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ピーター・デバイ
【比熱のデバイモデル|比熱の定式化で新しい物理モデルを提案】‐8/19改訂

こんにちはコウジです。

半年ごとの記事見直しです。
では、ご覧ください。内容を整理し、
主にリンクを見直しました。
現時点での英訳も考えています。
(以下原稿です)

熱力学
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【1884年3月24日生まれ ~ 1966年11月2日没】

【Wikimedia Commons _ Public Domain :】
【Peter Debye in 1935‗Photographer: Unknown】

オランダ生まれのデバイ

デバイはオランダに生まれていて、

物理学者にして化学者です。

ドイツで教授を務めていたりもしました。

第二次大戦の時には渡米してコーネル大学で

教授を務めていました。そんなデバイは、

比熱の定式化で名を残しています。

デバイの業績①

デバイは電子の双極子モーメントを使って誘電率の説明
をしました。これは後世に重要な功績です。

物質の中には、電気的に正負の電荷がわずかに偏ることで、
電気双極子として振る舞う分子があります。

外部から電場を加えると、この双極子は電場の影響を受けて
向きを変えようとします。

このような分子の双極子モーメントを考え、
物質全体としてどの程度分極するのかを考えることで、
電場と誘電率との関係を説明していきました。

ここで重要なのは、

**「物質の中で電荷がどのように偏るのか」というミクロな現象から、
「物質全体の誘電率」というマクロな物性へ橋を架けたこと**

です。

これは、原子や分子の性質を出発点として、
実際に測定される物質の性質を説明するという、
物性物理学らしい考え方でもあります。

また、分子が持つ双極子モーメントは、
外部電場の変化に対して常に瞬時に追従できるとは限りません。

特に交流電場の周波数が高くなると、
分子の向きが電場の変化についていけなくなり、
誘電率が周波数によって変化する現象が現れます。

こうした考え方は、後の誘電緩和や誘電分散を理解するうえでも
重要な意味を持っています。

誘電率は真空中を基準とした相対的な値で考えると、

アルミナ、雲母、NaCl、水晶、ダイヤモンドでは
おおむね5から9程度の値をとり、
水(純水)では約80、
メチルアルコールでは約33となります。
【理科年表2021より】

このように、同じ電場を加えても物質によって応答は大きく異なります。

デバイは、こうした物質の電気的応答を
分子レベルの性質から理解する道を切り開きました。

そして彼の名前は、分子モーメントの単位である
**デバイ(Debye)**にも残されています。

デバイの別の業績②

また、

デバイの別の業績としては比熱に対しての物もあります。

一般的に比熱のモデルですが、今日では一般的に

アインシュタイン・モデルと

デバイ・モデルが使われます。

アインシュタインの比熱モデルは拘束された原子核が
バネでつながれたイメージです。

二次元で例えてみると碁盤の線の交点に原子があって、
交点間の線にバネがあって隣の交点に熱を伝えます。
交点に足る特定の原子が激しく動くと
隣接する上下左右4点の原子がバネを介して
エネルギーを受けるイメージのモデルです。

対してデバイ・モデルでは、
結晶を連続弾性体とみなし、格子振動(フォノン)の
全モード密度を積分して比熱を導く という定式化が行われます。
その結果、低温では比熱が温度:に比例する
ことを自然に説明できます。

デバイモデルでは長波長の弾性波を
モデルに
取り入れる事が出来るうえに、
外界とのリンクも勘定しやすいです。

現代の我々は夫々のモデルが当てはめられる場合の考察が出来るのです。

具体的にデバイモデルでは外界とのリンクを
取り入れていて、
それは箱の出口となるドアで表されています。

こういった概念を纏めているサイトを見つけました。
最後に以下にURLを記します。
ご参考にして下さい。


(ときわ台学さん)(別リンク)

