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ジャック・C・シャルル
【1746年11月12日生まれ4/25改訂】

パリの夕暮れ

こんにちはコウジです。「シャルル」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
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【1746年11月12日生まれ ~ 1823年4月7日没】

 
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シャルルの生い立ち

その名を全て書き下すと、

ジャック・アレクサンドル・セザール・シャルル

:Jacques Alexandre César Charles

カールという名前をフランス風に読むと

シャルルとなるそうです。

また、セザールって

ミドル・ネームもフランス風だったのですね。

物理学で出てくるシャルルは

フランスに生まれた発明家にして物理学者

にして数学者、そして気球乗りです。

物理学者としては

ボイル・シャルルの法則で有名ですね。

それと同時に水素を使った気球で

初めて飛行した人なのです。

シャルルの研究業績

シャルルは

①「ボイルの法則」や、

②キャヴェンディッシュの仕事の研究や

③J・ブラックら当時最新の仕事を研究していき、

「水素の物性」に着目し続けました。

比重が空気に比べて、とても軽いのでシャルルなりの発想で考え、気球に応用出来ると考えたのです。そこでシャルルはプロトタイプの気球を設計しロベール兄弟に製作を依頼しました。パリの工房で気球を作り始めたのです。材料としてはゴムをテレピン油に溶かし、絹のシートにそれを塗った物を使っています。

シャルルの有名な実験

1783年8月27日にシャルルとロベール兄弟は、今のエッフェル塔がある場所で世界初の水素入り気球の飛行試験を行いました。その時には御爺さんだったベンジャミン・フランクリンもアメリカから見に来ていたそうです。そして、ベンジャミンフランクリンはその年の暮れには別の気球を使って有人気球の初飛行を行っています。この時には「王家からルイ・フィリップ2世が率いた一団が見ていて、着陸時に馬で気球を追いかけ、シャルルと同乗していたロベールが気球から降りる際に気球が再び浮かないよう押さえつけた」、というエピソードが残っています。【カッコ内の引用はwikipediaから】
まさに国中の人が注目していたイベントだったのですね。

40万人がシャルルの初飛行を見たと言われています。特にプロジェクト資金集めとして募金を募ったのですが、応じた数百人は特等席で離陸を見れたそうです。その席にはアメリカ合衆国大使としてのベンジャミン・フランクリンもいました。この時代から挑戦を通じて国際交流が実現していたのですね。また、シャルルの尊敬していたジョセフ・モンゴルフィエも居たそうです。

そうした冒険家が残した法則がシャルルの法則です。
V1/T1 = V2/T2 として簡単化出来ますが、
異種気体の体積と温度の関係を簡単に
表していますね。実験、経験から事実が
導き出される良い例だといえます。


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About sharles 

If you write down all the names, Jacques Alexandre César Charles

If you read the name Karl in a French style, it will be Charles. Also, the middle name of Cesar was French.

Charles’s work

Charles, who appears in physics, is an inventor, physicist, mathematician, and balloonist born in France. He is famous as a physicist for Boyle-Charles’ law. At the same time, he was the first person to fly on a hydrogen balloon.

Charles is actually

① “Boyle’s Law” and

② Research on Cavendish’s work

③ J. Black and others researched the latest work at that time,

He continued to focus on the “physical characteristics of hydrogen.”

He thought that the specific density was much lighter than that of air, so he thought of it as Charles’s idea and could apply it to balloons. So Charles designed a prototype balloon and asked the Robert brothers to make it. He started making balloons in a workshop in Paris. The material used is rubber dissolved in turpentine and coated on a silk sheet.

Charles’s famous experiment

On August 27, 1783, the Charles and Robert brothers conducted the world’s first flight test of a hydrogen-containing balloon at the location of the current Eiffel Tower. At that time, his grandfather Benjamin Franklin also came to see him from the United States. And Benjamin Franklin made his first flight of a popular balloon at the end of the year using another balloon. At this time, “a group led by Louis Philippe II was watching from the royal family, chasing the balloon with a horse at the time of landing, and holding down the balloon so that it would not float again when Robert, who was on board with Charles, got off the balloon.” The episode remains. [Quotation in parentheses is from wikipedia]
It was an event that people all over the country were paying attention to.

It is said that 400,000 people saw Charles’ first flight. In particular, we raised funds to raise funds for the project, but it seems that hundreds of people who responded were able to see takeoff in the special seats. There was also Benjamin Franklin as the United States Ambassador to the seat. From this era, international exchange has been realized through challenges. There was also Joseph Montgolfier, whom Charles respected.

The law left by such adventurers is Charles’s law. It can be simplified as V1 / T1 = V2 / T2, but it simply shows the relationship between the volume and temperature of different gases. I think this is a good example where facts can be derived from experiments and experiences.

