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大栗博司
【おおぐり ひろし‗1962年生まれ ~ ご存命中(2025/3月確認)】‐4/20改訂

こんにちはコウジです。

半年ごとの記事見直しです。
では、ご覧ください。内容を整理し、リンクを見直しました。
現時点での英訳も考えています。
(以下原稿です)


【Photo:aspen center for physics_Hirosi Ooguri】

はじめに

今回、ご存命中の物理学者の紹介です。
思いっきり現役の学者さんをご紹介します。
カリフォルニア工科大学の大栗博司氏です。
特に個人的な面識はありませんが
研究内容・研究室運営・期待感が圧倒的に魅力的なのです。

父から娘に贈る数学
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その研究内容

私にとって最も興味深い一面は研究内容です。大栗氏は
現代物理学での最先端だと言える「ひも理論」を研究しています。
竹内薫の「超ひも理論」を読んで、私が初めて理論を考え始めた時期には
ひも理論が10次元の視点を持っている点が面白く思えました。

相相対性理論では時空は4次元として記述されますが、
ひも理論では量子力学との整合性を保つために、
より高次元の空間(10次元など)が必要になるとされています。

私が初めてこの考え方に触れたとき、
「私たちが認識している次元の背後に、より高次の構造があるのではないか」
という点に強い魅力を感じました。。その時期はひも理論は
詳しく追いかけていません。今でも理論を語れるとは
思えないほどですが、どうしても気になっていました。

その後、
2023年の2月の終わりに日経新聞で改めて紹介されているのを見て

本記事の記載に至りました。この理論の紹介は外せません。

特に初学者が分かり易い言葉を使ってご紹介いたします。
物理学の世界で今も進んでいる部分が伝われば幸いです。

日経記事ではカリフォルニア工科大学のジョン·シュワルツらが
「超弦理論」で1984年に大きな成果を上げた時期に、大栗氏が

「米国から3ヶ月遅れの船便で届く論文を心待ちにし、
むさぼるように読んで魅了されました」

と伝えています。(カッコ内は大栗氏の言葉でしょう。)
ご自身の関心を拡げたわけです。
新しい情報に食らいつくことは大事です!

【新聞からの引用部分は太字にしています(以下同様)】

その後、大栗氏は東京大学に進み理論を極めていきます。大栗氏は語ります。「理論物理学者には実際に密接に関わって新現象や新粒子を見つけるタイプと、長い目で見て理論的枠組みや普遍的な数学的手法を開発するタイプが居ます。僕は後者の方です。」 そして、量子力学と相対性理論を合わせて考える究極の統一理論の考えだします。具体的には重力を量子力学に取り組んでいこうと考え、宇宙誕生のメカニズムを踏まえて、大栗氏は紐理論の研究を進めるのです。

大栗氏の華麗な足跡

大栗氏は京都大学でマスターをとり、東京大学でドクターをとります。
その後、プリンストン、シカゴ大、京都大UCBなどを経て
カリフォルニア工科大学で教鞭をとっています。
シカゴ大学で大栗氏を誘ったのは40歳も年が離れた南部陽一郎でした。

(カリフォルニア工科大学では今でも教えています)また、
パリ第六大学で客員教授をされていた時期もあったそうです。

終身理事等のタイトルを持ち、今も活国で活躍されています。
科学史の舞台となった場所が次々出てくるのです。
ご自身のブログで「PHYSIC TREE」と題して思考形成の流れ
を記録していました。最善の仲間を作った様子が分かります。

その研究室での活動は活発で現在でも各国から
研究者を受け入れて議論を進めています。
カリフォルニア工科大学内で
ご自身のブログも開設されていて
数年前まではブログも頻繁に更新していたようです。
(カルテックでのブログは2021年3月頃まで確認してました)

大栗氏は語っています。

「超弦理論が究極の理論として正しい解であるかは分からない。
しかしこれまでに試された理論の中では最良である。」
と考えは変わらなかった。
「不易流行という言葉があります。」。

『不易(本質的)なものを目指して「統一理論(重力と量子力学の統合)」
の世界に至る為に、超弦理論という「流行」へ飛び込んだ』
と大栗氏は述べています。もっとも正しい
と思える道を突き進んでいるのです。

 

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2023/03/30‗初稿投稿
2026/04/20‗改訂投稿

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アレクサンダー・グラハム・ベル
【Alexander Graham Bell‗1847年3月3日 ~1922年8月2日】 — 声を「距離」から解放した発明家 —4/20改訂

engrand

こんにちは。コウジです。
新規投稿文の調整です。

リンクなどを改定しました。
ご覧ください。(以下原稿)