**関連する物理学者(前後の流れ)**

◀ 前の人物:ポール・エーレンフェスト
▶ 次の人物:エンリコ・フェルミ

**この分野の物理学者(物性物理・量子論・低温物理)**

ローレンツ
ピーター・ゼーマン
アインシュタイン
ポール・エーレンフェスト
→ **デバイ**
フェルミ
ハイゼンベルク
ポール・ディラック

☆彡

デバイを理解すると、

**分子の性質 → 物質の性質 → 格子振動 → 量子論 → 低温物理**

という流れが見えてきます。

みなさんも関連する人物の記事も合わせて読むことで、
20世紀前半の物理学がどのようにつながっていったのかを
追ってみてください。きっと、小さな感動につながります。
 

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Dutch-born debye

Debye was born in the Netherlands and is a physicist and chemist. He was also a professor in Germany. He traveled to the United States during the war and was a professor at Cornell University. Such Debye has made a name for himself in the formulation of his specific heat.

Debye’s achievements ①

I also explained the permittivity using the dipole moment of electrons. When considering a dielectric in which free electrons do not exist inside, the electrons and nuclei move in opposite directions when an electric field is applied inside the material to form a dipole. Based on this idea, the “dipole moment” was defined, and the relationship between the electric field and the permittivity was shown by examining the value per unit volume. The permittivity takes a value of 5 to 9 for alumina, mica, NaCl, crystal, and diamond, 80 for water (pure water), and 33 for methyl alcohol, based on vacuum. [From the Chronological Scientific Tables] _ From these achievements, Debye has left its name as a unit of molecular moment.

Another achievement of Debye②

Another achievement of Debye is for specific heat. Although it is generally a specific heat model, the Einstein model and the Debye model are commonly used today. Einstein’s specific heat model is an image of constrained nuclei connected by springs. If you compare it in two dimensions, there is an atom at the intersection of the lines on the board, and there is a spring in the line between the intersections to transfer heat to the next intersection.

This is a model of the image that when a specific atom sufficient for an intersection moves violently, four adjacent atoms on the top, bottom, left, and right next to it receive energy via a spring. On the other hand, the Debye model is a model in which a phonon moves around in a box, which is similar to the movement of an ideal gas. In the Debye model, long-wavelength elastic waves can be incorporated into the model, and it is easy to count links with the outside world. Specifically, the Debye model incorporates a link to the outside world, which is represented by the door that exits the box.

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アウグスト・ピカール
【深海と成層圏に挑んだ物理学者にして冒険家】-8/18改訂

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【1884年1月28日生まれ ~ 1962年3月24日没】

【Wikimedia Commons_Public Domain_Auguste Piccard (1884–1962)】

ピカールの関心

アウグスト・ピカールは宇宙と深海に

大いなる関心を持っていた人でした。

 