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武谷三男 
【1911年10月2日生まれ‐4/24改訂】

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武井三男の研究基盤

武谷三男は京大理学部で理論物理学の基礎を修めました。

彼の主な関心は原子核の振る舞いや素粒子論です。

湯川秀樹や坂田昌一と共同で

研究を進めていった時代の人です。

反ファシズムの立場だった武谷は

原子核関連の開発と発展についての発言で

政治的ともいえる言葉を残しています。

原爆や水爆の是非に関してです。

また会津に亡命していたロシア人の奥様

との縁にも興味を覚えます。まさかあの人と、

とかいった話が出てきそうです。

いずれにしても武谷は未だ曖昧だった

原子核に対して形を与えていった時代の人なのです。

一つ一つ現象を見ていき、定式化していったのです。

何より武谷は方法論を確立したのです。

武谷の三段階理論

ここで、方法論として三段階理論

と呼ばれた論法を用いて武谷は論拠としていましたので

ご紹介します。(以下ウィキペディアから引用)

①現象論的段階
量子力学の範疇に入る現象で
「測定にかかるもの」を
そのまま記述する
(第一)段階

②実体論的段階
上記現象の方程式を作る前に、
現象論的段階に出てこない実体
(模型、粒子など)を知る
(場合によっては新たに導入する)
(第二)段階

③本質論的段階
現象論的段階で記述される現象を、
実体論的段階で導入した実体も含めて、
方程式など主として
数学的手法で記述する
(第三)段階
【引用ここまで】

この武谷の理論は測定方法の面から考えたときに、

観測問題の制限を意識した理論だと言えるでしょう。

その時代から数十年遡って思い返せば、

量子力学創設の時代以前にはすべての段階

が意識化されていなかったのです。

また、米国のビキニ環礁での水爆実験に際し、

問題点を掘り下げて定量的な指標を考察して

放射線の許容量(がまん量とも表現しました)

を議論していきました。

具体的に「急性の放射線障害」と

「長期的に蓄積される効果」を明確に区別して

議論すべきだと主張していきました。

当時、立教大学の教授であった武谷は、

放射線防護の概念を考え直し、

「自然科学的な対象の概念」に留まらず、

放射線利用の「利益・便益とそれに伴う被曝の有害さ・

リスクともいえる社会的概念」として

考え直した功績も指摘されています。

〆最後に〆

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 Base of Taketani

Taketani Mitsuo studied the basics of theoretical physics

at the Faculty of Science, Kyoto University.

His main interests are nuclear behavior and particle physics.

He is in collaboration with Hideki Yukawa and Shoichi Sakata

He is a man of the era when he was advancing research.
T
aketani, who was in an anti-fascist position

Remarks on nuclear-related development and development

He leaves behind words that can be called political.

He is about the pros and cons of atomic and hydrogen bombs.

Also, a Russian wife who was in exile in Aizu

I am also interested in the relationship with. No way, with that person

There seems to be a story like that.

In any case, Takeya was still ambiguous

He was a man of the era that gave shape to the atomic nucleus.

He looked at the phenomena one by one and formulated them.

Above all, Takeya established a methodology.

Three step of Taketani

Here, as a methodology, a three-step theory

Because Takeya used the reasoning called

I will introduce you. (Quoted from Wikipedia below)

① Phenomenon stage
A phenomenon that falls into the category of quantum mechanics
“What is measured”
Describe as it is
(the first stage

② Realistic stage
Before making the equation of the above phenomenon
Entities that do not appear in the phenomenological stage
Know (models, particles, etc.)
(In some cases, newly introduced)
(Second) stage

③ Essentialist stage
Phenomena described at the phenomenological stage,
Including the substance introduced at the realist stage,
Mainly equations etc.
Describe with mathematical methods
(Third) stage
[Quote so far]

This Takeya’s theory is based on the measurement method.

It can be said that the theory is conscious of the limitation of the observation problem.

Looking back decades from that era,

All stages before the era of quantum mechanics

Was not conscious.

Also, during a hydrogen bomb test at Bikini Atoll in the United States,

Dig into the problem and consider quantitative indicators

Radiation allowance (also referred to as the amount of radiation)

I continued to discuss.

Specifically, “acute radiation injury”

A clear distinction between “long-term accumulated effects”

I insisted that it should be discussed.

Takeya, who was a professor at Rikkyo University at that time,

Rethinking the concept of radiation protection,

Beyond the “concept of natural science objects”

“Benefits / benefits of radiation use and the harmful effects of radiation exposure /

As a “social concept that can be called a risk”

His rethinking achievements have also been pointed out.

