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ティコ・ブラーエ【;Tycho Brahe‐1546年 ~4/5改訂】

デンマーク

こんにちはコウジです。「ティコ・ブラーエ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と2/20時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3395‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2736
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒2593‗④KazenoKouji‗3422⇒3477
なので合計‗6102+5965=【12057@2/9】⇒6131+6170=【12301@2/20】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

【1546年12月14日生まれ ~ 1601年10月24日没】


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ティコ・ブラーエはデンマークの貴族です。

多彩な能力を持っていて天文学で業績を残した他に、

作家・占星術師・錬金術師としても活動していました。

実際そうした活動領域の「あいまいさ」は当時の科学者

と呼ばれていた人に広く見受けられる傾向で、

自然科学が広く行き渡った我々の時代からは全く

想像出来ない環境です。概念的に今でも

心理学やマーケティングでペルソナという概念が

使われていたりしますが、当時は真面目に悪魔の存在

が信じられていたりしました。むしろ悪魔の概念を、当時の

キリスト教会の指導者達が利用した面もあります。

 

さて、意外なエピソードとして

「ティコ・ブラーエの鼻」の話があります。

その鼻は若き日の決闘によって鼻梁が無くなっていて、

それ以降、ティコは金属製の付け鼻をしていたのです。

ティコ・ブラーエの考え方では

地球が世の中の中心にあり、太陽は地球の

周りを回転していると考えていました。地動説で

天体運動を考えた時にプトレマイオスの

「アルマゲストという著作が有名で慣性を考慮せずに

「地球が動くなら空の鳥は西に流されていく」だから

(実際には)「地球は動かない」人々は信じていました

確かに相対的な位置関係としては

太陽の動きは説明出来ますが、後の学者達

が整理した色々な星のデータベースと

整合性がとれる考えではありませんでしたでした。

特に、コペルニクスの著書である「天球の回転について」

をティコ・ブラーエは所蔵していて

綿密な書き込みをしていたという研究報告もあります。

当時のコペルニクスの著作は売れていない本だったよう

ですが天体関係者達のネットワークの中で「天体の…」

「良書」だと噂され議論の題材となっていたのです。

そのようにして、ティコ・ブラーエが科学的アプローチを

続ける中で当時の知見を使って判断していたのです。

ただ何より、ティコ・ブラーエの観測データは

正確無比でした。後にデータを引き継いだ

ケプラーがコペルニクス的転回をして地動説の知見

に立ち返り、データをもとに地球が自転しながら

太陽の周りをまわる理論を打ち出します。

全体的に見て、ティコ・ブラーエの考えは間違いでしたが、

星の観測の業績としてはとても大きかったと言えるでしょう。

また、色々な人の業績がつながっていく視点で見た時に、

ティコ・ブラーエの残したデータが後に使われていた事実は

とても重要だといえます。間違った点があったことは事実ですが、

ティコ・ブラーエ彼はそれでも追及を続けていて、

彼の残したデータをもとに後の人々が議論をして、

宇宙の理解へと進んでいったのです。

現代の考えに近づきロケットが飛び知見が重なり、

これからも進化するのです。

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以上、間違い・ご意見は
以下アドレスまでお願いします。
最近全て返事が出来ていませんが
全て読んでいます。
適時、改定をします。

nowkouji226@gmail.com

2020/12/22_初版投稿
2022/05/05_改定投稿

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(対応英訳)

Tycho Brahe is a Danish aristocrat.
In addition to his versatile abilities and achievements in astronomy,
He was also active as a writer, astrologer, and alchemist.
Also, as a surprising episode, there is a story about “Tycho Brahe’s nose”.
The nose of Tycho Brahe has lost its bridge
due to a young duelSince then, Tycho has had a metal nose.

Tycho Brahe thought that the earth was at the center and the sun was rotating around the earth.

It is true that the movement of the sun can be explained as a relative positional relationship, but it was not an idea that was consistent with the database of various stars organized by later scholars.

In particular, there is a research report that Tycho Brahe possessed Copernicus’s book “On the Revolutions of the Heavenly Spheres by Nicolaus Copernicus of Torin 6 Books” and wrote it in detail. That is how Tycho Brahe used his knowledge at the time to make decisions as he continued his scientific approach.

But above all, the observation data of Tycho Brahe is
It was unmatched in accuracy. Kepler, who later took over the data, makes a Copernican revolution, and based on the data, he proposes a theory that the earth rotates around the sun.

Overall, Tycho Brahe’s idea was wrong, but it was a huge achievement in star observation.

Also, from the perspective of connecting the achievements of various people, the fact that the data left by Tycho Brahe was used later is very important. It’s true that there was something wrong, but Tycho Brahe was still pursuing,

Based on the data he left behind, later people argued and proceeded to understand the universe.

Rockets will fly closer to modern ideas, and knowledge will overlap, and they will continue to evolve.