アウグスト・ピカールはスイスのフランス系家庭に生まれ

少年時代から科学に興味を示し、

チューリッヒ工科大学で物理学を学び宇宙線、

オゾンといった研究をしていきます。

その探究心は冒険に繋がっていく

ダナミックなものでした。

物理学者だからこそ、成層圏と深海へ向かった

アウグスト・ピカールの人生を「冒険家」という言葉だけで
説明してしまうと、彼の本質を少し見失ってしまいます。

ピカールが目指したのは、単なる高度記録や深海記録では
ありませんでした。

彼が知りたかったのは、地上では直接確かめることが難しい
自然現象です。

その代表が宇宙線でした。

地上に届く宇宙線を詳しく調べるためには、できるだけ高い
場所まで観測装置を運ぶ必要があります。しかし当時の航空機
では十分な高度まで上昇できません。

そこでピカールは、観測装置を人間とともに成層圏へ運ぶため、
密閉された与圧キャビンを備えた気球を自ら設計しました。

1931年5月27日、ピカールと助手のポール・キプファーは
水素気球で約15,781mまで上昇し、人類で初めて成層圏へ
到達しました。

この飛行は単なる冒険ではありません。

上層大気や宇宙線を観測するための「科学観測飛行」だったのです。
翌1932年にはさらに高い高度まで到達し、ピカール自身が
記録を更新しています。

ここにピカールという人物の面白さがあります。

「もっと高く飛びたい」のではなく、

「高い場所でしか分からない物理現象を測定したい」

という科学者としての疑問が、彼を成層圏へ向かわせました。


高度約16kmで宇宙線観測にも成功しています。
冒険は続きます。その先は遥かなる宇宙です。
そして、この発想は後の深海探査にもつながっていきます。 

深海へ挑むピカール

その後、ピカールはバチスカーフと名付けた深海潜水艇で
深海に挑みます。この行動
のダイナミックさは「冒険家」
という
キーワードで考えると理解できます。
成層圏の次は深海です。

気球を作ったりする実業的な側面と
未知なる世界への挑戦をする側面が
ピカールの行動を進めていったのです。 

上空の果ての次は深海の果てを目指します。
バチスカーフは鉄の錘を抱いて沈んでいき
浮き上がる時には錘を切り離すという
仕組みで探検します。浮力はガソリンでした。

ピカールの系譜

そして、冒険家ピカールの血は代々受け継がれていきます。
息子であるジャック・ピカールを伴ってバチスカーフに搭乗し、
マリアナ海溝のチャレンジャー海淵到達を達成しています。
更には孫のベルトラン・ピカールが世界で初めて、
気球による無着陸世界一周を達成しています。
おじいさんの冒険を思い起こしながら飛んでいたのでしょう。

思いは空のかなたへ。素敵な一族ですね。

◀ 前の人物:アルベルト・アインシュタイン

この分野の物理学者:
アウグスト・ピカール(1884–1962)

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Picard’s interest

August Picard was a man of great interest in space and the deep sea. August Picard was born in a French family in Switzerland and has been interested in science since he was a boy. He studied physics at the ETH Zurich and studied cosmic rays and ozone. It was dynamic.

Picard who challenged the stratosphere

First, August Picard challenges the stratosphere. With financial support from the French National Fund, he fills a balloon he designed with hydrogen to reach the stratosphere 16,000 m above the ground. This was the world’s first achievement with a balloon. Mankind has reached the end of the sky for the first time. Beyond that is the distant universe.

Picard challenges the deep sea

After that, Picard challenges the deep sea with a deep-sea submersible named Bathyscaphe. Next to the end of the sky, we aim for the end of the deep sea. Bathyscaphe explores by holding an iron weight and separating it when it sinks and rises. The buoyancy was gasoline.

Picard’s genealogy

And the blood of adventurer Picard will be passed down from generation to generation. He boarded a bathyscaphe with his son Jacques Piccard and achieved the Challenger Deep in the Mariana Trench.

In addition, his grandson Bertrand Piccard is the first in the world to complete a balloon-free round-the-world. I think he was flying while remembering his grandfather’s adventure. My thoughts go beyond the sky. It’s a nice clan.

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F・W・マイスナー
【ベルリン生まれの物理学者|磁性を使って超電導現象を説明】-8/17改訂

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マイスナー
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【1882年12月16日生まれ ~ 1974年11月16日没】

【出典:Wikimedia Commons Fritz Walther Meißner (1882–1974)】

その名は正確には

フリッツ・ヴァルター・マイスナー_

Fritz Walther Meißner (Meissner)。

  ドイツ・ベルリン生まれの物理学者です。

ミュンヘン工科大学でプランクの師事を
受けた後に物理工学院で研究を進めます。

マイスナーが関心を持っていたのは
超伝導でした。1920年頃に色々な物質で
転移が起きる事を確認しています。

タンタル、化学記号はTa、転移温度4.47K。
ニオブ、化学記号はNb、転移温度は9.25K。
チタン、化学記号はTi、転移温度は0.4K。
トリウム、化学記号はTh、転移温度は1.38K。
に対して相転移を確認した後に化合物に
着目してNbCにおいて10ケルビンを超える
転移温度を確認しています。
なお温度の単位K(ケルビン)は、
0Kが絶対零度(−273℃)に対応する温度尺度です。
摂氏温度と同じ幅で目盛られていますが、
「ゼロの位置」だけが異なります。