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A・ヴォルタ 
【1745年2月18日生まれ 4/24改訂】

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 ボルタについて

ボルタの名は正確には

アレッサンドロ・ジュゼッペ・アントニオ・

アナスタージオ・ヴォルタ伯爵

:Il Conte Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta_

という長い名前ですが日本では単純に「ボルタ」

と表現しています。以後この表記を使います。

ボルタはイタリアに生まれ物理学の研究者となります。

 

 ボルタの業績

特筆すべきは実験的に静電容量を観測し、

電荷と電位を明確に分けて議論する土壌を作りました。

初学者には混同されがちですが

電位と電圧(電位差)は明確に

異なる概念です。アースして低電位側を

地球の地面と同じ電位状態にした時に

完全に両者は一致しますが通常は異なります。

電位は場合に応じて変動して当然の物理量です。

電荷の蓄積である電位を定量的に表現し、

電位の差を使って電圧(電位差)を明確に

出来る様にしました。その功績は電位差の

単位であるボルトとして残っています。

ボルタはまた、電池の発明でも成果を残しました。
世界初の電気貯蔵装置の開発です。
無論、初期の電池には
危険性・貯蔵量・電圧の持続特性
といった点で現代の物と見劣り
するでしょうが電気を貯めて持ち運び
する発想は素晴らしいものです。
現代でも発展を続ける大事な技術です。

ボルタとナポレオン 

最後に、ボルタはナポレオンが大好きでした。
逆にナポレオンもボルタに敬意を示します。
そんな関係ですから、ナポレオンの在位中に
ボルタは伯爵の称号を与えられています。

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About Volta

The name of Volta is exactly the long name of Alessandro Giuseppe Antonio Anastasio Volta_: Il Conte , but in Japan it is simply expressed as “Volta”. We will use this notation hereafter. Volta was born in Italy and became a physics researcher.

Job of Volta

Of particular note is the experimental observation of capacitance and the creation of a soil for discussions that clearly separate charges and potentials. Often confused by his beginners

Potential and voltage (potential difference) are distinctly different concepts. When grounded and the low potential side is in the same potential state as the earth’s ground,They are exactly the same, but usually different. The electric potential fluctuates depending on the case and is a natural physical quantity.

The potential, which is the accumulation of electric charge, is quantitatively expressed, and the voltage (potential difference) can be clarified using the difference in potential. The achievement remains as a bolt, which is a unit of potential difference.

Volta has also been successful in inventing batteries.
He is the development of the world’s first electric storage device.
Of course, for early batteries
Hazard, storage capacity, and voltage persistence characteristics
Inferior to modern ones in that
You will do, but you can store electricity and carry it around.
His ideas he makes are wonderful.
It is an important technology that continues to develop even today.

Volta and Napoleon

Lastly,
Volta loved Napoleon.
On the contrary, Napoleon also pays homage to Volta.
Because they are such two people, during Napoleon’s reign
Volta has been given the title of Count.

 

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坂田 昌一
【1911年1月18日生まれ ‐4/23改訂】

名大

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【↑_Credit:Wikipedia】


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坂田晶一の生きた時代 

坂田昌一は素粒子を研究した物理学者です。

湯川秀樹朝永一郎らと同じ時代を生き、

議論を交わし、物理学会を切り開きました。

京都帝国大学を卒業していて

名古屋帝国大学で教えています。

また坂田昌一の奥様の信子さんは

SF作家・星新一の従兄弟にあたります。

坂田モデルの坂田博士 

坂田昌一の理論物理学での業績は

電磁場の量子化に関するものが

あげられます。当時は場を量子化する

時に電子の質量が発散する事が

問題でした。その問題に対して坂田昌一は

中間子の概念を使って問題解決に挑みます。

最終的に、この量子電磁力学での問題は

朝永振一郎がくりこみ理論使い説明します。

また坂田昌一は湯川秀樹の中間子に

関する論文で協同執筆者を務めています。

また坂田昌一の業績としては、

陽子・中性子・ラムダ粒子を基本粒子

と考え、その構成に対する「坂田モデル」

を提唱した点が、特筆すべきでしょう。

その坂田モデルは大貫 義郎益川敏英、小林誠

ら次の理論的な土台となり議論が進んだのです。

それぞれ次世代の議論へと繋がった、

確かな成果です。

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The time when Dr. Sakata lived

Shoichi Sakata is a physicist who studied elementary particles. He lived in the same era as Hideki Yukawa and Ichiro Tomonaga, exchanged discussions, and opened the Physical Society of Japan. He is a graduate of Kyoto Imperial University and teaches at Nagoya Imperial University. In addition, Shoichi Sakata’s wife, Nobuko, is a cousin of science fiction writer Shinichi Hoshi.

Dr. Sakata of Sakata model

Shoichi Sakata’s achievements in theoretical physics are related to the quantization of electromagnetic fields. At that time, the problem was that the mass of the electron diverged when the field was quantized. Shoichi Sakata tries to solve the problem by using the concept of mesons. Finally, this problem in quantum electrodynamics will be explained by Shinichiro Tomonaga using renormalization theory. Shoichi Sakata is also a co-author of a paper on Hideki Yukawa’s mesons.

