プログラムの一例になっているという。もともとフェルマーの定理はピタゴラス数の拡張として考えられたとの説明は数学がどうやって広がっていくかを示した話であったと思う。ピタゴラス数として3, 4, 5のつぎは13,12, 5であるが、そこらあたりまでなら誰でも知っているだろう。だが、それらよりも大きい数にもピタゴラス数はある。谷山さんは自ら命を絶った数学者であるが、彼は不思議な予想能力があった人だったという。一方、志村さんは今でも生きていて、ちくま学芸文庫に数冊本を書き下ろしている。でも妻によれば私の眠っていたときの話は素数にある種の対称性があるという話だったという。そういう話だとフレンケルさんの話でなくとも誰か数学者が本に書いてあってもいいはずだと思う。だから、どれかの数学の本で読むことができるかもしれない。(2024.3.23付記)その後、志村さんも亡くなったが、いつなくなったのかは覚えていない。だが、最近まで存命だったことは確かである。 〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近は全てに返事が出来ていませんが 問題点に対しては 適時、返信・改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/11/03_初版投稿サイトTOPへ
2025年1月1日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残すあけましてオメデトウございます。今年も宜しくお願い致します。【@2025元旦】_1/1投稿 こんにちはコウジです。 「オメデトウございます」の原稿を投稿します。投稿前に誤字がありました。 細かい文章も再考しています。しっかり正確に。 そして沢山情報が伝わるように努めます。 (以下原稿)あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。個人として今年は新しいことを色々と始める積りですので 物理学の考察には時間を使わなくなってくると思えます。昨年度のノーベル賞受賞を思い出してみても、 AI関連での発展が顕著なので、そうした考察を追いかけます。先ずは新しい知見である「プログラム学習」を身に付け、 次々と最新トレンドを追いかけられるように体制を整えます。その中で、進展に合わせて過去の科学史を振り返り 新しい意義を考察していきたいと思うのです。 (年初は書評の再考、サイト内リンクの確認をします)実際、A8が運営するFanBlogが4月で閉鎖するという情報があるので 本ブログからのリンクをチェックしていかないといけませんね。今年も宜しくお願い致します。〆【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2025/01/01_初稿投稿時代別(順)のご紹介 アメリカ関係へ 電磁気関係へ 熱統計関連のご紹介へ【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】
2024年3月17日2024年3月17日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す【改訂】東大が量子コンピューターを2023年秋に導入(IBM社製‗127量子ビット) こんにちはコウジです! 「東大が量子コンピューター」の原稿を改定します。 今回の主たる改定は新規追記分の補完です。 大分長いこと改定していませんでしたね。初見の人が検索結果を見て記事内容が分かり易いように再推敲します。SNSは戦略的に使っていきます。そして記述に誤解を生む表現がないかを チェックし続けてます。ご意見・関連投稿は歓迎します。(写真は従来の基盤の写真です)以下投稿の内容は2023/04/22の 日経新聞記載の情報メインです。現代の情報だと考えて下さい。新聞記事を離れた所で冷静に考えていくと 税金の使い道の話でもあります。 日本国民の皆様が一緒になって考えて、 出来れば知恵を出し合えたらより良い展開に つながる類の話題なのです。しかし、 実のところ、大多数の日本国民は 「量子コンピュータ?言葉は聞くけれども…」 って感じで内容が議論されていません。 議論を喚起しましょう。本記事では私論を中心に語ります。但し、 記載した量子ビット数は何度も確認しています。ニュースのアナウンサーも語れる内容が少ない のでしょう。そんな中で東大本郷キャンバスでは 記者会見が開かれ、IBM社のフェローが 「有用な量子コンピューターの世界がすぐそこまで来ている」 と語っています。物理学を専攻していた私でも多分野において下調べが必要です。 当面、「ラビ振動」、「共振器と量子ビットの間の空間」 「ミアンダの線路」、「量子誤り訂正」といった概念を 改めて理解し直さないと最新の性能が評価できません。特に理化学研究所に導入された機種は 色々な情報が出ていて教育的です。対して 東大が導入するIBM社製の量子コンピューターは トヨタ自動車やソニーグループなど日本企業12社での 協議会による利用を想定していて、 利益享受を受ける団体が限られています。 