私たちは日常的に、遠く離れた相手と音声で会話をしています。しかし、この当たり前の行為は、かつては不可能と考えられていたものでした。

音を電気信号として伝えるという発想を現実のものとし、
「電話」という革新的な装置を生み出した人物がいます。

アレクサンダー・グラハム・ベルは、通信技術の歴史を根本から変えた
だけでなく、聴覚や音声に関する研究を通じて、人間のコミュニケーション
そのものに新たな可能性を開きました。

本記事では、ベルの「業績」「人物像」「後世への影響」を軸に、
その研究人生と知的遺産を丁寧に読み解いていきます。


アレクサンダー・グラハム・ベルの業績概略 — 電話の発明と通信革命

音声を電気に変えるという発想

ベルの最大の業績は、音声を電気信号に変換し、それを遠距離へ
伝送する技術の確立にあります。
従来の電信はモールス信号のような
単純な信号しか送ることができませんでしたが、ベルは
「人間の声そのものを伝える」という新しい課題に挑みました。

その結果として誕生したのが電話であり、1876年に特許を取得
したこの発明は、世界中の通信のあり方を一変させました。

電話の実用化と普及

ベルは単に発明を行うだけでなく、その実用化にも尽力しました。
電話会社の設立や技術改良を通じて、通信網の整備が進み、
音声通信は急速に社会へと広がっていきました。

これにより、人と人との距離は大きく縮まり、
現代社会の基盤となるコミュニケーション手段が確立されていきます。

聴覚研究と教育への貢献

ベルは電話の発明者として知られていますが、
もともとは聴覚や発声に関する研究者でした。

特に聴覚障害者の教育に強い関心を持ち、音声教育の方法を
研究し続けました。
この研究は、単なる工学的成果にとどまらず、
人間の感覚とコミュニケーションの理解を深めるものでもありました。


アレクサンダー・グラハム・ベルの人物像
— 研究と社会をつないだ実践者

スコットランドからアメリカへ

ベルはスコットランドのエディンバラに生まれました。その後、
家族とともにカナダを経てアメリカへ移住し、新しい環境の中で
研究と教育の活動を開始します。
彼の国際的な移動は、
当時の科学と産業の中心地へと接続する重要な要素となりました。

ボストンでの研究と教育活動

ベルはアメリカのボストンにおいて、聴覚障害者の教育に従事しながら
研究を進めました。
ボストン大学では音声生理学の講師として活動し、
この時期に音と電気の関係についての研究を深めていきます。
電話の発明は、まさにこの研究環境の中から生まれたものでした。

発明家としての実行力

ベルの特徴は、理論だけでなく実際の装置として完成させる実行力にありました。
彼は研究成果を社会に実装することを重視し、その結果として
電話という形で世界に影響を与えることになります。
この姿勢は、
研究と社会を結びつける重要性を示していると言えるでしょう。


後世への影響 — 現代通信社会の原点

通信インフラの基盤形成

ベルの発明した電話は、現代の通信インフラの出発点となりました。
その後のインターネットやモバイル通信も、「情報を遠距離に伝える」
という基本思想の延長線上にあります。

情報社会への転換

音声通信の普及は、人間のコミュニケーションのあり方を大きく変えました。
距離による制約が緩和されることで、
経済活動や社会構造にも大きな影響を与えたと考えられます。

科学と社会の関係への示唆

ベルの人生は、科学的発見が社会と結びつくことで初めて
大きな価値を持つことを示しています。
現代においても、技術革新を
どのように社会へ実装するかという課題は重要であり続けています。


まとめ:声をつなぐことで世界を変えた発明家

アレクサンダー・グラハム・ベルは、音声という人間の最も基本的な
コミュニケーション手段を、距離の制約から解放しました。

その成果は、単なる技術的発明にとどまらず、
社会の構造そのものに影響を与えるものでした。

彼の研究は、理論・実践・社会の三者を結びつけることで、
新しい価値が生まれることを示しています。

そしてその影響は、現代の情報社会においても
なお続いていると言えるでしょう。


〆さいごに〆

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以下のアドレスまでご連絡ください。

内容については確認のうえ、
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(以下、2026年4月時点での対応英訳)

Date of Birth: March 3, 1847
Date of Death: August 2, 1922

Today, we routinely speak with people far away through voice communication. However, this seemingly ordinary act was once considered impossible.

There was a man who turned the idea of transmitting sound as electrical signals into reality and created the revolutionary device known as the telephone.

Alexander Graham Bell not only fundamentally transformed the history of communication technology, but also opened new possibilities for human communication itself through his research on hearing and speech.

In this article, we will carefully examine Bell’s research life and intellectual legacy through three key perspectives: his achievements, his character, and his influence on later generations.


Overview of Alexander Graham Bell’s Achievements — The Invention of the Telephone and the Communication Revolution

The Idea of Converting Sound into Electricity

Bell’s greatest achievement lies in establishing the technology to convert sound into electrical signals and transmit them over long distances.