It should be noted that Shoichi Sakata’s achievements are that he considered protons, neutrons, and lambda particles as elementary particles, and proposed a “Sakata model” for their composition. The Sakata model became the next theoretical foundation for Yoshiro Onuki, Toshihide Maskawa, and Makoto Kobayashi, and discussions proceeded. These are solid results that have led to discussions for the next generation.

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シャルル・ド・クーロン
【1736年6月14日生まれ‐4/23投稿】

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 クーロンの人物像

クーロンの名前は正確には

シャルル=オーギュスタン・ド・クーロン

(Charles-Augustin de Coulomb)

と記載されます。フランス人です。調べてみると

もともとクーロンは測量の仕事などもしていました。

時代柄、色々な分野で功績を残しています。

 

 クーロンの研究生活

まず、力学的な側面では摩擦に関する研究があります。

とても意外な側面だと思えました。電磁気学で著名なクーロンが

表面状態の考察をしているのです。

電磁気の担い手はとても微細な存在、電子であるのに反して

摩擦現象はそれら微細粒子が物凄い数集まって

相互作用の複雑な運動した結果として論じられる現象なのです。

後述する「ねじり天秤」のデリケートさとは結びつきませんでした。

クーロンは特定の機械が動く時点を考察しています。

「部品間での摩擦とロープの張力」を考慮して

機械全体での動きを論じています。

詳細を追いかけたらきっと

現代の我々から見ても興味深い筈です。

工学的な側面と表面物性からアプローチして

細かく考察すると面白い筈です。そして何より、

当時の視点からは革新的な研究だろうと思えます。

 

 クーロンと電磁気学

電磁気的な側面では「ねじり天秤」での実験が有名です。

微細な力を検知出来るような仕組みで導体表面

での帯電状態を計測したのです。生活の視点では、

力学は目で見て分かりやすく、電磁力学は目で見て

分かり辛いと言えます。それだから、今でも

静電気でびっくりしたり、手品の種として

電気的性質が使われたりします。

当然、今でも高電圧の配線は子供の手の

届かない所に敷設され、運用されているのです。

クーロンは結果的に電荷に働く力は距離の自乗

に反比例すると示しました。こうした電磁気学における

業績が広く認められ、クーロンの名前は電荷の単位

として今も使われています。クーロンの考えは

後の電磁気学、長い目で見れば

場の理論につながっているのです。

〆 

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About Coulomb

The name of Coulomb is written exactly as Charles-Augustin de Coulomb. He is french When I looked it up, Coulomb was also doing surveying work. He has made achievements in various fields due to his time.

Coulomb job

First, on the mechanical side, there is research on friction. This fact seemed to be a very surprising aspect. Coulomb, a well-known in electromagnetism, considers the surface state.

The bearer of electromagnetism is a very fine existence, an electron, whereas the friction phenomenon is a phenomenon that is discussed as a result of the complicated movement of the interaction by gathering a tremendous number of these fine particles. It was not related to the delicacy of the “torsion scales” described later.

Coulomb considers when a particular machine will move. He discusses movement throughout the machine, taking into account “friction between parts and rope tension”. If he chases the details, it will surely be interesting to us today. It should be interesting to approach him from the engineering side and the surface physical characteristics and consider it in detail. And above all, from the perspective of those days, it seems to be an innovative research.

 Electric side of Colomb job

On the electromagnetic side, experiments with “torsion scales” are famous. He measured the state of charge on the surface of the conductor with a mechanism that could detect minute forces. From the perspective of life, mechanics is easy to understand visually, and electromagnetic dynamics is hard to understand visually. Therefore, they are still surprised by static electricity and electrical properties are used as a seed for magic tricks.

Of course, high-voltage wiring is still laid and operated out of the reach of children. Coulomb eventually showed that the force acting on the charge is inversely proportional to the square of the distance. His work in electromagnetism has been widely recognized, and the Coulomb name is still used as a unit of charge. Coulomb’s ideas led to later electromagnetism, the theory of fields in the long run.

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ネイサン・ローゼン
【1909年3月22日 – 1995年12月18日】

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【1909年3月22日 – 1995年12月18日】

【Nathan Rosen, 1909年3月22日 – 1995年12月18日】


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ユダヤ人物理学者ローゼン

その名前は Nathan Rosen。
ローゼンはイスラエル建国後はイスラエルでも活動しました。
ニューヨーク出身のユダヤ人物理学者。MITで学んでいます。

ローゼンはいわゆるワーム・ホールの発案者でもあり、
EPRパラドックスを考えた三人のひとりです。
量子的ふるまいの局所性を相対論的に完全に
説明できない(矛盾するだろう)という指摘であって、
量子力学的なモデルと相対論的モデルでの記述が
同時に記述できないのです。
量子的なもつれ(エンタングルメント)の
記載に修正の必要があるのか、
相対論での記述に修正が出来るのか、
突き詰めていく手掛かりになります。

量子論も相対論も其々で様々な説明(効果)を
可能にしているのですが、完全に全てを
記述できると言えないのでしょうか。
この記載をするとどうしても
歯切れの悪い文章になってしまいます。
「局所的実在論」という言葉がありますが、
物理量の把握には究極の難しさがあります。
ただ、物理の記載であることは確かで、
発展していく可能性を含めた議論ではあります。



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(2022年1月時点での対応英訳)

Jewish physicist Rosen

Its name is Nathan Rosen.
Rosen was also active in Israel after the founding of Israel.
He is a Jewish physicist from New York. He had studyied at MIT.