超伝導とは何か

超伝導とは、ある物質を極低温まで冷却したときに、
電気抵抗が突然ゼロになる現象です。
1911年にオランダの物理学者ヘイケ・カメルリング・オネスが
水銀を冷却する実験の中で発見しました。

通常、電流は金属中を流れる途中で原子と衝突し、
少しずつ熱へと変わります。
そのため電気抵抗が発生し、送電線でも電力の一部は失われます。
しかし超伝導状態では、この抵抗が理論上ゼロとなり、
一度流した電流は外部から電力を与えなくても
長時間流れ続けます。

現在ではMRI(磁気共鳴画像診断装置)や
粒子加速器、大型核融合実験装置、
リニア中央新幹線などにも超伝導技術が利用されています。
強力な磁場を効率よく発生できるため、
現代科学・医療・エネルギー分野を支える重要技術となっています。

しかし1920年代当時は、
「なぜ抵抗が完全になくなるのか」
という理論はまだ分かっていませんでした。
その謎を理解する重要な手掛かりとなったのが、
フリッツ・マイスナーが発見した
マイスナー効果だったのです。

マイスナー効果

1933年、フリッツ・マイスナーは
ローベルト・オクセンフェルトとの共同研究によって、
超伝導体が単に電気抵抗を失うだけではなく、
内部から磁場そのものを排除する
という不思議な現象を発見しました。
現在では
マイスナー=オクセンフェルト効果
とも呼ばれています。

普通の金属では磁場をかけても磁力線は内部を通過します。
しかし超伝導体を転移温度以下まで冷却すると、
磁力線は内部へ侵入できなくなります。
磁力線が押し出されることで、
超伝導体は完全反磁性という性質を示します。

この現象こそが、
「電気抵抗がゼロである金属」と
「本当の意味での超伝導体」
を区別する決定的な特徴となりました。
磁石の上で超伝導体が浮上する実験は、
このマイスナー効果によって実現しています。
現在でも超伝導研究の最も重要な基本現象として知られています。

よく、超電導の説明で不自然な磁力線の図が見られますが、実際の
計測結果としても通常の磁力線と全く異なる形が現れるのです。

また性質の側面から完全反磁性
とも呼ばれます。磁性を使って超電導現象を特徴
づけているとも言えます。
マイスナーの業績は大きな成果でした。


関連記事・関連する物理学者

◀ 前の人物:ヘイケ・カメルリング・オネス

(超伝導の発見)

▶ 次の人物:ジョン・バーディーン

(BCS理論・超伝導理論)

この分野の物理学者

マックス・プランク

アルベルト・アインシュタイン

ヴェルナー・ハイゼンベルク

エルヴィン・シュレディンガー

マックス・ボルン

リーゼ・マイトナー

オットー・ハーン

 

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The name is exactly

Fritz Walther Meißner (Meissner).
He is a physicist born in Berlin, Germany.

After studying Planck at the Technische Universität München, he goes on to study at the Institute of Applied Physics. Meissner had  interested in superconductivity . Meissner has confirmed that various supplies will cause metastasis around 1920.
Tantalum ,and chemical symbol is Ta, transition temperature 4.47K.
Niobium ,chemical symbol is Nb, transition temperature is 9.25K.
Titanium , and it’s symbol is Ti, transition temperature is 0.4K.
Thorium ,it’s symbol is Th, transition temperature is 1.38K.
After confirming the phase transition, we focused on the compound and confirmed the transition temperature exceeding 10 Kelvin in NbC.
[As a reminder, Kelvin (K) has a relationship with -273 ° C = 0K and 0 ° C = 273K, which are often used in one unit system.]

Meissner effect

Since then, Meissner has discovered the so-called Meissner effect. This phenomenon is sometimes referred to as the Meissner-Ochsenfeld effect, in conjunction with the name of his collaborator Ochsenfeld.