Traditional telegraph systems could only send simple signals such as Morse code. Bell, however, took on the entirely new challenge of transmitting the human voice itself.

The result was the telephone. Patented in 1876, this invention dramatically transformed communication around the world.


Practical Implementation and Spread of the Telephone

Bell did not stop at invention; he also worked toward practical implementation.

Through the establishment of telephone companies and continuous technological improvements, communication networks expanded rapidly, and voice communication spread throughout society.

As a result, the distance between people was greatly reduced, and a fundamental communication method of modern society was established.


Contributions to Hearing Research and Education

Although Bell is best known as the inventor of the telephone, he was originally a researcher of hearing and speech.

He had a strong interest in the education of people with hearing impairments and continuously studied methods of speech education.

This work went beyond engineering achievements, contributing to a deeper understanding of human perception and communication.


Character of Alexander Graham Bell — A Practitioner Who Bridged Research and Society

From Scotland to America

Bell was born in Edinburgh, Scotland.

He later emigrated with his family to the United States via Canada, where he began his work in research and education within a new environment.

His international movement connected him to the centers of science and industry at the time.


Research and Teaching in Boston

In Boston, Bell conducted research while working in the education of the hearing impaired.

At Boston University, he served as a lecturer in vocal physiology, deepening his research on the relationship between sound and electricity.

The invention of the telephone emerged precisely from this research environment.


Execution as an Inventor

One of Bell’s defining traits was his ability to transform theory into practical devices.

He placed great importance on implementing research outcomes in society, ultimately influencing the world through the invention of the telephone.

This approach highlights the importance of linking research with real-world application.


Influence on Later Generations — The Origin of Modern Communication Society

Foundation of Communication Infrastructure

The telephone invented by Bell became the starting point of modern communication infrastructure.

Later developments such as the internet and mobile communication can be seen as extensions of the fundamental idea of transmitting information over distance.


Transition to the Information Society

The spread of voice communication significantly transformed the nature of human interaction.

By reducing the constraints of distance, it also had a major impact on economic activity and social structures.


Implications for the Relationship Between Science and Society

Bell’s life demonstrates that scientific discoveries gain their full value when they are connected to society.

Even today, the challenge of how to implement technological innovation in society remains highly important.


Conclusion — The Inventor Who Changed the World by Connecting Voices

Alexander Graham Bell freed one of humanity’s most fundamental means of communication—voice—from the constraints of distance.

His achievement was not merely a technological invention, but one that transformed the very structure of society.

His work shows that new value emerges when theory, practice, and society are brought together.

And its influence continues even in today’s information-driven world.

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ジョン・スチュワート・ベル【1928年7月28日 ~1990年10月1日】— 量子世界の常識を問い直した理論物理学者 —4/19改訂

こんにちは。コウジです。
新規投稿文の調整です。

リンクなどを改定しました。
ご覧ください。(以下原稿)