Rosen was also the inventor of the so-called wormhole,
He is one of the three in the EPR paradox.
Relativistically complete locality of quantum behavior
It was pointed out that it could not be explained (it would be inconsistent),
The description in the quantum mechanical model and the relativistic model
It cannot be described at the same time.
Quantum entanglement
Is it necessary to correct the description?
Is it possible to correct the description in relativity?
It will be a clue to the end.

Various explanations (effects) for both quantum theory and relativity
It’s possible, but it’s completely everything
Can’t you say that you can describe it?
If you make this description,
The text will be crisp.
There is a word “local realism”,
Understanding the physical quantity is the ultimate difficulty.
However, it is certain that it is a description of physics,
It is a discussion that includes the possibility of development.

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J・L・ラグランジュ
【1736年1月25日生まれ‐4/22改訂】

パリの夕暮れ

こんにちはコウジです。「ラグランジュ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と4/5時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3452‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2876
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6328+7300【13628@4/5】

作業としてフォロワー増は暢気に続けます。
それよりも紹介の内容を吟味します。【以下原稿です】

【1736年1月25日生まれ ~ 1813年4月10日没】


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その名を全て書き下すと、

ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ

Joseph-Louis Lagrange

ラグランジュの生きた時代

ラグランジュはイタリアのトリノで生まれ

プロイセン王国・フランスで活躍しました。

そんな彼の生きた人生は革命の起きていた時代でした。

同時代のラボエジェが処刑された事に際し

ラグランジュは何故自身が生き延びたか

自問自答したのではないでしょうか。

何故なら彼はマリー・アントワネットの

先生を務めていたからです。

 

ラグランジュの業績 

学問の世界でラグランジュは多大な業績を残しています。

物理学者というより数学者としての仕事に思えてしまいます。

力学体系の整理をしてラグランジュ形式と言われる

理解を進めています。私も学生時代に

ラグランユアンと呼ぶ関係を多用しました。

解析力学と呼ばれる分野で、

ラグランジュ方程式につながります。

後の数論につながる議論もしていますし、

天体に関する研究等もしています。

 

 考え方の有効性

ラグランジュの解析的な考えが有効だったのは

各種物理量を一般化して変分と呼ばれる類の

数学的な形式につながるからです。

後の量子力学はニュートンの作った微積分

だけではなく物理量の関係を

ラグランジュの使ったような関係で表現します。

つまり、

「ラグランジュアン」と呼ばれる数学形式を使います。

また、ラグランジュはエネルギー保存則から

最少作用の原理を導きその考えは力学に留まらずに

電磁気学・量子力学でも使われています。

こういった定式化でのパラダイムシフトが

後の体系に不可欠です。

 

ラグランジュの未定乗数法や

定式化されたラグランジュアン

は誰しもが認める見事なものです。

そして、ラグランジュの名は

今でもエッフェル塔に刻まれています。

彼の残した仕事と栄誉と共に。

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以上、間違い・ご意見は
次のアドレスまでお願いします。
最近は返信出来ていませんが
全てのメールを読んでいます。
適時返信のうえ改定を致しします。

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2020/10/02_初稿投稿
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(2021年8月時点での対応英訳)

If you write down all the names,

Joseph-Louis Lagrange

The era of Lagrange’s life

Lagrange was born in Turin, Italy and was active in the Kingdom of Prussia, France. His life was a revolutionary era.

When his contemporary Labo Eger was executed, Lagrange might have asked himself why he survived.

Because he was a teacher of Marie Antoinette.

Lagrange’s achievements

In the academic world, Lagrange has made great achievements. He seems more like his job as a mathematician than as a physicist.

He organizes the mechanical system and promotes the understanding of what is called the Lagrangian form. I also used a lot of relationships called Raglan Yuan when I was a student.

In a field called analytical mechanics, it leads to the Lagrange equation. We are also discussing things that will lead to later number theory, and we are also doing research on celestial bodies.

Effectiveness of thinking

Lagrange’s analytical idea was effective because it generalizes various physical quantities and leads to a kind of mathematical form called variation.