Often, in the explanation of superconductivity, you can see a figure of an unnatural field line, but even in the actual measurement result, a shape completely different from the normal field line appears.

Some people called completely anti-magnetic because of its nature. It can be said that it uses magnetism to characterize the superconducting phenomenon. It was a big achievement.

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マックス・ボルン
【アインシュタインに「神はサイコロを振らない」と言わせた男】-8/16改訂

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確立統計(ニュートン編)
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【1882年12月11日 ~1970年1月5日】

【Wikimedia Commons ‗Public Domain:Max Born (1882–1970)】

マックスボルンと確率解釈

M・ボルンはユダヤ系ドイツ人なので、

第二次世界大戦時は大変苦労しています。

そんな中でボルンは形成時の量子論において本質的な

概念である「確率解釈」を提唱しています。

ボルンの「確率解釈」とは何か

マックス・ボルンが提唱した「確率解釈」は、
量子力学を理解する上で最も重要な考え方の一つです。
古典物理学では、物体の位置や速度は観測しなくても
一意に決まっていると考えられていました。
しかし量子力学では事情が異なります。
電子などのミクロな粒子は、
観測されるまでは「どこに存在するか」を
一つの値として決めることはできません。

波動関数が与えるのは、粒子そのものではなく
「その場所で観測される確率」です。
つまり量子力学は未来を完全に予言する理論ではなく、
観測結果の確率を計算する理論なのです。

現在では当たり前となったこの考え方ですが、
当時としてはニュートン以来の決定論的な世界観を
覆す革命的な発想でした。
そのためアインシュタインをはじめ、
多くの物理学者との激しい議論を生み出すことになります。

私自身は、この確率解釈を
「観測という行為そのものが統計的な現象である」
という考え方として理解しています。
つまり、観測によって得られるのは
唯一の答えではなく、
一定の確率で現れる結果なのです。
古典力学の決定論とは、
ここが大きく異なっています。

別言すれば、ボルンの「確率解釈」とは、
“粒子は観測されるまで、どこにあるか・どんな
値を持つかが一意には決まらない”

という考え方です。
我々が観測できるのは、
「ある結果がどの程度の確率で現れるか」
だけだ――これが量子力学の基本的な世界観になります。
古典物理では「物理量は必ず一つの値を持つ」ものでしたが、
量子論では「期待値(確率的平均)」として表されます。

古典物理学での観測値に対する物理量は量子論では期待値

特定の観測値を持つ場合は確率で表現されます。
1930年に初版が書かれた教科書
【dirac「量子力学」】から一文を引用します。
「観測結果の計算には避けられない不定さがあり、そして理論のなしうることは、
一般には我々が観測をする時にある特定の結果が得られる事の確率を計算するだけである」

ボルンの人間関係

ボルンはドイツ本国で教授職を解雇されたりしていて、
反戦の姿勢、非核の姿勢を貫き
ラッセル=アインシュタイン宣言にも参加しています。

この点ではドイツに残り、原爆開発に参加
していたハイゼンベルクとは全く別の人生を歩んでいます。

ちなみに、

ハイゼンベルクはボルンの門下生です。
オッペンハイマーもまた弟子にあたります。
オッペンハイマーとは
「ボルン・オッペンハイマー近似」と呼ばれる業績を残しました。
共に研究していた時代があります。

共にユダヤ系でしたのでボルンはイギリス、
オッペンハイマーはアメリカへと追われていきます。
ユダヤ人排斥運動の中でボルンは教授職を奪われたのです。
戦時下でのどうしようもない事情でした。

彼の解釈で有名なやり取りがあります。

ボルンの考え方である確率解釈に対して反論した

アインシュタインが量子力学の解釈を

サイコロ遊びに例えたのです。

【(Wikipedeaより引用:)アインシュタインの有名な言葉
「彼(神)はサイコロを遊びをしない」は1926年
にボルンに当てた手紙の中で述べられたものである。】