【Photo:Wikipedia‗physicist John Bell at CERN, June 1982】

量子力学は、20世紀最大の科学的成果の一つであると同時に、
最も直感に反する理論の一つでもあります。

粒子は同時に複数の状態をとり、遠く離れた粒子同士が
瞬時に影響し合う――こうした奇妙な性質は、
多くの物理学者に深い疑問を投げかけてきました。

こうした問題に対して、「その奇妙さは本当に現実なのか」
という根本的な問いを投げかけた人物がいます。

ジョン・スチュワート・ベルは、「ベルの不等式」
と呼ばれる理論を通じて、量子力学の本質に新たな光を当てました。

彼の研究は、単なる理論的議論にとどまらず、
後に実験によって検証され、量子論の理解を大きく変えることになります。

本記事では、ベルの「業績」「人物像」「後世への影響」を軸に、
その静かで深い探究の軌跡を丁寧に読み解いていきます。


ジョン・スチュワート・ベルの業績概略
— 量子の「見えない前提」を暴いた理論—

量子力学の抱える問題とは何か

量子力学は非常に成功した理論でありながら、
その解釈には長年の議論がありました。

特に問題となったのは、
「量子状態は観測されるまで確定しないのか」
という点です。

この問題に対しては、「隠れた変数」が存在し、
実際には状態はあらかじめ決まっているのではないか
という考え方もありました。

ベルの不等式の発見

ベルは、この「隠れた変数理論」が成立するならば、
観測結果には特定の統計的制約が現れるはずだと考えました。

その結果として導かれたのが「ベルの不等式」です。

この不等式は、もし世界が古典的な直観(局所性と実在性)
に従っているならば、必ず満たされる関係式を示しています。

しかし量子力学は、この不等式を破る予測を与えます。

量子もつれと非局所性の確立

後の実験により、実際にベルの不等式は
破られることが確認されました。

これは、自然界が「局所的な隠れた変数」
によって説明できないことを意味しています。

その結果、量子もつれと呼ばれる現象が、
単なる理論上の奇妙さではなく、現実の性質であることが明らかになりました。

この発見は、物理学における
世界観そのものを変えるものであったと言えます。


ジョン・スチュワート・ベルの人物像 — 本質を問い続けた思索の人

北アイルランドに生まれた物理学者

ベルは1928年、イギリス領北アイルランドのベルファストに生まれました。

地元の教育機関で学んだ後、
クイーンズ大学ベルファストに進学し、物理学を修めました。

この時期に培われた基礎が、後の理論研究の土台となります。

英国での研究とCERNでの活動

大学卒業後、ベルはイギリス国内で研究を続けたのち、
欧州原子核研究機構(CERN)に所属することになります。

CERNでは主に素粒子物理学の研究に従事しながらも、
並行して量子力学の基礎問題に取り組み続けました。

ベルの不等式は、このCERN在籍中に導かれたものです。

主流に流されない独立した思考

当時、多くの物理学者は量子力学の
解釈問題を深く追究しない傾向にありました。

しかしベルは、
その基礎にある前提を問い直すことをやめませんでした。

その姿勢は、既存の枠組みにとらわれない独立した思考を象徴しています。


後世への影響 — 量子情報時代への扉を開いた理論

量子論の基礎理解の刷新

ベルの不等式は、量子力学の解釈に対して明確な実験的基準を与えました。
これにより、「哲学的議論」にとどまっていた問題が、
科学的検証の対象となったのです。

量子情報科学への応用

量子もつれは、現在では量子コンピュータや量子通信の
基盤となっています。
ベルの研究は、これらの技術の
理論的基礎を支える重要な役割を果たしています。

科学における問いの重要性

ベルの業績は、「正しい理論であっても、
その意味を問い直すことが重要である」という教訓を示しています。

現代科学においても、この姿勢は極めて重要であると考えられます。


まとめ:見えない前提を問い直した物理学者

ジョン・スチュワート・ベルは、量子力学の成功の裏に
隠れていた根本的な問題に正面から向き合いました。

彼の導いたベルの不等式は、自然界の構造そのものに関する深い洞察をもたらしました。

その結果、量子もつれという現象が現実のものであることが
明らかとなり、現代物理学の方向性を大きく変えることになります。

彼の研究は、既存の理論を受け入れるだけでなく、
その前提を問い直すことの重要性を私たちに教えてくれます。

そしてその姿勢は、これからの科学においても
大きな示唆を与え続けるのではないでしょうか。


〆さいごに〆

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(以下2026年春の時点の対応英訳)

Quantum mechanics is one of the greatest scientific achievements of the 20th century, yet it is also one of the most counterintuitive theories ever developed.

Particles can exist in multiple states simultaneously, and particles separated by great distances can influence each other instantaneously—such strange properties have raised profound questions among physicists.

Amid these puzzles, there was a figure who posed a fundamental question: Are these strange features truly a part of reality?

John Stewart Bell shed new light on the essence of quantum mechanics through a theoretical result known as Bell’s inequality.

His work went beyond abstract theoretical debate; it was later verified experimentally, dramatically transforming our understanding of quantum theory.

In this article, we will carefully explore Bell’s quiet yet profound intellectual journey through three key perspectives: his achievements, his character, and his influence on later generations.


Overview of John Stewart Bell’s Achievements — A Theory That Exposed the “Hidden Assumptions” of Quantum Mechanics

What Is the Problem Within Quantum Mechanics?

Although quantum mechanics is an extraordinarily successful theory, its interpretation has long been a subject of debate.

A central issue is whether a quantum state is truly undefined until it is observed.

In response to this question, some proposed the existence of hidden variables, suggesting that the state is actually predetermined, even if we cannot observe it directly.


Discovery of Bell’s Inequality

Bell considered that if such hidden variable theories were correct, then observable results should obey certain statistical constraints.

From this reasoning, he derived what is now known as Bell’s inequality.

This inequality represents a relationship that must always be satisfied if the world follows classical intuitions—namely, locality and realism.

However, quantum mechanics predicts violations of this inequality.


Establishing Quantum Entanglement and Nonlocality

Subsequent experiments confirmed that Bell’s inequality is indeed violated in nature.

This implies that the natural world cannot be explained by local hidden variables.

As a result, the phenomenon known as quantum entanglement was shown to be not merely a theoretical curiosity, but a real feature of nature.

This discovery can be said to have fundamentally altered our understanding of reality in physics.