Later quantum mechanics expresses not only the calculus made by Newton but also the relationship of physical quantities with the relationship used by Lagrange. In other words, it uses a mathematical form called “La Grand Juan”.
In addition, Lagrange derives the principle of minimum action from the law of conservation of energy, and the idea is used not only in mechanics but also in electromagnetism and quantum mechanics. A paradigm shift in these formulations is essential for later systems.

The Lagrange’s undetermined multiplier method and the formalized Lagrange Jean are undisputed and stunning.

And the name of Lagrange is still engraved on the Eiffel Tower. With the work and honor he left behind.

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ニコライ・N・ボゴリューボフ
【1909年8月21日‐4/21改訂】

deutuland

こんにちはコウジです。「ボゴリューボフ」の原稿を改定します。投稿作業としては関連リンク、内部リンクの改定、個別の人物の追加をしましています。今後もご覧下さい。また、ブログ宣伝でツイッター使います。
7/11(日)朝の時点でフォロワーは合計【11691】でした。半年後の2/9と4/5時点で‗
①SyvEgTqxNDfLBX‗3385⇒3452‗②ev2Fz71Tr4x7b1k‗2717⇒2876
‗③BLLpQ8kta98RLO9‗2543⇒3212‗④KazenoKouji‗3422⇒4088
なので合計‗6102+5965=【12067@2/9】⇒6328+7300【13628@4/5】

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【1909年8月21日 ~ 1992年2月13日】


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ロシアの物理学者

名前から分かるかとおもいますが、

ボゴリューボフはロシアの物理学者です。

本稿を記載するにあたり改めてボゴリューボフ

の「人となり」を調べてみましたが

伝わっていません。その名で検索をかけると

私のブログが上位に出てきてしまう有様です。

ボゴリューコフは20世紀初頭の生まれなので

革命前後のソビエト連邦で青年期を迎え、

閉鎖的な学会環境で研究を進めていたと

考えるべきなのでしょう。因みに、

プランクメダルを受けていますので

ドイツ関係の画像を使っています。

ボゴリューボフの業績

何よりも、数学的に

ボゴリューボフ変換と呼ばれる考えを打ち出し

行列形式で表される状態遷移を対角化する事で

表現していると言えるでしょう。

別言すれば、観測にかかる定常状態を
数学手法を使って作りだしています。

つまり、数学的にいう固有値問題に帰着させて
定常的な状態を表現しているのです。

数学的な作業をしてみた結果が
どういった現象に対応しているか
物理的に説明する事が出来るのです。 

この定常状態を使い、ボゴリューボフは
現実にヘリウムの超流動状態を表しました。
ボーズ粒子の超流動をボゴリューボフ変換で示し
フェルミ粒子の超電導をボゴリューボフ変換で
示す訳です。役にたちますね。


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2020/10/08_初稿投稿
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Russian physicist

As you can see from the name, Bogoliubov is a Russian physicist. In writing this article, I re-examined Bogoliubov’s “becoming a person”, but it has not been conveyed. If you search by that name, my blog will appear at the top. Since Bogoryukov was born in the early 20th century, it should be considered that he was adolescent in the Soviet Union before and after the revolution and was conducting his research in a closed academic environment. By the way, he has received a Planck medal, so he uses images related to Germany.

Bogoliubov achievements

Above all, it can be said that he mathematically expresses the idea called Bogoliubov transformation by diagonalizing the state transitions expressed in the form of a matrix.

In other words, the steady state of observation
It is created using mathematical methods.
In other words, reduce it to the mathematical eigenvalue problem.
It represents a steady state.

The result of doing mathematical work
What kind of phenomenon is supported
It can be explained physically. Twice

Using this steady state, Bogoliubov
He actually represented the superfluid state of helium.
Bogoliubov transformation shows the superfluidity of boson particles
Superconductivity of fermions by Bogoliubov transformation
It is a translation to show. It will be useful.

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ジェームズ・ワット
【1736年1月19日生まれ ‐4/21改訂】

engrand

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 ワットとはどんな人でしょう

ワットは蒸気機関の改良を通じて産業革命に

大きな成果を残したイギリスの偉人です。

イギリスにおいて産業革命が起きて、

年4回の耕作が行われ始めていき、

農業従事者が自営業から雇われ農夫となったり、

植民地からの労働力を含めて人が大きく動き、

工場稼働率が高まっていく中で、

急激に市場が拡大して産業が大きく変化していくのです。

そうし時代に蒸気機関や紡績機に対しての

技術開発に対する研究の重要性は増していきました。

 

そんな中、ワットはグラスゴー大学でジョゼフ・ブラックら

の協力を得て工房を作り作業を続けます。

蒸気機関を対象に研鑽を続けます。

 ワットによる蒸気機関の開発

ワットは具体的な改良には蒸気機関における凝縮器の設計をします。具体的には排熱効率を見直すことによってロスを減らして出力効率を大きく高めたのです。当初の設計でシリンダー部での熱の出入りが非効率である事情に着目していて、そこを改良した訳です。ポールトンという資金面での協力者も得て、ワットは事業化に成功して成功を修めます。