さいころ遊びに例えた手紙が交わされた翌年の
1927年に
ハイゼンベルグが不確定性関係を定め、
このサイトTOPで写真を使っている
第五回ソルベー会議が開かれます。【於10月】

量子の本質に対して真剣な議論が交わされるのです。
人類の理解が大きく変化していった時代でした。

確率解釈は人類の思想にとって大きなパラダイムシフトです。

ボルンの考え方は、それまでの発想を大きく変えました。

最後にトリビア話

ボルンの孫の一人に歌手であるオリヴィア・ニュートン・ジョン
が居ました。私も初稿を書く際に調べ分かったのですが意外ですね。

勝手に想像するとボルンは如何にもドイツ人らしい人
だったのでしょうね。アインシュタインとのやり取りは、
そんな彼を偲ばせます。

イギリスに亡命後にドイツへ帰国しており、
プランクと同じゲッティンゲン市立墓地に眠っているそうです。
母国の土に帰りたい想いもあったのでしょう。
そしてきっと、
お孫さんのオリビア・ニュートンジョンも
墓参りに来ていたのでしょう。
原稿の改定が進む中で2022年の8月に
オリビアも亡くなり国葬が行われました。

関連URL(YouTubeへ:)
https://www.youtube.com/watch?v=E-JGTk_WM1k

関連URL(私の別ブログ:ダイエット日記)
https://ameblo.jp/nowkouji226/entry-12813195931.html


関連記事

◀ 前の物理学者:エルヴィン・シュレディンガー

▶ 次の物理学者:ヴェルナー・ハイゼンベルク

この分野の物理学者(量子力学)

マックス・プランク

アルベルト・アインシュタイン

ニールス・ボーア

エルヴィン・シュレディンガー

マックス・ボルン

ヴェルナー・ハイゼンベルク

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Max Born and Probabilistic Interpretation

Since M. Born is a Jewish German, he had a lot of trouble during World War II. Under such circumstances, he advocates “probabilistic interpretation”, which is an essential understanding of phenomena in the early quantum theory. To express the probability interpretation simply, it is an interpretation that the phenomenon related to the observation includes not only the uniquely obtained object but also the event observed with a certain probability. In other words, the observed value is multiplied by the certain probability. It is permissible if it is a match.

Born Relationships

Born has been dismissed as a professor in Germany, and he has been involved in the Russell-Einstein Declaration with an anti-war and non-nuclear stance. In this respect, he remains in Germany and lives a completely different life from Heisenberg, who participated in the development of the atomic bomb. By the way, Heisenberg is a student of Born. Oppenheimer is also a disciple. There was a time when Oppenheimer left a work called “Born-Oppenheimer approximation” and studied together. Both were of Jewish descent, so Born was chased by England and

Oppenheimer was chased by the United States. Born was deprived of his professorship during the Jewish exclusion movement. It was a terrible situation during the war. There is a well-known exchange in his interpretation. Einstein, who argued against Born’s idea of ​​stochastic interpretation, likened the interpretation of quantum mechanics to dice play.

[Quoted from Wikipedea: Einstein’s famous words
“He (God) does not play dice” is 1926
It was stated in a letter to Born. ]

In 1927, the year after this letter was exchanged, Heisenberg established an uncertainty relationship, and the 5th Solvay Conference using photographs will be held on the top of this site. [October] There is a serious discussion about the essence. It was an era when human understanding changed drastically. Probabilistic interpretation is a major paradigm shift for human thought. Born’s thinking changed his way of thinking.

Finally the trivia story

One of Born’s grandchildren was the singer Olivia Newton-John. I also found out when writing the first draft, but it’s surprising. Imagine that Born was a German person. The interaction with Einstein is reminiscent of him. He returned to Germany after his exile in England and is sleeping in the same Göttingen Cemetery as Planck. Perhaps he also wanted to return to his homeland. And I’m sure his grandson Olivia Newton-John will come to visit the grave.