Character of John Stewart Bell — A Thinker Who Persistently Questioned Foundations

A Physicist Born in Northern Ireland

Bell was born in 1928 in Belfast, Northern Ireland, then part of the United Kingdom.

After receiving his education locally, he entered Queen’s University Belfast, where he studied physics.

The solid foundation he built during this time later supported his theoretical work.


Research in the UK and Work at CERN

After graduating, Bell continued his research in the United Kingdom before joining the European Organization for Nuclear Research (CERN).

At CERN, while primarily engaged in particle physics, he also continued to investigate foundational issues in quantum mechanics.

It was during his time at CERN that Bell derived his famous inequality.


Independent Thinking Beyond the Mainstream

At the time, many physicists tended to avoid deeply engaging with interpretational questions in quantum mechanics.

Bell, however, never ceased to question the assumptions underlying the theory.

His attitude exemplifies an independent mode of thought unconstrained by established frameworks.


Influence on Later Generations — Opening the Door to the Age of Quantum Information

Transforming the Foundations of Quantum Theory

Bell’s inequality provided a clear experimental criterion for interpreting quantum mechanics.

As a result, questions that had once remained in the realm of philosophy became subjects of empirical scientific investigation.


Applications in Quantum Information Science

Quantum entanglement is now a fundamental resource in technologies such as quantum computing and quantum communication.

Bell’s work plays a crucial role in the theoretical foundation of these emerging technologies.


The Importance of Questioning in Science

Bell’s achievements demonstrate an important lesson: even a successful theory must be critically examined for its underlying meaning.

This perspective remains essential in modern science.


Conclusion — A Physicist Who Questioned the Invisible Assumptions

John Stewart Bell confronted the fundamental problems hidden beneath the success of quantum mechanics.

The inequality he derived brought deep insight into the very structure of reality.

As a result, quantum entanglement was established as a real phenomenon, significantly reshaping the direction of modern physics.

His work teaches us the importance of not only accepting existing theories, but also questioning their underlying assumptions.

And this mindset will likely continue to provide profound guidance for the future of science.

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ケンブリッジ大関連の物理学者
ハーディ、リトルウッド、ディラック、オッペンハイマー-4/18改訂

以下でケンブリッジ関係の物理学者を残します。変わりますね、いろいろと。
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この部分は自動化できるはずですね。いつか。

(以下原稿です)

↑Credit:https:pixabay↑

ケンブリッジは言わずと知れた世界屈指の名門大学です。
様々な議論の場となり、
あこがれの場となりました。

全般的な話として、日々の原稿改定を進めていて感じるのですが
惰性で文章を続けてしまうのはいけないだろうと思います。
一つの項目特定の物理学者をご紹介するからには、
他の人との関連や他の分野との関連を意識して、
取り上げた人の立ち位置を浮き彫りにして、
その人ならではの人生をご紹介します。
本題に戻って、大学にも本当に個性があります。
特にケンブリッジは個性的です。

力学を初めとして物理学でこの大学が発祥となったり、大きな役割を果たした分野は多いです。数学者の藤原正彦によるとハーディ、リトルウッド、モーデル、キャッセルス、ベイカーといった数学の大家が教授を務め、ダーウィン、ニュートンも居たそうです。ボーアが留学した時代にはダーウィンのお孫さんが居たそうです。

具体的には、ボーアが1911年から1912年にかけてイギリスのケンブリッジ大学に滞在していた時期、彼は理論物理学の研究のためにJ.J.トムソンの下で学んでいたと言われてます。このころ、ダーウィンの孫ジョージ・ダーウィン(Sir George Darwin)の息子であるチャールズ・ガルストン・ダーウィン(Charles Galton Darwin)がケンブリッジで活躍していました。チャールズ・ガルストン・ダーウィンも物理学者として知られ、量子物理学の発展に貢献した一人でした。

ボーアとチャールズ・ガルストン・ダーウィンがどの程度交流があったかは
明らかではありませんが、同じ時期に同じ大学で研究をしていたのです。

物理学だけでも凄いメンバーが並びましたね。ディラック・オッペンハイマー・ランダウは年齢が近いんですね。そして、今でも議論は続いています。どうぞご覧下さい。

ヘンリー・パワー_Henry Power FRS‗1623年生まれ ~ 1668年没
アイザック・バロー_1630年10月 ~ 1677年5月4日

アイザック・ニュートン_1642年12月25日 ~ 1727年3月20日

Sir・G・G・ストークス_1819年8月13日 ~ 1903年2月1日
ウィリアム・トムソン_1824年6月26日 ~ 1907年12月17日
J・C・マクスウェル_1831年6月13日 ~ 1879年11月5日
ジョン・A・フレミング_1849年11月29日 ~ 1945年4月18日
アーネスト・ラザフォード_1871年8月30日 ~ 1937年10月19日
ニールス・ボーア_1885年10月7日~1962年11月18日【英国へ留学】
J・チャドウィック_1891年10月20日 ~ 1974年7月24日【英国へ留学】