ワットが最終的に成功を収めた話を初めにしましたが、

実際の所は製品化までに大きな道のりがありました。

当時の加治屋さん達は今と比べて精度の低い生産過程

を当たり前だと思っていたので、ミリ単位

(場合によってはさらに高精度)の加工を

現在考えるような誤差範囲でこなしていく事は

出来なかったのです。蒸気機関の性質上、

ピストンとシリンダー間の寸法誤差は

大きく性能を損ねます。丸い形で摺動方向に

延びていくピストンとシリンダーの精度を

上げていく事は大変な作業だった筈です。最終的には

大砲製造に向けて開発された「精密、中ぐり技術」

を使い製造していきます。また一方で、ワットはこれらの

製造に関わる技術に対しての特許習得にも

配慮しなければなりませんでした。

そういった創意工夫を重ねる中でワットは

関連会社の仕事として「鉱山の揚水機械」

の仕事を受けます。それは大変大きなもので、

直径127センチメートルのシリンダーをもった

7メートル以上の大きさの機械でした。

あまりに大きいので専用の建屋を建てて

運営していたそうです。その後、

機械に色々な改良を加えていきます。

益々効率的な機械になっていったのです。

 そのほかのワットの業績

現代の自動車のエンジンで当たり前に使われている、フライホイールもワットの発明です。回転ムラを無くして機械を円滑に動作させることで動きの効率を上げて振動を抑え、耐久性を向上させるのです。

何より、

ワットはそうした仕事の中でエネルギーの定式化を進め

力(Newton)の概念から仕事量(Watt)の概念を発展させました。

多くの人々から尊敬を受けました。考え抜いた討論をして自分の見識を広げていった人でした。近年、イギリスのお札に肖像画が用いられています。

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2021/07/07_初回投稿
2022/04/21_原稿改定

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(2021/年8月時点での対応英訳)

What kind of person is Watt?

Watt is a great British man who has made great strides in the Industrial Revolution through the improvement of steam engines.

Due to the Industrial Revolution in Britain, four farms are cultivated a year, farmers are hired from self-employment to become farmers, people including labor from the colony move significantly, and the factory utilization rate increases. In the meantime, the market will expand rapidly and the industry will change drastically.

In that era, the importance of research on technological development for steam engines and spinning machines increased.

Meanwhile, Watt continues his work at the University of Glasgow with the help of Joseph Black and others to create a workshop. He continues his studies on steam engines.

Development of steam engine by Watt

As a concrete improvement, in the design of the condenser in the steam engine, Watt reduced the loss and greatly increased the output efficiency by reviewing the exhaust heat efficiency. His original design focused on the inefficiency of heat in and out of the cylinder, which was improved. With the help of Paulton, a financial collaborator, Watt succeeds in commercializing it.

We started with the story of Watt’s ultimate success, but in reality there was a big road to commercialization.

At that time, Kajiya and others took it for granted that the production process was less accurate than it is now, so it was possible to handle machining in millimeters (or even higher precision in some cases) within the margin of error that we are currently thinking about. I didn’t. Due to the nature of the steam engine, dimensional errors between the piston and cylinder will significantly impair performance. It must have been a difficult task to improve the accuracy of the piston and cylinder, which have a round shape and extend in the sliding direction. in the end

We will manufacture using the precision and boring technology developed for cannon manufacturing. On the other hand, Watt had to consider obtaining patents for these manufacturing technologies.

While repeating such ingenuity, Watt receives the work of “pumping machine of the mine” as the work of the affiliated company. It was a very large machine, over 7 meters in size with a cylinder with a diameter of 127 centimeters.

It was so big that he built and operated a dedicated building. After that, he made various improvements to the machine. It has become an increasingly efficient machine.

Other Watts achievements

The flywheel, which is commonly used in modern automobile engines, is also Watt’s invention. By eliminating uneven rotation and operating the machine smoothly, the efficiency of movement is increased, vibration is suppressed, and durability is improved.

Above all, Watt proceeded with the formulation of energy in such work and developed the concept of work (Watt) from the concept of force (Newton).

He was respected by many. He was a person who had a well-thought-out discussion and broadened his insight. In recent years, portraits have been used on British bills.