今後の課題として利用の解放(促進)が望まれます。 東京大学が川崎拠点に導入既に27量子ビットを導入している川崎拠点に2023年の秋に 127量子ビットの新鋭機を導入する予定です。 経済産業省は42億円の支援を通じて計算手法等の 実用面へ向けての課題を解決していく予定です。一例としてJSR(素材メーカー)が「半導体向け材料の開発」 を想定して活用する方針を打ち出しているようですが 具体的にプロジェクトに参加する事で得られるメリットを 明確にする作業は大変そうです。現時点での量子コンピューターの国内体制報道では「量子ビット」の数に着目した表現が多いです。 実際に理化学研究所では2023年の3月に64量子ビットの 装置を導入して研究を進めています。また、英国のオックスフォード・クァン・サーキッツ は都内のデータセンターに今年の後半に量子コンピューター を設置予定で外部企業の利用も想定しています。対して米国のIBMでは433量子ビットのプロセッサーが開発 されていて、2023年度中には1000量子ビットの実現、 2025年度には4000量子ビット以上の実現を計画しています。 EV電池開発に革新的貢献ができるか一例としてIonQ社とHyundai Motor社は共同で 量子コンピューターに対するバッテリー化学モデル を開発しています。(2022年2月発表~)実際に同社は新しい変分量子固有値ソルバー法 (VQE:Variational Quantum Eigensolver)を共同で開発してます。 開発目的はバッテリー化学におけるリチウム化合物や 化学的相互作用の研究への適用です。 特定の最適化問題を解決するVQEは原理的に 量子コンピューターと親和性が良いです。 変分原理を使用し、ハミルトニアンの基底状態エネルギー、 動的物理システムの状態の時間変化率を考えていくのです。 計算上の限界で、既存システムでは精度に制約がりました。 具体的に酸化リチウムの構造やエネルギーのシミュレーション に使用する、量子コンピュータ上で動作可能な バッテリー化学モデルを共同開発しています。 リチウム電池の性能や安全性の向上、コストの低減が進めば EV開発における最重要課題の解決に向けて効果は大きいです。 【実際、EV価格の半分くらいはバッテリーの価格だと言われています】〆ハイブリット英会話スタイルで伸ばす「アクエス」 【スポンサーリンク】以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2023/04/23_初稿投稿 2024/03/17‗改訂投稿舞台別のご紹介へ 時代別(順)のご紹介 【このサイトはAmazonアソシエイトに参加しています】
2022年9月25日2022年9月15日に投稿 投稿者 元)新人監督 — コメントを残す【Topic_2021/05/17投稿_9/25改定】次世代加速器計画【ILC】 2021/5/10の日経新聞記事の情報を基本として トピックをお知らせします。日米欧の計画で進む国際リニアコライダー(ilc) は新しい物性物理学の理論において 突破口を開くと期待されます。 また経済面でも期待され、 「科学のオリンピックを30年続ける」 ような効果があると評価する人々もいます。また、日本学術会議は「事故対策」「不確定要素」 を懸念しています。そんな中で、宇宙が誕生した 状態を再現することを目的としていて 新しい理論に繋がる実験を計画しています。実際に 建設する予定は東北地方の北上山地が予定地 となっており2035年ころの稼働を目指しています。 総建設費は8000億円となります。大きさは全長最大で20キロメートルで 小柴氏・梶田氏がノーベル賞を受けたヒッグス粒子を 大量に作ります。実験の姿としては 両側から+とー(プラスとマイナス)の 電荷を其々帯びた電子と陽電子を発射して 光速度近くまで加速した上で衝突する事で 大量のヒッグス粒子が発生する姿を観測 しようというものです。ヒッグス粒子は物質に質量を与える 素粒子であると考えられていて 欧州合同原子核研究機関(cern)にある 巨楕円形加速器「lhc」で2012年に観測されています。現代物理学で注目される微粒子なのです。その数は理論的には1種類とも5種類とも言われ、 実際の実験結果が期待されます。また、 全宇宙の1/4を占めると言われるダークマター の発見も期待されます。同様な計画は中国でも進んでいるようで、 こちらの動きも注目されます。アニメのエバンゲリオンに出てくるような 未知の粒子が制御出来るとしたら 素晴らしいですね。新聞を読んだ時は計画の推進面だけしか 分かりませんでしたが、実際問題を含んでいて、 乗り越えるべき障壁もあります。今後の情報をもって再度、 話題を改定したいと思います。 〆以上、間違い・ご意見は 以下アドレスまでお願いします。 最近全て返事が出来ていませんが 全て読んでいます。 適時、改定をします。nowkouji226@gmail.com2021/05/17_初回投稿 2022/09/25_改定投稿纏めサイトTOPへ 舞台別のご紹介へ