ポール・ディラック_1902年8月8日 ~ 1984年10月20日
R・オッペンハイマー_1904年4月22日~1967年2月18日【英国へ留学】
レフ・D・ランダウ_1908年1月22日 ~ 1968年4月1日【英国へ留学】
P・W・アンダーソン1923年12月13日 ~ 2020年3月29日
ロジャー・ペンローズ_1931年8月8日生まれ ~ (ご存命中)
スティブン・W・ホーキング_1942年1月8日~2018年3月14日

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ゲッチンゲン大学関連の物理学者
【グリム兄弟や鉄血宰相ビスマルクを輩出】-4/18改訂

以下でアメリカ関係の物理学者を残します。変わりますね、いろいろと。
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(以下原稿です)

ゲッチゲンゲン大学をご紹介します。
正式にはゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲン。
ゲオルク・アウグストは同大学の設立者に由来します。

大学概説

以下、その大きな足跡をご紹介します。

1.ゲッチンゲン大学の足跡

1737年の設立ゲッティンゲン大学は、特に18世紀から19世紀にかけて「啓蒙時代の大学」として大きな影響を与えました。哲学者のイマヌエル・カントや詩人のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテといった著名な知識人が訪れた学問の中心地として知られています。また、ゲッティンゲン大学は**「ゲッティンゲン学派」**と呼ばれる数学・物理学の研究者グループを生み出し、特に解析学や物理学の分野で大きな貢献をしました。


2. 日本人研究者との関わり

日本人にとってもゲッティンゲン大学は特別な意味を持っています。例えば、萩原元克(はぎわら もとかつ)や湯川秀樹といった物理学者がこの大学で学び、研究の基礎を築きました。特に湯川秀樹は、ノーベル賞を受賞するきっかけとなった中間子理論をゲッティンゲンでの交流を通じて深めたとも言われています。


3. 学術的実績の象徴としての数学・物理学

ゲッティンゲン大学の数学部門は、カール・フリードリッヒ・ガウスをはじめとする多くの天才数学者を輩出しています。ガウスの他にも、リヒャルト・クーランやフェリックス・クラインといった著名な研究者が在籍し、微分幾何学や流体力学などの新分野を開拓しました。また、物理学ではマックス・ボルンヴェルナー・ハイゼンベルクなど、量子力学の礎を築いた科学者たちが活躍しました。


4. 紳士協定の背景にある文化的価値観

第二次世界大戦中の「ケンブリッジとゲッティンゲン間の紳士協定」は、学術と文化の価値を尊重する精神の象徴とされています。ケンブリッジ大学とゲッティンゲン大学は共に学術の中心地として認識されており、爆撃を避けることで戦争中でも学問の火を消さない意図があったとされています。ドイツもイギリスも学究の志を大事にしていたのです。

また、

「ゲッチンゲン大学の博士号習得時にガチョウ娘の銅像に
 キスを送る伝統があります。」【「ガチョウ娘に花束を」から】

ゲッチンゲン大学関連の人物

グリム兄弟(童話作家)フッサール(哲学者)ビスマルク(鉄血宰相)
ウィリアム・クラーク(北大の初代教頭)ハインリヒ・ハイネ(詩人)

トマス・ヤング_ 1773年6月13日 ~ 1829年5月10日(留学)
ヨハン・C・F・ガウス_1777年4月30日 ~ 1855年2月23日

マックス・プランク_1858年4月23日 ~ 1947年10月4日
ダーヴィット・ヒルベルト-1862年1月23日 ~ 1943年2月14日
ヴィルヘルム・C・W・ヴィーン_1864年1月13日 ~ 1928年8月30日
本多光太郎_1870年3月24日 ~ 1954年2月12日
アイナー・ヘルツシュプルング ‗1873年10月8日 ~ 1967年10月21

カール・シュヴァルツシルト‗1873年10月9日 ~ 1916年5月11日
マックス・ボルン_1882年12月11日 ~1970年1月5日
ピーター・デバイ_ 1884年3月24日 ~ 1966年11月2日
オットー・シュテルン_1888年2月17日 ~ 1969年8月17日
仁科 芳雄_1890年12月6日 ~ 1951年1月10日

ヴォルフガング・E・パウリ_1900年4月25日 ~ 1958年12月15日
エンリコ・フェルミ_1901年9月29日 ~ 1954年11月28日
ハイゼンベルク 1901年12月5日 ~ 1976年2月1日
ポール・ディラック_1902年8月8日 ~ 1984年10月20日(大学院修了の年に留学)
E・ウィグナー_1902年11月17日 ~ 1995年1月1日
フォン・ノイマン_1903年12月28日 – 1957年2月8日
J・R・オッペンハイマー‗1904年4月22日 ~ 1967年2月18日
マリーア・ゲッパート=マイアー‗1906年6月28日 – 1972年2月20日
エドワード・テラー__1908年1月15日 ~ 2003年9月9