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ジョン・バーディーン
【1908年5月23日-4/20改定】

シカゴの画像

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【1908年5月23日 ~ 1991年1月30日】


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超電導現象の理論的基礎を与えたバーディン

本稿は何度も追記したいです。

それは私にとって、関心のある

低温電子物性の話だからです

今回は極低温での現象理解を進めた

バーディンについてご紹介致します。

バーディンは二回のノーベル賞を受けています。

一回目はベル研での仲間とのトランジスタの発明、

二回目は以下に記載するBCS理論です。

前述したカメリー・オネスの超電導現象の発見以後、

その現象を説明する為に色々な理論が試みられ

でしょうが、イリノイ大学のバーディンを中心

とした3人がBCS理論を確立します。バーディン、

レオン・クーパーロバート・シュリーファー  

3人の名前の頭文字を並べてBCS理論と呼ばれます。

このコンビの始まりはバーディンがクーパーを招聘する事から始まります。そこにバーディン研究室の大学院生、シュリーファー が加わり研究が進みます。

BCS理論とは 

BCS理論の内容はフォノン(音子)を介した電子が対になった結果(クーパ対の考え方)、そのコンビがスピンを打ち消し合って結合するという理論でした。相転移温度をその理論で説明し、今日、超伝導を考えるうえで理論の基礎となっています。このBCS理論の妙はフェルミオンである電子が凝縮状態をとるところにあります。本来、同じ状態をとる事が出来ない電子が対になってボゾン化することで巨視的な現象にとして観察される超伝導現象が実現するのです。

そもそも、金属中を移動する電子を単純な質点のモデルで考えると正の荷電をもった原子核の間を負の電荷が自由自在に無抵抗で動き回る事は到底出来ません。何らかの相互作用が起きて抵抗に繋がります。ところが、電子の波動関数を考え、波動的側面が顕著に現れる状態を作っていくのが超伝導現象だと言えます。その条件として大事な尺度の一つが温度だったのです。現時点での関心は遷移を起こす温度のメカニズムを解明する事です。現在での転移温度は高温超電導と言ってもマイナス百℃以下ですので転移温度に至るまでは液体ヘリウムや液体窒素を使って冷却しなければいけません。

超電導現象の応用 

実用化しているリニアモーターカーや量子コンピューター等の応用技術も冷却した上で超電導現象を実現しているので、コストと安定性が課題となっています。転移温度が変わっていって、より常温に近い温度で現象を起こすことが出来ればメリットは非常に大きいです。温度に関わるメカニズムとして中嶋貞雄がバーディンに与えたヒントが繰り込み理論の応用でした。そのヒントは手法だったともいえますが、電気伝導に関わる要素(素粒子)が「どういった条件で」、「どういった役割を果たすか」が重要です。その手掛かりの一つが「ゆらぎ」に関するメカニズムではないかと考えている人が居ます。今後の大きな課題です。


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Theoretical basis of superconducting phenomenon

I would like to add this article many times. That’s because it’s about the low-temperature electronic characteristics that I’m interested in. This time, I would like to introduce Birdin, who has advanced the understanding of the phenomenon at extremely low temperatures.

Birdin has received two Nobel Prizes. The first is the invention of the transistor with his colleagues at Bell Labs, and the second is the BCS theory described below. Since the discovery of the superconducting phenomenon of Camery Ones mentioned above, various theories may have been tried to explain the phenomenon, but three people led by Birdin of the University of Illinois establish the BCS theory. Bardeen, Leon Cooper, and Robert Schrieffer are called BCS theory by arranging the initials of the three names.

The beginning of this duo begins with Birdin inviting Cooper. Schrieffer, a graduate student from the Badin laboratory, will join the group to advance the research.

What is BCS theory?

The content of BCS theory was the theory that as a result of pairing electrons via phonons (sounds) (the idea of ​​Cooper pairs), the combinations cancel each other out and combine. The phase transition temperature is explained by the theory, and today it is the basis of the theory when considering superconductivity.
The mystery of this BCS theory is that the fermion electrons take a condensed state. Originally, electrons that cannot take the same state are paired and bosonized, and the superconducting phenomenon observed as a macroscopic phenomenon is realized.

In the first place, considering the electrons moving in a metal as a simple mass model, it is impossible for a negative charge to move around freely and without resistance between nuclei with a positive charge. Some interaction occurs and leads to resistance. However, it can be said that the superconducting phenomenon is to create a state in which the wave function appears prominently by considering the wave function of electrons. One of the important measures for that condition was temperature. At this time, the interest is to elucidate the temperature mechanism that causes the transition. At present, the transition temperature is less than minus 100 ° C even if it is called high-temperature superconductivity, so it is necessary to cool it with liquid helium or liquid nitrogen until the transition temperature is reached.

Application of superconducting phenomenon

Since the superconducting phenomenon is realized after cooling the applied technologies such as linear motor cars and quantum computers that have been put into practical use, cost and stability are issues. If the transition temperature changes and the phenomenon can occur at a temperature closer to room temperature, the merit is very great. The hint given to Bardeen by Sadao Nakajima as a mechanism related to temperature was an application of renormalization theory. It can be said that the hint was a method, but “under what conditions” and “what role” the elements (elementary particles) involved in electrical conduction play are important. Some people think that one of the clues is the mechanism related to “fluctuation”. This is a big issue for the future.