Hegerfeldt, Gerhard C.(私が最近注目している研究者)
クライン(数学者)| 1849年4月25日 – 1925年6月22日)

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昨夜の「数学白熱教室」 【2015-11-28投稿分_谷山氏_フェルマーの定理】

NHKのEテレの「数学白熱教室」第三回を見た。いつもの通りで途中で少し眠ったようだが、多分後半の重要なところは見た。

フェルマーの定理から、谷山・志村・ヴェイユ予想へと話が進む前の数論と方程式の解の話もおもしろかった。よくわかったというわけではないが、不思議なものがそこにあるという感覚は感じ取れた。

ワイルズともう一人の研究者のフェルマーの最終定理の解決も実は谷山・志村・ヴェイユ予想の解決であり、それとフェルマーの定理とが密接に関係しているという話も興味深かった。またこれはフレンケルが現在研究しているラングランズ・プログラムの一例になっているという。

もともとフェルマーの定理はピタゴラス数の拡張として考えられたとの説明は数学がどうやって広がっていくかを示した話であったと思う。ピタゴラス数として3, 4, 5のつぎは13,12, 5であるが、そこらあたりまでなら誰でも知っているだろう。だが、それらよりも大きい数にもピタゴラス数はある。

谷山さんは自ら命を絶った数学者であるが、彼は不思議な予想能力があった人だったという。一方、志村さんは今でも生きていて、ちくま学芸文庫に数冊本を書き下ろしている。

でも妻によれば私の眠っていたときの話は素数にある種の対称性があるという話だったという。そういう話だとフレンケルさんの話でなくとも誰か数学者が本に書いてあってもいいはずだと思う。だから、どれかの数学の本で読むことができるかもしれない。

(2024.3.23付記)その後、志村さんも亡くなったが、いつなくなったのかは覚えていない。だが、最近まで存命だったことは確かである。

 

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あけましてオメデトウございます。今年も宜しくお願い致します。【@2025元旦】_1/1投稿

こんにちはコウジです。
「オメデトウございます」の原稿を投稿します。

投稿前に誤字がありました。
細かい文章も再考しています。しっかり正確に。
そして沢山情報が伝わるように努めます。
(以下原稿)

あけましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。

個人として今年は新しいことを色々と始める積りですので
物理学の考察には時間を使わなくなってくると思えます。

昨年度のノーベル賞受賞を思い出してみても、
AI関連での発展が顕著なので、そうした考察を追いかけます。

先ずは新しい知見である「プログラム学習」を身に付け、
次々と最新トレンドを追いかけられるように体制を整えます。

その中で、進展に合わせて過去の科学史を振り返り
新しい意義を考察していきたいと思うのです。
(年初は書評の再考、サイト内リンクの確認をします)

実際、A8が運営するFanBlogが4月で閉鎖するという情報があるので
本ブログからのリンクをチェックしていかないといけませんね。

今年も宜しくお願い致します。

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【改訂】東大が量子コンピューターを2023年秋に導入
(IBM社製‗127量子ビット)

東大

こんにちはコウジです!
「東大が量子コンピューター」の原稿を改定します。
今回の主たる改定は新規追記分の補完です。
大分長いこと改定していませんでしたね。

初見の人が検索結果を見て記事内容が分かり易いように再推敲します。

SNSは戦略的に使っていきます。そして記述に誤解を生む表現がないかを
チェックし続けてます。ご意見・関連投稿は歓迎します。

(写真は従来の基盤の写真です)

以下投稿の内容は2023/04/22の
日経新聞記載の情報メインです。
現代の情報だと考えて下さい。

新聞記事を離れた所で冷静に考えていくと
税金の使い道の話でもあります。

日本国民の皆様が一緒になって考えて、
出来れば知恵を出し合えたら
より良い展開に
つながる類の話題なのです。しかし、
実のところ、大多数の日本国民は
「量子コンピュータ?言葉は聞くけれども…」
って感じで内容が議論されていません。
議論を喚起しましょう。

本記事では私論を中心に語ります。但し、
記載した量子ビット数は何度も確認しています。

ニュースのアナウンサーも語れる内容が少ない
のでしょう。
そんな中で東大本郷キャンバスでは
記者会見が開かれ、IBM社のフェローが
「有用な量子コンピューターの世界がすぐそこまで来ている」
と語っています。

物理学を専攻していた私でも多分野において下調べが必要です。
当面、「ラビ振動」、「共振器と量子ビットの間の空間」
「ミアンダの線路」、「量子誤り訂正」といった概念を
改めて理解し直さないと最新の性能が評価できません。

特に理化学研究所に導入された機種は
色々な情報が出ていて教育的です。対して
東大が導入するIBM社製の量子コンピューターは
トヨタ自動車やソニーグループなど日本企業12社での
協議会による利用を想定していて、
利益享受を受ける団体が限られています。
今後の課題として利用の解放(促進)が望まれます。 

東京大学が川崎拠点に導入

既に27量子ビットを導入している川崎拠点に2023年の秋に
127量子ビットの新鋭機を導入する予定です。
経済産業省は42億円の支援を通じて計算手法等の
実用面へ向けての課題を解決していく予定です。

一例としてJSR(素材メーカー)が「半導体向け材料の開発」
を想定して活用する方針を打ち出しているようですが
具体的にプロジェクトに参加する事で得られるメリットを
明確にする作業は大変そうです。

現時点での量子コンピューターの国内体制

報道では「量子ビット」の数に着目した表現が多いです。
実際に理化学研究所では2023年の3月に64量子ビットの
装置を導入して研究を進めています。

また、英国のオックスフォード・クァン・サーキッツ
は都内のデータセンターに今年の後半に量子コンピューター
を設置予定で外部企業の利用も想定しています。

対して米国のIBMでは433量子ビットのプロセッサーが開発
されていて、2023年度中には1000量子ビットの実現、
2025年度には4000量子ビット以上の実現を計画しています。 

EV電池開発に革新的貢献ができるか

一例としてIonQ社とHyundai Motor社は共同で
量子コンピューターに対する
バッテリー化学モデル
を開発しています。(2022年2月発表~)

実際に同社は新しい変分量子固有値ソルバー法
(VQE:Variational Quantum Eigensolver)を共同で開発してます。
開発目的はバッテリー化学におけるリチウム化合物や
化学的相互作用の研究への適用です。

 特定の最適化問題を解決するVQEは原理的に
量子コンピューターと親和性が良いです。
変分原理を使用し、ハミルトニアンの基底状態エネルギー、
動的物理システムの状態の時間変化率を考えていくのです。
計算上の限界で、既存システムでは精度に制約がりました。

 具体的に酸化リチウムの構造やエネルギーのシミュレーション
に使用する、量子コンピュータ上で動作可能な
バッテリー化学モデルを共同開発しています

リチウム電池の性能や安全性の向上、コストの低減が進めば
EV開発における最重要課題の解決に向けて効果は大きいです。
【実際、EV価格の半分くらいはバッテリーの価格だと言われています】

ハイブリット英会話スタイルで伸ばす「アクエス」
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【Topic_2021/05/17投稿_9/25改定】
次世代加速器計画【ILC】

2021/5/10の日経新聞記事の情報を基本として
トピックをお知らせします。

日米欧の計画で進む国際リニアコライダー(ilc)
は新しい物性物理学の理論において
突破口を開くと期待されます。
また経済面でも期待され、
「科学のオリンピックを30年続ける」
ような効果があると評価する人々もいます。

また、日本学術会議は「事故対策」「不確定要素」
を懸念しています。そんな中で、宇宙が誕生した
状態を再現することを目的としていて
新しい理論に繋がる実験を計画しています。実際に
建設する予定は東北地方の北上山地が予定地
となっており2035年ころの稼働を目指しています。
総建設費は8000億円となります。

大きさは全長最大で20キロメートルで
小柴
氏・梶田氏がノーベル賞を受けたヒッグス粒子を
大量に作ります。

実験の姿としては
両側から+とー(プラスとマイナス)の
電荷を其々帯びた電子と陽電子を発射して
光速度近くまで加速した上で衝突する事で
大量のヒッグス粒子が発生する姿を観測
しようというものです。

ヒッグス粒子は物質に質量を与える
素粒子であると考えられていて
欧州合同原子核研究機関(cern)にある
巨楕円形加速器「lhc」で2012年に観測されています。

現代物理学で注目される微粒子なのです。

その数は理論的には1種類とも5種類とも言われ、
実際の実験結果が期待されます。また、
全宇宙の1/4を占めると言われるダークマター
の発見も期待されます。

同様な計画は中国でも進んでいるようで、
こちらの動きも注目されます。

アニメのエバンゲリオンに出てくるような
未知の粒子が制御出来るとしたら
素晴らしいですね。

新聞を読んだ時は計画の推進面だけしか
分かりませんでしたが、実際問題を含んでいて、
乗り越えるべき障壁もあります。

今後の情報をもって再度、
話題を改定したいと思います。



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2021/05/17_初回投稿
2022/09/25_改定投稿

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